5

「……どうして異世界に行きたいの?」


 私も立ち上がりながらきいた。魔法少女のことをもっとよく知りたいからなんだろうけど、でもそれだけじゃない気がする。


「――力が欲しいの」


 睦月さんは答える。そういえば前にもそんなことを言ってたな。


「何の力?」

「今を変える力」


 そう言って、睦月さんは黙った。睦月さんは再び私じゃなくて、また鉄棒のほうを見やった。でもやっぱり何も見てないかのようだった。


 風が吹いて、睦月さんの綺麗な長い髪を揺らした。




――――




 夕飯が終わってお風呂に入って、自室で宿題をする。でも身が入らない。くまが机の上、ノートの向こうに座っていて、なんとなく会話をする。でも私がぼんやりしてるので続かない。


 いつもこうやって、一日の終わりにはくまと話をする。宿題のわからないところをきいたりもする。驚くことに、くまが勉強を教えてくれることもある。くま、賢いの? 意外と。


 ぼんやりしてるのは、睦月さんのことを考えているせいだ。思い切って、彼女の話題を出してみることにした。


「今日は……ごめんね」

「なんのことだ?」

「睦月さんを連れてきて」

「どうして謝るんだ?」


 くまが怪訝そうな表情をしている。


「他の魔法少女と親しくしてはいけないって言われたのに、親しくしてるから」

「親しくするくらいなら構わないよ。ただ、よくないのは……」

「一緒に戦うこと」

「そう」


 一緒に……戦っちゃったけどさ……。くまに言おうかな、文化祭でのことを。でも……やっぱりやめよう。また今度にしよう。


 今度が本当に来るのかわからないけど。


 異世界に行くことができたら。私は考えた。そうしたらくまに会えるわけだ。睦月さんの言う通り。くまの本当の姿を見ることができる。本当に、奇跡のように美しいのか確かめることができる。


 私は見てみたいの? くまの本当の姿を。


 それはくらくらするような誘惑だった。見たいといえば、そりゃ見たいよ。会いたいもの。実際に会って、話をしてみたい。こんな形じゃなくて。


 異世界がどんなところかも見てみたい。くまはどんな世界にいるんだろう。ここと似ているのかな。


 前に異世界がどんなところか尋ねたことがある。くまはいいところだよ、と言っていた。でもはっきりとは断言してなくて、どこか迷いがあるようだった。よいだけじゃなくて、悪いところもある世界なのかな。


 もっとよく知りたいけど、くまは答えてくれないだろうから。別のことをきくことにした。


「くまは……幸せ?」


 出てきた問いは自分でもよくわからないものだった。くまがきょとんとしてる。私は慌てて、付け加えた。


「えっとね、私と話してないときも、異世界で幸せにやってるのかなあ、って。どう、幸せ?」

「幸せだよ」


 答えはすぐに返ってきた。これには迷いがなかった。異世界がどんな世界かときかれたときのような迷いは。本当に幸せで、心からくまは幸せで、それを全く疑っていないかのようだった。


 そうなんだ。幸せなんだ。それはよかったと思う。少なくとも、異世界はくまにとってはよい世界なんだ。たぶん。


 どんな生活をしてるのかなあ。私とあれこれ会話するのが終わって、家に帰って。たぶん、家に帰ってるんだと思う。そこでくまもゆっくりするのかな。ネットをしたりテレビを見たり?


 本人の言う通り、イケメンなのだとしたら、たぶん――綺麗な彼女か奥さんがいるよね。以前、恋愛の話をしたとき、言葉を濁していたけど。でもいるんじゃないだろうか。


 彼女か奥さんに料理とか作ってもらったりしてるのかな。二人でそれを仲良く食べたりして。そこに私の話題も出るのかな。出ないかもね。二人の、大切な時間だから、もっと別のことを話したいかも。


 ……。


 いや! なんだか奇妙な気持ちになってきた。それが悪いってわけじゃないけど。悪いってわけじゃないけど……。


 そうか、くまには私の知らない世界があって、私の知らない大切な人がいるのか。……別にそれでいいじゃない、って話だけれど……。


 私は急に、くまの頭をなでた。少し強引に。


「どうしたんだ」


 くまが驚いている。


「なんでもない! なんかくまってかわいいなーって思っただけ!」


「今日は本当にちょっとおかしいぞ」くまは笑って、それからふと真面目な顔になった。「悩み事でもあるのか?」


「ないよ」これは少し嘘だけど。「ただ、思春期の乙女は時に繊細なだけ」


「なんなんだそれは」


 くまはまた笑う。なんなんだと言われても、私もよくわからないけど。


 でもちょっぴりもやもやすることもあるんだよ。ちょっぴり、だけどね。




――――




 それからしばらく、睦月さんからも南雲さんからも連絡は来なかった。異世界に行くことは諦めたのかな、などと思い始めたとき、いきなりそれはやってきた。


 12月24日。クリスマスイブの日。私は南雲さんから連絡をもらって家を出た。夕方近い時刻で、空は厚い灰色の雲に覆われていて、雪が降りそう。ほたるちゃんに、ちょっと遅くなるかもしれないけど、心配しないで、と伝える。新しくできた友だちのところに行くだけだからって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る