第42話


 ――本当は、花なんて嫌いだった。


“マヤちゃん。誕生日おめでとう”


 微笑みながら花を差し出す「彼」が嫌いだった。

 派手で綺麗な花は私には似合わないから、好きになれなかった。


 今だってそう。彼の面影がちらついてしまうから好きじゃない。


 ピンクのチューリップなんてもっての外。


 ……最後に彼がくれた花が、それだったから。


“可愛いよね、チューリップ”


 今思い出しても泣きそうになる彼の優しい声。


 「彼」はよく花をプレゼントしてくれたから、馬鹿みたいにもらった花の花言葉を調べて喜んでいた。


 赤いチューリップの花言葉は「愛の告白」。

 それくらいベタなものだったら、むしろ冗談として流せたのかもしれない。


 ピンクのチューリップの花言葉は──「愛の芽生え」。

 あり得るわけもないのに、何故あの頃の私は胸をときめかせていたのだろう。そんな昔の自分を思い出すだけでも嫌気がさす。



 今の私が、彼の姿を必死で追っていた頃の私に花を贈るとしたら。迷わず黄色いチューリップを贈るだろう。

 ──花言葉は「望みのない恋」。

 花は好きじゃないけど、花言葉はたくさん調べて嫌というほど覚えたから詳しいと思う。



 ……そう、花は好きじゃないけど。

 神永君が私を想って連れて来てくれたのに「花は嫌い」だなんて言えるほど空気が読めない奴じゃない。


 だから私の口から出たのは真逆の言葉だった。



「──よかった。まやちゃんに見せたくてさ」


 へへっと無邪気に笑った神永君に少し罪悪感が湧いたけど確かに目の前の風景は決して嫌いじゃないし純粋に綺麗だと思う。


 シロツメクサは派手じゃないけどなんだかとても安心感があって。軽々しくクサい台詞を吐きながらキザ男がくれた、私に似合わない花たちよりもずっとずっと素敵だと思う。


 ──そしていつも正直で裏のない彼らしい花だと思った。


「俺、花なんて詳しくないから……。シロツメクサってちょっと地味でしょ?女の子はもっと可愛くて鮮やかな花のほうが好きなのかなあって思ったんだけど……。俺は正直、こっちの方が好きなんだよね。だから純粋に、俺が綺麗だなって思ったここに連れてくることにしたんだ」


 そう言った彼はやっぱり私には眩しくて繋がれたままだった手をぎゅっと握った。


 私をみて口元を緩める神永君は、嬉しそうに歌を口ずさむ。その落ち着いた低い声に涙が出そうになったのは内緒。


 ……神永君のおかげで少し、花を好きになれそうだ。


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