第182話


「──それ、どういうこと」


 凛の低い声が私の耳に入る。


 ……まだ、まって。自分で言うって決めたんだから──。




「──キスしたら、うつるって言うじゃないですか」



 私の願いも空しく、そう挑発するかのように言う西川君と……怒りを抑えるように唇をかみしめる凛。


 ……知られて、しまった。


 だけど手の震えが止まらない私を、まだこの男は追い詰めようとする。


 凛に近づいて、くすっと笑う。



「マヤ先輩って、いい香り、しますね。肌もスベスベだし」


 西川君が言い放った途端、凛は彼の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。


 ドンという音に、私も思わず反応して身体が跳ねてしまう。


「……手、出すなって何度言えば分かる?」


 今にも殴ってしまいそうな凛。


 震える拳が、彼の中の葛藤を表している。


「今回は、看病しにわざわざ家にまで来てくれたマヤ先輩にも非があると思いますけど?」


 苦しそうに顔をゆがめる西川君が言った途端──凛の怒りに満ちた表情が驚きへと変わる。


「え……」


 呆然とする凛の手の力が抜け、西川君はするりとかわす。


 私たちに背を向けると

「……神永先輩も、しっかり捕まえとかないと」

 と言って教室を出て行った。






「──ちゃんと、説明して」


 西川君が出て行った扉を見つめながら、こっちを見ずに冷たく言い放つ凛。


 震える声を悟られないように、凛の怒りをこれ以上助長しないように説明する。


「……昨日、電話が来たの。風邪で何度も咳き込みながら……心細かったんだと、思う……。前の日にも、バイト中に倒れてたから……心配で。本当に苦しそうだったから……」


 何を言っても、言い訳にしかならないのは分かってる。凛が納得するわけもないのも……分かってるよ。


「それ、まやちゃんが行く必要あった?まやちゃんじゃなきゃ、いけなかったわけ?」



 だけど、素直に謝れない私は食ってかかってしまうのだ。


「じゃあ、助けを求めてくる病人を放っとけって?」


 そう反論すると、呆れたように笑う凛。


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