第191話


 子どもみたいに泣きじゃくっていると、抱きしめられていた腕にぎゅうっと力を込められて。


「泣くな……」

 そう、呟く陸。


「マヤが泣くと、俺も辛くなる……」


 ──やっぱり私は、陸に甘えちゃうね。


 陸の心地よい心臓の音と男の子にしては少し高めの声。


「……大丈夫。凛は何があっても、マヤを嫌いになったりしないよ」


 ……陸の「大丈夫」って言葉、いつもなら信じられるんだけどなあ……。



「少なくとも俺は、絶対に何があってもマヤの味方だから」


 でも心が落ち着く言葉。


 陸が何度も「大丈夫、大丈夫」って私に言い聞かせる。



 ぽんぽんと頭を叩かれて、私も陸の背中を軽く叩き返した。


「だいすき、陸」


 昔は素直に言えていたはずなのに、言えなくなってた言葉。


「……ばーか、そういうのは凛に言えって……」


 一瞬、詰まった言葉に疑問を持って陸を見るために顔を上げようとすると──後頭部を抑えられて、彼の胸に逆戻り。



 ……こんな風に、凛にも伝えられたら──何か変わっていたのかな。


 ダメな彼女だな……。


 ネガティブな思考はぐるぐると回って、私の頭の中からは出ていってくれない。



 凛の苦しそうな表情を思い出して、また涙が出てくる。


「また、泣いてる……」

 陸の胸に顔をうずめて泣く。


 目の前のシャツがどんどん濡れていくのがわかる。


「……やっぱり、譲らなきゃよかったな……」


 そんな陸の言葉はすすり泣く自分の声で、聞こえなかった。











 ──俺の世界でいちばん大切な幼馴染を、泣かせたのは誰?



 マヤが泣いているのを見るのは久しぶりだ。


 凛が現れてからマヤは本当に表情が豊かになった。



 迷惑そうにはしていても、決して悲しそうな顔はしなかった。



 ……だから、安心していたのに。




 体育の時間、グラウンドが騒がしくなったと思ったら──マヤが倒れたと聞いて、背筋が凍った。


 俺が試合をしていたコートからは少し離れていたから、その情報が俺に届くまで少し時間がかかったんだ。


 ……なのに



 俺が気付いた時にはもう、すでに違うクラスの凛がマヤを抱えあげていた。


 凛のクラスから見えるグラウンド。


 窓際の席のあいつはきっとマヤの姿を見ていたんだろう。


 そして、慌てて駆けてきたんだと思う。




 保健室に連れていくライバルの背中を見ながら唇をかみしめた。



 ……ああ、やっぱり凛には敵わないのか。



 マヤが凛と付き合ったって聞いて、「やっぱりな」と思うと同時に──まだ、早いよ。

 そんな気持ちでいっぱいだった。



 ……だけど、マヤが幸せならそれで、よかったのに。





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