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 とりあえず、くまには会ったんだし、もう用は済んだんじゃないかと思う。ここら辺で公園へと移動したい。私は睦月さんに言った。


「ね、もういいよね。満足したよね。そろそろ行こう」

「いいけど……。なんだかずいぶん急かすんだね」


 私はそれに答えず、とりあえず睦月さんを部屋から連れ出した。さらに家の外へ向かう。玄関を出たところで、風が私に吹き付けた。寒っ!


 そもそも……考えてみれば、くまに話を聞かれたくないだけなんだから、別に家の中でもよかったんじゃない? 私の部屋でなければ。居間とかでも。でももう外に出ちゃったし、今からまた家の中に戻りたくない。


 私と睦月さんは一緒に歩き始めた。家の近くの公園に行く。睦月さんがからかうような調子で私に話しかけた。


「楓から聞いたよ。くまって本当はすごくイケメンなんだって?」

「本当の姿は知らないけど……」

「でもくま本人が言ってたんでしょ? 自分は奇跡のように美しいって」


 楓ちゃんめ。余計なことを言うなあ。いや、別に言っちゃだめってこともないから、楓ちゃんを恨むのは筋違いだけど。


 コートのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顎を埋めて歩いていく。寒風が髪を乱す。寒いし空は灰色だし、本当に、居間で話をすればよかった、なんて思う。でも引き返すことはせず、ただ公園に向かって歩いていく。


「何かそういう、イケメンの片鱗でも見えるんじゃないかな、って思ってたんだけど」

「だからただのぬいぐるみだって言ったじゃん」


 わかってたんでしょうに。睦月さんはふと、口調を変えて言った。


「かわいいぬいぐるみだったね」少し優しい感じになって、私に尋ねる。「手作りっぽかった。誰が作ったの?」


「お母さんだよ。私の亡くなったお母さん」

「そうなんだ」


 最後の「そうなんだ」はとても穏やかに、睦月さんの口から出てきて、私は少し戸惑った。私たちはしばらく何も言わず、並んで歩いた。やがて公園が見えてきて、その中に入る。


 ベンチに座ると、睦月さんがおもむろに切り出した。


「で、話って?」

「南雲さんから相談を受けたの」


 南雲さんに言われたことを、ここでまた繰り返す。睦月さんは真面目に聞き、だんだんと愉快そうな表情になっていった。


「異世界、行きたくない?」


 話が終わった後、目を輝かせて睦月さんが私にきく。


「それは……そんなに」


 行きたいといえば行きたいけど。でも南雲さんがためらっているし、そもそも行けるとは思えない。


「くまに会えるよ」睦月さんが私を見てくすくす笑う。「本当の姿が見えるよ。奇跡のように美しいイケメンが。会いたくないの?」

「別に」


 素っ気なく私は答える。睦月さんの笑い方がなんだか嫌だ。私は不機嫌を隠そうとしないけれど、睦月さんはそれを気に留める様子もない。


「一瀬さんをかわいがってくれて、気に入ってくれてるイケメンだよ。会いたいよね?」

「そういう言い方やめて」


 我慢できず私は睦月さんに言った。睦月さんはあまり悪びれた様子もなく私を見つめた。


「ごめんね」


 口だけで謝ってくれる。本当は悪いなんて思ってないのに。睦月さんは私から視線を逸らした。真っすぐ前を見つめる。その先には、鉄棒で遊ぶ女の子たちと、葉を落とした木々。でも睦月さんはそれらを見ているようではなかった。


「それで、一瀬さんは私に何を言いたいの? 異世界に行くのはやめるようにって言いたいの?」


「私も……わからないの。異世界に行くのがいいことかどうか」そもそもそんなことができるのか。「でも南雲さんが少し怯えてる。彼女を無理やり利用するようなことはやめて」


「無理やりじゃないよ。ひどいね、一瀬さん。私がそんな横暴な人間に見えるんだ」

「そういうわけじゃないけど……」


 いきなり被害者ぶられても困る。今まで散々私にねちねちと嫌味なことを言っていたくせにさ。私は足を延ばして、自分の靴のつま先を見ながら言った。


「そういうわけじゃないけど、よく考えて、南雲さんと話し合ってほしいって思ったの」

「話し合うよ」

「南雲さんとは……仲いいの?」


 一緒に買い物に行くくらいだから仲はいいんだろうけど。でも例えば楓ちゃんとはまた違う存在なのだろう。あんな風に愛情をこめて写真を撮ったりするのだろうか。


「仲いいよ」当然のことのように睦月さんが答える。「律は素直だし。私の言うことをよく聞いてくれる。……おっと」


 睦月さんが私を見て笑った。


「といっても私が無理やり言うことを聞かせてるわけじゃないよ」


 南雲さんは睦月さんことが好きなんだ。だから、睦月さんの言うことを素直に聞くんだよ。そして今回も、睦月さんの計画に反対したくないし、役に立ちたいって思ってる。


 それを睦月さんが悪用しなければいいんだけど。


「律とよく話し合う。それでいいでしょ」

「うん」


 まだ全然話したりない気がするけれど。でも睦月さんは立ち上がった。話は終わり、みたいに。


「外に長時間はいられないな、寒くて」


 顔をしかめて睦月さんは言う。帰りたい、ということなんだろう。

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