11

 死んだとすると、ここは天国なんだろうか? ……いや違うな。天国がこんなに殺風景だとは思えないもの。じゃあ地獄なのかな。地獄でもない……気がする。


 私は歩き出した。とぼとぼと。どこかに行きたい。天国でも、地獄でも、どちらでもいいから。ここにずっといるのは嫌。


 私、死んじゃったのかあ、と改めて思う。お父さんやほたるちゃんが悲しがるだろうな。ごめんね。瑞希や沢渡さんや楓ちゃんも。


 それからくまも。


 くまもちょっとは悲しんでくれるかな。泣いてくれるだろうか。ぬいぐるみは泣けないけど、異世界にいる人が、涙を流してくれるだろうか。そうだったら、いいけど。


 睦月さんはどうなったんだろう。南雲さんも。二人も死んでしまったのだろうか。


 あの渦を通らなければよかった、と思った。睦月さんが異世界に行きたいなどと言い出さなければ……。睦月さんへの恨みが込み上げ、でもすぐにしぼんだ。だって今さら言ってもどうしようもないことだし。それに睦月さんも死んでしまったのだろうし。


 私は足を止めた。歩いても、風景は何も変わらないし。全てが無意味なことに思えた。歩くことも、私がここに存在していることも、全部何も意味がない。


 私はしゃがみ込んだ。泣き出したかったけど、泣く気力もわかなかった。ただ、後悔の気持ちがあった。


 魔法少女に、ならなければよかった。


 ならなかったら、こんな目に合うこともなかったのに。ううん、せめて、思わなければよかった。知りたい、なんて。魔法少女について知りたいって。くまの本体を見てみたいって。


 何も、望まなければよかった。


 私は手で顔を覆った。知らぬうちに、声を出して言っていた。


「魔法少女って、なんなの?」


 同じことを、睦月さんも言っていた。私も睦月さんも罰を受けたんだ。知ってはいけないことを、知ろうとしたから。欲深く、現状に満足しなかったから。だから、こんなことに。


「魔法少女とは――」


 突然、声が聞こえた。知ってる声だ。――くまだ!


 私は顔をあげた。心臓がどきどきしてる。くまの声だ。きっと、たぶん、そう。


 私、あんまりつらくて、幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。


「――魔法少女って、なに!? なんなの!?」


 私は叫んだ。白い空間に向かって。耳を澄ます。幻聴であっても、くまの声を聞きたいよ。


 声は聞こえた。やっぱりくまの声だ。優しい、温かい、懐かしい声。声はそっと私に言った。


「――夢を与えるものだよ」




――――




 夢? それはどういうものなの?


 気づけば私は、寝そべっていた。横を向いて、背中を丸めて、膝を曲げて。我が身を守るかのように。


 いつの間にか白い空間じゃなくなっていた。ここはたぶん――水の中?


 水の中に私は浮いている。透明な膜が私を包む。膜のおかげか、私は息ができる。


 暖かくて柔らかくて居心地がよかった。眠ってしまいそう。でも眠っちゃだめだ。これから何か大事なことが起こりそうだから。


 それに、くまが近くにいる気配がするから。


 でもくまの姿は見えない。水は透きとおっているけれど、そこには何もない。明るいけれども、光がどこから差し込んでいるのかわからない。不思議だ。とても静かで綺麗で安らぐ。


「――魔法少女は……夢を与える存在なのだよ」


 また、くまの声が聞こえた。私は言った。


「くま!? くまだよね? どこにいるの?」

「ここにいるよ」


 でも見えない。水は透明で、生き物は何もいない。私は悲しい気持ちで言った。


「何も見えないよ」

「君たちには見えないのだよ。君たちの視覚では認識できない。でもたしかにここにいるのだよ。言うなれば……これ全体が私たちなのだ」

「これ全体って? この水?」

「そうだよ」

「私たちって?」


 わからないことばかり。くまは何を言っているの?


「私と、仲間たち」


 ――ああ、くまは仲間がいるって言ってた。そう、この水が――くまとその仲間たちなの……。……。……どういうことなの?


「私と仲間たちは、ある意味で一つのものなのだ」くまの声がする。「同じものだと言えるし、けれども個々に違うものだとも言える」


 くま――何を言ってるの? さっぱりわからないよ。


「ここは異世界なの?」


 私は別のことをきいた。くまの話が難しすぎて、頭が混乱してきたから。


「そうだよ」

「くまのいる世界なんだね」

「ああ」


 渦を通って、私たちはやっぱりくまのいる世界に来ることができたの? 間違ってなかったの? でも……だとすると、あの廃墟はなんなんだろう。


「でも……」私は考えながら言う。「街は廃墟になってたよ。誰もいなかった。あ、ロボットはいたけど。それから今も健在な謎の建物。私たちはそこを目指して――そこにくまたちがいるんだね」

「そう」


 睦月さんはあそこにミュウがいるって言ってた。睦月さんの予想は正しかったわけだ。


「教えて、くま。ここは――どういう世界なの?」


 なんで廃墟になってるの? 南雲さんはどうなったの? 睦月さんは? 私の身に、一体何が起こったの?

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