第172話
「お大事にね」
そう言って飴を俺の手のひらに乗せてくれる。
一瞬だけ触れた手を掴んでしまいたい衝動に駆られるけど、ぐっと我慢した。
「マヤ先輩のくれた飴なんて、もったいなくて食べられないですね」
と茶化してみたけど上手く笑えてる自信もない。
こんなにも、胸を締め付けられることなんて今まで経験したことがなかった。
正直、女には困ったことがない俺。
むしろ女は嫌いだ。
そばにいたい
抱きしめたい
キスがしたい。
そんな風に思うことなんて初めてだった。
お礼だなんて理由をつけてキスした時は、教室から出て行ったあと思わず座り込んでしまった。
トイレで鏡を見ると、顔が真っ赤でみっともなくて。
──俺はいつも、自然体でいられる神永先輩が羨ましかった。
冷静を装ってクールぶってる俺と違って、どんな自分もさらけ出す先輩はすごくかっこいいと思う。
きっと、マヤ先輩はそんな神永先輩を好きになったんだってことも、わかってる。
……ねえ、先輩。
どうすれば、この胸の痛みはなくなる?
結局、バイト中も咳は止まらなくて、時間が経つにつれ酷くなっていく気さえする。
「大丈夫?」
周りの先輩たちも心配して声をかけてくれるけど、それに笑顔で答えることもできない。
「はい……」
と頷くことしかできなかった。
「──店長。西川君、もう帰らせてあげてください」
そんな言葉が聞こえて振り返るとマヤ先輩が店長に掛け合ってくれているところだった。
「ちょ……マヤ先輩?」
驚き慌てて止めようとする。
しかし、視界が歪んで身体がふらついた。
「西川君!?」
駆け寄ってくれたマヤ先輩が俺を支えてくれて、その温もりに安心した。
俺のために必死になってくれてる先輩を見て、すごく嬉しかった。
でも思い通りに動かない身体は女の子であるマヤ先輩にはとてもじゃないけど支えきれなくて、そばにいた廉先輩が手助けしてくれた。
二人に支えられて、休憩室のソファーへ横になる。
廉先輩はもう店に戻らないといけないから、とマヤ先輩に
「西川、任せてもいいか?」
そう尋ねていた。
うっすらと目を開けてマヤ先輩の方を見ると
「はい」
としっかり頷いている。
だけど握った拳は震えていて、その表情はどこか不安げだ。
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