第174話


「ね、先輩……神永先輩の香りが、する……」


 顔を真っ赤にして俺から少し離れる先輩は、やっぱり可愛くて──でも俺の予想が的中したんだと思うと見ていられなかった。



 ……ずっと、一緒にいたってこと……?


 同じシャンプーを使うってことは、神永先輩の家でお風呂に入ったってことでしょう?


 泊ったの?


 神永先輩は風邪で寝込んでるって言ってたじゃん。看病でもしてもらってたの?



 ……むかつく。腹が立ってしょうがない。


 モヤモヤが胸の中に広がって、どんどん黒く染まっていくようで


 止めたいのに、止められなくてもどかしい。


「……とりあえず、家に帰って早く休みな。明日、病院行って薬もらってきて、早く治すんだよ?」


 俺の言葉なんて聞かなかったかのように話を逸らす先輩。


 何も言わない俺を見て、「反応できないほど辛い」と取ったようで──俺の返事を促すようなことはしなかった。


 代わりに、ソファーに横になる俺の髪をそっと撫でてくれる。


「いつもみたいに、生意気に笑っててよ」


 ……ほら、そうやってまた。



 優しく笑うから、心臓を鷲づかみされたみたいに苦しくなった。






 ……やめてよ、マヤ先輩。

 これ以上、好きにさせないで。


 どうせ、神永先輩しか見てないくせに。



 いつも、照れて否定ばっかりするけど知ってるんだよ。


 神永先輩を見る目は、表情は──。


 すごく、愛情に溢れてるって。


 神永先輩の一方通行なんかじゃないって。

 ちゃんと、わかってるのに。




『──翼は、このままでいいの?』


 マヤ先輩とは正反対の、作られた女の子らしい声。


 俺を惑わす声が、頭を駆け巡る。


『私は、神永先輩が好き。翼は、マヤ先輩が好き。

……じゃあ、やることは一つでしょ?私と……手を組もうよ』


 いつも神永先輩に見せる爽やかな笑顔も、その時はぞっとするくらい歪んで見えた。


『……考えさせて』

 そう答えたけど


 ねえ──マヤ先輩。


 ごめんね。



 ──答えが、出たよ。




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