第173話


 廉先輩が出ていくと、マヤ先輩は一つ息を吐いて俺のそばへやってくる。


「ごほっ、げほっ……!!」

 さっきよりもひどく咳き込んで喉が痛い。

 胸もヒューヒューと苦しい。


「水……っ」

 そんな俺を見て、慌てるマヤ先輩は水を取りに行こうと立ち上がった。


 ……だけど俺は、背を向けたマヤ先輩がこのままいなくなってしまいそうで──思わずその腕を掴んだ。


「……いかないで」

 発した言葉は思ったより弱々しくて、唇をかみしめた。


 そんな俺を見て困ったように眉を下げる先輩。


「えっと……。熱は?あるの?」

「わかんない……」


 俺の絞り出すような声に、また先輩は悲しそうにする。


 体温計なんて持ち合わせていないから……だと思うけど。


 彼女は、俺のおでこと自分のとをコツンと合わせた。


 その、彼女にとってはただ熱を測るためだけの行為。


 俺にとっては心臓が飛び出そうなくらいの衝撃だった。


「んー、ちょっと熱いかも……」

 呟く先輩の息がかかってしまいそう。


「ちょ……っ、先輩……っ」

 いつものキャラのように冷静になんてなれなくて、動揺してしまう。


 顔だって、絶対に真っ赤だ。


 マヤ先輩はそんな俺を見て今の状況に気付く。



 俺と同じように顔を真っ赤にするから、喉の奥がきゅうっと締め付けられた。


 無意識でやってるから、たちが悪いんだよ。

 神永先輩が過保護になる理由もわかる。



 ──だけど、それよりも気になったのは。


 おでこが合わさった時に、ふわっと香ったマヤ先輩の匂い。


 それがいつもと違う気がして、違和感を覚えた。



 そして、この香りはどこかで嗅いだ事があると確信する。


 ……香水?

 いや、違う……。


 石鹸のような──シャンプーの香り……?



 思いを巡らせているうちに、浮かんでくるのは屈託のない笑顔。


 考えたくないけど──そんなの……一人しか、思い浮かばなかった。




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