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「そうね。親しくしてるわよ。面白い子ね。頭もいいし、魔法少女について知りたがってる」

「先生も……知りたいんですよね」


 魔法少女について。先生は頷いた。


「できればね。だから元魔法少女とか、現役の魔法少女とかとコンタクトを取って」

「すごいですよね。魔法少女の一大ネットワーク」

「それほど大きいものじゃないけどね」


 先生は穏やかに笑う。魔法少女たちの繋がり、か。たぶん、くまはそんなに歓迎しないのだろうけど……。


 睦月さんが異世界に行こうとしていること、言おうかどうか少し迷って、でもすぐに決断した。言わないことにしよう。なんていうか――先生に言うべきことではないような気がする。それとも睦月さんは既に先生に話しているだろうか。


「いろんな謎が、明らかになる日が来るといいですね」


 私はそう言っていた。これはたしかに本心ではある。


「そうね。難しいでしょうけど。実のところを言うと、私は……。そんなに必死で明らかにしようとしていないのかもしれない」


 どういうこと? と思って、先生を見る。先生は続けた。


「私はね、魔法少女たちが何事もなく無事に、その役目を終えられればそれでいいと思っているの。できれば魔法少女であることを十分に楽しんで。でも異空間や異世界や魔法少女といったものについてより詳しい知識があればね、起こるかもしれない危険を防ぐことができるでしょう?」

「危険……。先生は魔法少女をやることには危険があると思っているんですか?」

「わからないわ、正直。その辺も、もっと知識があれば判断が下せるのだろうけれど、それがないから……。ただね、とても危険な目にあった魔法少女は、私の知っている限りではいないわね」


 文化祭での出来事が蘇る。南雲さんの傷は、そんなに大したことはなかったけれど、あの異様な異空間と、南雲さんが流した血は確実に私たちを動揺させた。けれども私はそのことを先生に言わなかった。


「――確かに、とても危険な目にあったことはありません」これは、少し嘘かもしれない。「くまが、異世界の人が、助けにいくって言ってました。もし危険なことがあれば」


「みな、そう言うみたいね」


 先生は笑った。「その言葉を信じてもいいのかしらね。実際に助けられた人はいないけれど」


「そもそも助けが欲しいようなピンチに陥ってないということですよね」

「そうなの。不思議ね。なんだかまるで――絶対に負けないゲームみたい」


 絶対に負けないゲーム、か。たしかに負けたことはない。一度も。

 

 違う。負けといえば……あの文化祭での件がそうなの?


 私と先生は廊下にいる。廊下の窓から日が斜めに差し込む。女の子の二人組が、先生さようなら、と言って通り過ぎていく。先生もそれに返事をする。


 私はいろいろなことを考えていて、でも全然違うことを先生に尋ねた。


「先生も、負けたことがないんですか? 魔法少女だったとき」

「そうよ」


 少し誇らしげに先生が言った。先生が魔法少女だったとき。私のお母さんもその隣にいたんだ。同じ、魔法少女として。


「私のお母さんも……素敵な魔法少女でしたか?」

「それはもう、とても」

「かっこよかった?」

「ええ」


 嬉しくなる。先生は窓の外を見て、少し目を細めた。何かを探すみたいに。そしてそうして見つけたものを、遠くから愛おしむみたいに。


「だから私は……ずっと魔法少女にとらわれ続け……」


 そこで先生は言葉を切った。黙って待っていると、先生は苦笑して口を開いた。


「つまり、感傷ってことね」


 よくわからないので、私も先生に合わせて、少し微笑む。




――――




 睦月さんがやってきた。私の家に。


 来る前に携帯に送っておいた。くまと会ってもいいけど少しだけ、って。その後、どこか外で話そうって。睦月さんは、意外にも素直にいいよと返事をくれる。


「こんにちは。あなたがくまなんだ」


 私の部屋に入って、睦月さんがまじまじとくまを見た。くまは本棚のいつもの場所に座って、そして少し動揺しているのがわかる。


 でも睦月さんにはただのぬいぐるみにしか見えないんだろうな。


「くま。こちらは睦月小夜子さん。魔法少女なの」

「はじめまして」


 睦月さんは律儀に頭を下げる。くまも立ち上がって、頭を下げた。


「はじめまして」


 くまは言うけど、睦月さんにはこれ、聞こえてないんだよなあ。


「くま、ミュウのこと知ってるでしょ? えーと、睦月さんとコンタクトをとっている異世界の人」

「それは、まあ」


 くまはいつものごとく、曖昧な返事をする。


「ミュウから睦月さんのこと、いろいろ聞いてる?」

「いろいろは……ないな」

「私のこと、話してるの?」横から睦月さんが入ってきた。「何? ミュウが私の悪口言ってるって?」

「それは……ないみたい」

「そうかな、怪しいな」


 睦月さんはそう言って笑う。私はあまり笑う気分じゃなくて、ただ戸惑っている。

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