第177話


「キッチン、借りるね」


 ……この言葉、凛の時にも言ったな。


 凛は、ゆっくり休んでるんだろうか。

 また、無理してないかな。


 おかゆを作っている時も凛のことを思い浮かべていた。


「──こんなに、好きに、なってたんだなあ……」


 ぽつりと呟くと

「──誰を?」

 返ってくるはずのない声が聞こえて、肩をびくつかせてしまった。


「に、西川君……寝ててって、言ったじゃん……」


「ねえ、誰を、好きになってたって?」


 私の言葉なんて聞き入れてくれない。


 じりじりと近づいてくる彼に、ここを訪れたことを今更、後悔した。



「……だめですよ、マヤ先輩。もっと危機感を持たなきゃ」


 彼が近付いてくると同時に私も後ずさりするが、すぐに背中が冷蔵庫についた。


 腕を掴んで引っ張られ、部屋に連れて行かれる。



 ……このシチュエーションも、デジャヴ。



 だけど決定的に違うのは、凛の時にあったドキドキが今はないこと。


 焦りのような、恐怖心ばかりが心を占めていく。





 そのままベッドへ放り投げられて、身体が何度か弾み、マットへ沈む。


 体勢を立て直して、起き上がろうとした時には──既に西川君が馬乗りになっていて、呆然とする。



「や、めて……」

 うまく声が出せない。


 身体が強張ってしまう。


「りん……っ」


 涙が零れ、無意識のうちに呼んだ名前は大切な彼。



 西川君は眉をピクリと動かして、苛立ったように私の肩を抑えつける。


「……なんで……っ、俺じゃ、だめなんだよ……っ」


 苦しそうに呟いた後──荒々しく私に口付けた。

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