第9話
「……なんでもないですよ」
そう答えつつ、店長に「言うなよ」という目線を送る。
「まやちゃんがね、昨日イケメンの男の子にナンパされてたんだよ」
──こらハゲ。昨日といい今日といい、その口縫いつけてやろうか。
「へえ……。俺も見たかったな」
見なくて結構です。
ニヤッと笑う先輩。かっこいいんだけど……彼も人の弱みが大好きな人だから、あんな現場を見られたら一生笑い物にされる。
昨日は休みだったのが不幸中の幸い。よかったよかった。
ホッと胸をなで下ろしていると、レジ前がなんだか少し騒がしくなった。
昨日の出来事がフラッシュバックする。
──いやいやいや。まさか。
考えすぎた自分が馬鹿らしくなって思わず笑みを漏らす。うるさい客がイコール「あいつ」だなんて、いくらなんでも──。
「あの……麻井さん、あなたご指名のお客様がいらっしゃってるんだけど……」
ああ……聞こえない、聞こえない。
でも、困ったように眉を下げる主婦の方に迷惑をかけるわけにもいかない。
「……わかりました」
仕方なく、レジへと向かう。
──落ちつけ落ちつけ。まだ奴と決まったわけじゃないでしょ??
あ、幼馴染の陸かも。
……いや、指名とか馬鹿なことしないよね、陸は。友だちの愛子は店に来たことなんてないし……。
数少ない知り合いを思い浮かべてみるけれど、こんなことをする人なんていない。
ため息をつき、「奴」ではない知り合いであることを願う。
「まやちゃ~~~ん!!」
そこには私の「知り合い」とも呼べるかどうか──私にとって会ったこともない人種。
“未確認生命体”がいた。
“絶望”の二文字が頭に浮かぶ。名前を呼ばれるだけで、こんなにも鳥肌が立ったことないわ。
「またね」がまさか次の日だなんて思わないでしょ?
──店長より先に、口を縫い付けておくべき奴がいた、と後悔しても遅し。
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