13
私は話を変える。くまの口調が少しほっとしたようになる。
「あの異空間は自然にできるものではあるが、私たちが多少手を加えている。君たちが安全に戦えるように。怪我をしたり傷ついたりしないように。ただ、魔法少女の数が増えると、場は不安定になる。こういった空間の扱いは難しい。私が学校に行ったとき、異空間にとらわれてしまっただろう? ほんの少し、いつもと違う行動をしただけで、予期せぬ事態が生じるのだ。
また、君たちの場合は、彼女の存在があった。あの、南雲律という――」
「南雲さんが関係するの?」
「そう。彼女の存在は私たちには全く想定外だった。君たちの中にも、こちらの世界をのぞくことができるものがいるということは知っている。けれどもそれが魔法少女になるとは。彼女の力はただこちらを見るだけでない、もっと大きなものだ。私たちには彼女の力が怖かった。これを上手くコントロールできる自信がなかった」
「南雲さんは、どうなったの?」
最後に、手だけが見えた。南雲さんとそれから睦月さん。二人とも助かったのだろうか。
私を安心させるように、明るい声でくまが言った。
「大丈夫。彼女は無事だよ。私たちの力で、君たちの世界に送り返しておいた。送り返すだけで精一杯だった。ここに取り込んで癒すことはできなかったよ。しかも、乱暴な返し方になってしまったが……。
それから小夜子という少女も無事だよ。彼女は今、ミュウが面倒を見ている。ミュウと呼ばれてるんだろう、彼女のぬいぐるみは」
「そうだよ。黒猫のぬいぐるみなの。上品でかわいらしい。……ねえ、ミュウもつまり――この液体なの?」
私は横になったまま、辺りを眺めた。透明な膜の向こうに、光が溢れている。くまの穏やかな声がした。
「そうだよ。私たちは一つ一つ違うものではあるけれど、同時に同じものだからだ」
私は笑い出したくなった。情報が伝わるの、早いなって思ったんだ。ミュウからくまに。オフィスで隣同士なのかな、とか思ってた。でも違った。伝達、早いわけだよ。だって――だって、どちらも同じ、一つ容器に入った液体なんだもの。たちまち情報が、全体に広がるよ。
「――異世界人に作られた、って言ってたよね」
「ああ」
「あのロボットもそうだよね。地上にいたロボット」
「そう、それも彼らが作った」
「ということは――くまとロボットは同じものなの?」
「全く同じというわけではない。ただ彼らによって、彼らのために作られたという点では同じだな」
くまはとてもさらりとそのことを口にした。なんでもないことみたいに。当然で常識的で、全く疑う必要がないことみたいに。
私はまた笑い出したくなった。と同時に、少し泣き出したくもなった。なんだか心が不安定になってる。そりゃそうだよね。さっきから変な話ばっかり聞かされ続けているもん。
「くまは眠らないの?」
突然の私の質問に、戸惑った声がした。
「どうしたんだ、急に」
「だって、ほら、この街に住んでいた人々は眠ってるんでしょう?」
「眠る……そうだな、長い眠りについている。いつか復活するために。私たちは、彼らとは同じ意味では眠らないよ。休むことはするけれど。
眠りながら――彼らは夢を見ていると言われている。魔法少女が戦う際にできる力が、夢となって彼らに送り込まれ、彼らを生かすと言うのだ。実際にそうなのかはよくわからない。私たちは夢を見ないから、それがどういうものなのかもよくわからない。けれども魔法少女は、夢を与えるもの、とも呼ばれている。
私たちは夢を見ない――見ることができないけれど、でも私は思うよ。それはたぶん、とてもいいものだろう、と」
くまの言葉がいつの間にか、「私たち」ではなくて、「私」になっていることに気がついた。そしてこれが、精一杯の誉め言葉なのだろうということにも気がついた。その瞬間、今まで私を縛っていたものがいっぺんにほどけて、私はすごく無防備な状態になってしまった。
私は泣いた。顔を覆って。子どもように――今だって子どもだけど、もっと幼い子どものように――いや、年相応の子どものように、声をあげて泣いた。こんな風に泣くのは久しぶりで、でも、恥ずかしいという気持ちはなかった。
くまの焦る声がした。
「……どうしたんだ、何が悲しいんだ?」
わからない。わかっているような気もするけれど、上手く答えることができないし、今は泣いているので何か言うこと自体が難しい。くまの声がまた聞こえた。
「ああ、そうだ、きっと怖かったんだ。怖い目にあったから。それで動揺しているのだろう?」
そうかな。でもそれもあると思う。怖かった。すごく怖かった。だって、死んじゃったんだと思ったんだもの。
「大丈夫。もう怖くない。もう安心していいよ」
何かが、触れる気配がした。私は、以前部屋で泣いたときに、くまに頭をなでてもらったことを思い出した。あれと同じ気配がした。
けれどもそれはあの時よりも、ずっと大きなものだった。あの時私をなでてくれたのは、ぬいぐるみの柔らかくて小さな手だ。けれども今度は違う。もっととても、大きなもの。
包み込まれ、抱きしめられるような感触があった。ぬいぐるみのくまにはできないこと。知らなかった。くまって本当はとても大きかったんだね。
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