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「では! 私の出番ですね!」


 南雲さんが意気揚々と現れた。そうか、南雲さんは空間そのものを壊すことができるんだ! 彼女の力でここから出ることができる! ありがたいー! と私は、小柄で愛らしい南雲さんを、尊敬の目で見つめた。


「じゃあ、一気に……」


 南雲さんが手をあげる。私は過去にこれを見たことがある。空が割れて崩れて、そしていつの間にか元の世界に戻ってるやつだ。なかなかダイナミックなんだよな、と身構えたけれども、しかし、なかなか変化が訪れない。


「律?」


 睦月さんが呼びかける。南雲さんは片手をあげたまま首を傾げる。


「おかしいですね? なんだかいつもと違うみたい」


 南雲さんの魔法も、結局私たちと同じ魔法なわけだから、この空間では通用しないの……? と不安になってくる。南雲さんは今度は両手をあげて、空を睨みつけた。小さな身体で踏ん張っている。


「ちょっと待っててくださいね……。――なんだか……何かが違う……。いつもと……何かがひっかかっているような……」


 その時、突然真下から衝撃が突き上げた。一瞬身体が浮き、そして落とされる。何事が起きてるのかわからないまま、私は尻もちをつく。白いうろこが盛り上がっているのが見えた。靄が渦を巻いている。


 渦を巻きながら靄は次第に広がっていく。ばきばきと何かをへし折るかのような音が聞こえる。歪む。私の視界が歪む――私の目がおかしくなったのか、それとも実際に異空間が歪んでいるのか。歪み押しつぶされる。変形しねじれ、形を変え、その混乱の中に私も巻き込まれていく――。


 助けて! と身体全体が悲鳴を上げた。




――――




 気づけば元の世界にいた。しゃがみ込み、腕で頭を守るように覆っている。……なんだったの、さっきのは。


 立ち上がって、周りを見た。いつもの光景。よく知ってる世界。もうあのへんてこな異空間じゃない。なじみ深い学校の、校舎の裏で、瑞希も楓ちゃんも睦月さんも、みんな揃っている。


 けれどもみんな茫然としている。何があったか、わからない、という顔をして。


「痛っ……」


 声が聞こえた。南雲さんだ。手の甲をもう片方の手で押さえている。


「どうしたの?」


 近くにいた楓ちゃんがきいた。私も少し近づいてみた。南雲さんは手を放して、私たちに見せてくれた。


「少し、怪我をしたみたいで……」


 手の甲に、横にひっかいたような傷がある。そこから血がにじんでいる。そんなに深い傷ではないようだけど、でも痛そうだ。楓ちゃんがポケットから白いハンカチを出して、その傷に押し付けた。


「汚れますよ!」


 南雲さんは拒否したけれど、楓ちゃんはいいの、と言ってそのままハンカチを傷口に押し付ける。私は動揺していた。今まで戦っていて怪我をすることなんてほとんどなかったから。そりゃ、転んだりぶつかったりはあったけれども、擦り傷くらいならできるけれども、こんな風にはっきりと血を見る、というのは……。


 私はどきどきしてきた。くまが言っていた。魔法少女には縄張りがある、って。だから一緒に戦うことはよくないって。私はそれを聞き流していた。でも――今回の件はどうなんだろう。


 それと関係があるの? 一緒に戦ったから? だからこんな奇妙な事態になった?


「……あ、あの……」


 私は緊張しながら口を開いた。みんなの視線が私に集まる。


「くまが言ってたの。魔法少女には縄張りがあるんだって。だから私が睦月さんたちと親しくするのも歓迎していないみたいだった。そして一緒に戦うのはよくないって言ったんだよ。ひょっとすると……もしかすると、さっき、怖い目にあったのはみんなで一緒に戦ったから……」

「……私が、みんなと戦いって言ったから……!」


 青い顔をして楓ちゃんが呟いた。ハンカチに置かれた手に、ぎゅっと力が入る。私は慌てて訂正した。


「違うよ! 私が言わなかったの。くまに、他の魔法少女と一緒に戦ってはいけないって言われてたのに、それを楓ちゃんに言わなかった。ううん、楓ちゃんだけじゃなくて、瑞希にも沢渡さんにも。私が、一言言っていれば……」


「私もミュウに言われた」睦月さんが口を開いた。いつになく険しいだっ表情だった。「他の魔法少女と戦うのはよくないって。でも私もそれを誰にも言わなかった。だって、私はミュウを信頼していないから。それに、理由をきいてもミュウは教えてくれなかったし、何故そうすべきなのかわからない命令に、盲目的に従う必要なんてない」


 そう……。それはわかる。私も教えてもらえなかったもの。ただ、禁止されただけ。納得できない命令に、従うのは難しい。無視しても構わないと心のどこかで思ってた。


 でも……違ったの? くまの言葉に従うべきだった?


「今回の件は六人で戦ったことが原因なのかはわからないけど」睦月さんはそう言って、顎をあげて笑った。「帰ってからミュウをとっちめてやる。他の魔法少女と戦ってはいけないのは何故なのか、聞き出してやる」


 睦月さんは笑ったけれども、誰もそれに追随しなかった。なので、睦月さんもすぐに笑いを収めた。


 みな、何も言わなかった。校舎裏は日陰で暗くて、文化祭の楽し気な声や音楽が遠い世界からの物音のように聞こえてきた。


 ミュウをとっちめる、と睦月さんは言った。私もくまに……くまをとっちめるのは気が引けるけど、今

回の件は一体なんだったのかききたい。くまの言いつけを破ったから、だからこんな目にあったの?


 でもきけない。たぶん。くまの忠告を無視したことを、私はくまに言えない。睦月さんの言葉が蘇る。「くまに気に入られているでしょ? 自分の言うことをよく聞いてくれる、いい子な魔法少女だって」


 そう、私は気に入られたい。いい子じゃないって、がっかりされるのが怖い。

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