第107話


 なんとかあの後の仕事も乗り切って、帰り支度を済ませ裏口のドアを開ける。


「あ──まやちゃん」


 ……やっぱり、待っていた。


 保健室での事はさほど気にしていないようで、いつものように鼻を真っ赤にして私に駆け寄る。


 また、寒いのにずっと待っていたのか……なんて考えた。


「お疲れ様!」

 にっこり笑う、眩しいくらいの彼。



 そんな彼の笑顔を──私はこれから曇らせるんだ、と思うとチクリと胸が痛んだ。


 だけどその罪悪感も、気付かないふりをしなきゃ。


「ねえ、神永君……」


 いまだに彼は、私が名前を呼ぶと嬉しそうにする。


 ……ごめんね。


「うん?」

 微笑んだ彼の目はいつもと変わらず愛に溢れていて、いつもだったら幸せを感じるのに──今はこんなにも辛い。


 ……やばい、泣きそうだ。




「……もう、私に関わらないで」


 意気地のない私。

 ぽつりと紡ぎだした言葉はとても小さく、震えていた。


 ちらっと彼を見ると必死で平静を装っているようだった。彼が拳をぎゅっと握りしめたのが視界に入る。




「……えと……陸君……だっけ?彼に、何かいわれたの?」


 やっぱり、鋭いなあ……。


 戸惑いを隠そうと必死で、だけど目が泳いでいるからバレバレ。そんな彼さえも今はとても愛おしく感じる。


 ──それでも、私は言わなきゃいけない。



 何度神永君を傷つけたらいいんだろう。


 むしろ嫌気をさしてくれたら、どれだけ良かったか。


 どれだけ傷つけたって、めげずに愛をぶつけてくるから無下にすることができないんだよ。


「……陸は、私の大切な人なの。あいつを悲しませたくない。陸は私が神永君と関わるのを嫌がってる。──だからもう、話かけないで」


 私がそう言うと唇を噛みしめる神永君。彼の泣きそうな顔に喉が詰まる。


 ──後悔しても、もう遅い。






「……やだ」

 少しの沈黙の後、力強く放たれた彼の言葉に耳を疑う。


 力強いのに、震える声がなんだかとても切ない。


 ……こんなにハッキリと拒絶したのに、まだあんたは好きだなんて言えるの?



 ばっと顔を上げた神永君は弱々しく笑った。



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