4
とりあえず、くまには会ったんだし、もう用は済んだんじゃないかと思う。ここら辺で公園へと移動したい。私は睦月さんに言った。
「ね、もういいよね。満足したよね。そろそろ行こう」
「いいけど……。なんだかずいぶん急かすんだね」
私はそれに答えず、とりあえず睦月さんを部屋から連れ出した。さらに家の外へ向かう。玄関を出たところで、風が私に吹き付けた。寒っ!
そもそも……考えてみれば、くまに話を聞かれたくないだけなんだから、別に家の中でもよかったんじゃない? 私の部屋でなければ。居間とかでも。でももう外に出ちゃったし、今からまた家の中に戻りたくない。
私と睦月さんは一緒に歩き始めた。家の近くの公園に行く。睦月さんがからかうような調子で私に話しかけた。
「楓から聞いたよ。くまって本当はすごくイケメンなんだって?」
「本当の姿は知らないけど……」
「でもくま本人が言ってたんでしょ? 自分は奇跡のように美しいって」
楓ちゃんめ。余計なことを言うなあ。いや、別に言っちゃだめってこともないから、楓ちゃんを恨むのは筋違いだけど。
コートのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顎を埋めて歩いていく。寒風が髪を乱す。寒いし空は灰色だし、本当に、居間で話をすればよかった、なんて思う。でも引き返すことはせず、ただ公園に向かって歩いていく。
「何かそういう、イケメンの片鱗でも見えるんじゃないかな、って思ってたんだけど」
「だからただのぬいぐるみだって言ったじゃん」
わかってたんでしょうに。睦月さんはふと、口調を変えて言った。
「かわいいぬいぐるみだったね」少し優しい感じになって、私に尋ねる。「手作りっぽかった。誰が作ったの?」
「お母さんだよ。私の亡くなったお母さん」
「そうなんだ」
最後の「そうなんだ」はとても穏やかに、睦月さんの口から出てきて、私は少し戸惑った。私たちはしばらく何も言わず、並んで歩いた。やがて公園が見えてきて、その中に入る。
ベンチに座ると、睦月さんがおもむろに切り出した。
「で、話って?」
「南雲さんから相談を受けたの」
南雲さんに言われたことを、ここでまた繰り返す。睦月さんは真面目に聞き、だんだんと愉快そうな表情になっていった。
「異世界、行きたくない?」
話が終わった後、目を輝かせて睦月さんが私にきく。
「それは……そんなに」
行きたいといえば行きたいけど。でも南雲さんがためらっているし、そもそも行けるとは思えない。
「くまに会えるよ」睦月さんが私を見てくすくす笑う。「本当の姿が見えるよ。奇跡のように美しいイケメンが。会いたくないの?」
「別に」
素っ気なく私は答える。睦月さんの笑い方がなんだか嫌だ。私は不機嫌を隠そうとしないけれど、睦月さんはそれを気に留める様子もない。
「一瀬さんをかわいがってくれて、気に入ってくれてるイケメンだよ。会いたいよね?」
「そういう言い方やめて」
我慢できず私は睦月さんに言った。睦月さんはあまり悪びれた様子もなく私を見つめた。
「ごめんね」
口だけで謝ってくれる。本当は悪いなんて思ってないのに。睦月さんは私から視線を逸らした。真っすぐ前を見つめる。その先には、鉄棒で遊ぶ女の子たちと、葉を落とした木々。でも睦月さんはそれらを見ているようではなかった。
「それで、一瀬さんは私に何を言いたいの? 異世界に行くのはやめるようにって言いたいの?」
「私も……わからないの。異世界に行くのがいいことかどうか」そもそもそんなことができるのか。「でも南雲さんが少し怯えてる。彼女を無理やり利用するようなことはやめて」
「無理やりじゃないよ。ひどいね、一瀬さん。私がそんな横暴な人間に見えるんだ」
「そういうわけじゃないけど……」
いきなり被害者ぶられても困る。今まで散々私にねちねちと嫌味なことを言っていたくせにさ。私は足を延ばして、自分の靴のつま先を見ながら言った。
「そういうわけじゃないけど、よく考えて、南雲さんと話し合ってほしいって思ったの」
「話し合うよ」
「南雲さんとは……仲いいの?」
一緒に買い物に行くくらいだから仲はいいんだろうけど。でも例えば楓ちゃんとはまた違う存在なのだろう。あんな風に愛情をこめて写真を撮ったりするのだろうか。
「仲いいよ」当然のことのように睦月さんが答える。「律は素直だし。私の言うことをよく聞いてくれる。……おっと」
睦月さんが私を見て笑った。
「といっても私が無理やり言うことを聞かせてるわけじゃないよ」
南雲さんは睦月さんことが好きなんだ。だから、睦月さんの言うことを素直に聞くんだよ。そして今回も、睦月さんの計画に反対したくないし、役に立ちたいって思ってる。
それを睦月さんが悪用しなければいいんだけど。
「律とよく話し合う。それでいいでしょ」
「うん」
まだ全然話したりない気がするけれど。でも睦月さんは立ち上がった。話は終わり、みたいに。
「外に長時間はいられないな、寒くて」
顔をしかめて睦月さんは言う。帰りたい、ということなんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます