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 ……そんなに上手くいくの? 再び私は思う。異世界に行くことはできないはず。くまだって、ああいった形でしか私たちと触れ合えない。ほたるちゃんがどんなに望んでも、異世界でうさぎの本体と出会うのは無理。そう――そうだったはず。


 でも、南雲さんの力があれば……。南雲さんに本当にそんなことができるの?


「南雲さんは……どうしたいの?」


 私は南雲さんに尋ねた。これが一番大事だ。全ては本人の気持ち次第。私はお勧めしないけれど。去年、くまに何があったか知ってるから。


「私は――睦月先輩の力になりたいです」


 南雲さんは今度は力を込めて、飲み物のカップを握った。「私、本当は、異世界とかそこまで気にならないんです。もちろん、どんなところか知ることができれば嬉しいと思います。でも積極的に行きたいかどうかは――。普段からミュウと一緒にいる睦月先輩と、ミュウとあまり接することがない私とでは違うんでしょうけど……。でも、睦月先輩が異世界に行きたいというなら、力を貸したいんです」


「それは立派だけど」


 だけど、私には迷いがある。だって、危険なことのように思えるから。それに南雲さんもわざわざ私に相談を持ちかけるということは。


「南雲さんも迷っているんでしょう?」


 睦月さんの言葉に従うべきか。南雲さんは眉を寄せた。


「私……私は正直、怖いんです……! 何か嫌な予感がするというか、やってはいけないことをするような……。そもそも、睦月先輩が言うところの、穴のある場所に近づきたくないし……」

「じゃあ、私が睦月さんと話してみる」


 南雲さんがためらっているということを伝えてみる。けれども南雲さんは、いえ、と私とおしとどめた。


「いえ、私もそれをすごくしたくないというわけではないんです。異世界について、魔法少女について、今よりもっと知ることができればよいと思うし、それにそれらについて知りたがっている人の役にも立てるでしょう? 睦月先輩もそうだし、後藤先生も。私の力が何かの役に立てるなら、それはとても嬉しいことだし……」


 南雲さんが迷ってるのもわかる。彼女にしかない力がある。そしてそれを発揮することを期待されている。周りの人びとの、特に好意を持っている人びとの期待に応えたい。その気持ちはわかる。


 南雲さんがどうすべきか、私もよくわからなくなってきたけど――でも、とりあえず。


「睦月さんとこのことを話しあってもいいよね? 私が南雲さんから相談を受けたこと、向こうに知られる形になっちゃうけど」


 それは嫌なのかな、と思ったので一応確認しておく。南雲さんは言った。


「構いませんよ」


 睦月さんに連絡を取らなければ。正直あまり気が進まないことではあるけど。私、少し、睦月さんが苦手だし……。でも南雲さんが私を頼ってきてくれたのだから、できる限り、力になりたい。


 期待に応えたいという気持ちは、もちろん私にもあるのだ。




――――




 睦月さんにはすぐに携帯にメッセージを送ったから、とんとん拍子に会う約束ができた。今週末、睦月さんが楓ちゃんちに遊びに行くらしいから、その帰りにうちに寄ることになった。でもうちにはくまがいるし……。


 睦月さんはくまに会いたいらしい。ただのぬいぐるみだよ、と私は返信する。会話することもできないんだから、会っても意味ないよ、と。でも睦月さんは一目見るだけ、と言う。


 困ったな……。本当に一目見るだけにしてもらって、早々に家を出て、公園かどこかで話をすることにするか。


 睦月さんはミュウをとっちめなかった代わりに、別の方法をとると言っていた。別の方法というのがこれなのかな。強引に異世界に行って、ミュウに会って、全てを聞き出す。乱暴だけど……確実というか、これで今までのもやもやに決着がつく。


 睦月さんがしようとしていること、私は瑞希たちに話さなかった。楓ちゃんも知らないみたいだった。睦月さん、楓ちゃんにも話してないのか。だから私もあんまりこの話を広めないほうがいいのかなと思う。第一、本当にできるかどうか、すごくあやふやな話だし。


 だから私はいつもと同じように、瑞希たちに接する。


 放課後、図書室に本を返した帰りに、後藤先生に会った。後藤先生はもう私たちの担任じゃなくて、今は授業を受け持ってもらってもいない。だから、少し疎遠になってしまっていた。


 先生に会って、挨拶する。睦月さんのことが頭に浮かんで、先生と少し話をしてみたくなった。


「睦月さん……ご存じですよね、睦月小夜子さん」


 先生の顔が少し柔らかくなった。相変わらず、あまり笑わない、ちょっととっつきづらい見た目の先生だけど、でも意外と優しいのだ。


「知ってるわよ。魔法少女の子でしょう?」


 魔法少女、を声をひそめて、先生は口にする。魔法少女のことは、他の人たちには秘密だからだ。


 私は先生と秘密を共有していることを、なんだかちょっぴり面白く、くすぐったく思う。「先生のところによく来てるんですか?」

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