第176話


 しばらくゴロゴロとしていたけど、部屋の片づけでもしようと起き上がった。


 ──その瞬間、スマホが鳴りだす。


 画面に表示された名前に一瞬手が止まるけど、昨日のこともあるし一応様子を聞いておくことにした。


「はーい。西川君?」


 まず最初に聞こえてきたのは咳き込む声。


「まやせんぱ……っ、げほっげほっ」

 次に、止まらない咳の合間に聞こえてきた私の名前。


「ちょ、大丈夫なの!?」

 尋ねても、西川君は何も答えない。


「くるし……っ」

 その代わりに、聞こえてきた彼の助けを求める声に居てもたっても居られなくて。


「今、行く……!」

 そう言い終わらないうちに部屋を飛び出していた。



 最初は走っていたけど、決して近くない彼のマンションまで体力は続かず。


 息を切らしてコンビニへ入り、必要だと思うものを片っぱしから買うとなるべく早く歩いてまだ記憶に新しいマンションを訪れた。



 ──そこで初めて少し冷静になる。


 凛の顔が頭の中を掠めるけど、相手は病人だ。やましい気持があるわけでもない。


 少し浮かんだ罪悪感を振り払って、エントランスを歩く。


 三階まで階段を駆け上がり、西川君の部屋の前で立ち止まった。



 ……連絡ぐらい、入れた方がいいかな……。


 スマホを取り出して、凛へメッセージを打とうとする。


 でもいきなり目の前のドアが開いて、西川君が顔を出すから──文章がまだ途中のままの画面を消して慌ててカバンの中に入れた。


「マヤ先輩……来て、くれたんですか……」

 熱をもった顔は赤く、息も荒い。 


 この数秒の間でも何度も咳き込んでいて苦しそうだ。


 西川君の背中を押して、はやく横になるように促した。


「来てくれて、ありがとうございます……」

 そうしおらしく言うもんだから、こっちも調子が狂ってしまう。


「病院は?行ったの?ご飯は?」

 私は母親か、と突っ込みを入れながら西川君の体温を測る。


 電子音が鳴って表示された数字は38.8。

「ちょっと、すごい熱じゃん!」


 慌てて冷却シートをおでこに貼って布団や毛布を被せた。

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