8
「竜かも!」
相も変わらずハイテンションな楓ちゃんが話に入ってきた。「これは大きな竜のうろこなんじゃない?」
竜かあ……。恐竜の展示をやったからなあ。竜と恐竜。違うっちゃあ違うけど。
「どっちが頭でどっちが尻尾なんだろう?」
楓ちゃんが前を見て、後ろを見て、考える。どちらも靄がかかっていて、先が見通せない。
「歩いてみようか」
瑞希が言って、六人で歩く。「頭かな尻尾かな」と楽しそうに楓ちゃんが口ずさんでいる。のどかな行進だ。歩きながら、私は考えていることがあって、言おうかどうか迷ったのだけど、おずおずと口にした。
「あの……」
「何?」
と、瑞希。
「あのさ、これ、敵じゃない?」
地面を指差す。地面じゃなくて、白い大きな輝くうろこ。竜かなにかよくわかんないもののうろこ――たぶん、うろこだと思うもの。そしてこれが――全体がどんな姿なのかわからないけれど、私たちの敵。
敵だからやっつけなくちゃいけないと思う。ただ歩いてるだけじゃなくて!
「私もそう思っていた。でも」
「でも!」
冷静な表情の瑞希の横から、楓ちゃんが顔を出した。「でも! まだ頭も尻尾も見てない!」
「楓……」
瑞希が冷静なままに、楓ちゃんを眺めた。「異空間から出るのが嫌なんだね……」
「だって変身してからまだちょっとしか経ってないじゃない! もうちょっとここにいる!」
「いや、わかったよ。もうちょっと歩いてみようか。頭か尻尾が見つかればそこを攻撃してすぐに終わるだろうし」
楓ちゃんの迫力に瑞希が折れた。
そこで再び六人でてくてくと歩いていく。おしゃべりなどしながら。話題は普段の学校生活のことなど大変のどかなものだった。けれども私は少しずつ、何か違和感を覚えていた。最初はほんのちょっとしたひっかかり。でもそれは次第に大きくなっていく。
「……あのさ」
ついに沢渡さんが口を開いた。それまで穏やかな聞き役に徹していた沢渡さんが。
沢渡さんがそっと、私たちに言う。
「……この地面、というかうろこ? なんだかおかしいよね」
立ち止まって、足でつつく。そうなんだ。私もそう思っていた。何かがおかしい。敵なんだけど、いつもの敵と少し違う感じ。
みんな止まった。誰も何も言わない。おそらく違和感は、私と沢渡さんだけでなく、みんなが共有していたんだろう。瑞希が膝をついた。
「これたぶん、生き物だよね。動くかな。ちょっと動かしてみようか」
瑞希が掌から魔法の水を生みだし、それを少しうろこにかける。水は蒸発するかのようにたちまち消えた。うろこは動かない。何も変化がおきない。
いや違うな。わずかに虹色のきらめきが走った。少しくすぐったい、とでも言ってるみたいに。綺麗な輝き。でも何か――不気味だな。
敵が妙に大人しい。今までも積極的に攻撃してこない敵はいたけれど、でもそれが敵だということはよくわかっていた。今も、私たちが踏んづけているものが敵であるということはわかっている。でも――これはどこか違う。これは何か――得体が知れない。
沈黙してその奥に、何か不気味なものを隠している存在。
ただの弱い敵なんだと思ってた。異空間に入る前は。入ってからも少しの間はそう思っていたよ。でも今は不安が次第に大きくなっていく。
「……魔法の力が足りなかったのかな」
瑞希がそう言って、今度は小さな水の球を作り、うろこにぶつけた。けれどもそれは跳ね返された。跳ね返されて、衝撃で水の球が割れて、しぶきが瑞希の胸に、顔に、かかった。
「……意外と強いね」
そう言って瑞希は立ち上がった。少し怯えているのがわかる。でもそれは仕方がない。私だって、怖い。
「六人で異空間に入ったのは正解だったじゃない」
睦月さんの声が聞こえた。笑みを浮かべて、こちらに近づいてくる。「やっつけましょう。六人の力を合わせて。ぼこぼこにしてやればいいじゃない」
私たちは頷いた。と同時に分かれて、攻撃を開始する。私はうろこに炎を走らせる。
強い力をぶつけたつもりだった。けれどもうろこはびくともしない。炎が走った後、そのまま傷一つない姿でうろこが再び現れる。ただ、虹色のきらめきが二度三度、不気味にうごめいた。
私は続けて、魔法を使う。けれども結果は同じことだ。
「……きゃっ!」
悲鳴が聞こえた。楓ちゃんだ。見ると、楓ちゃんが強風に襲われている。そこに睦月さんが駆け付けて、楓ちゃんを守るように闇で包んだ。風は収まり、闇もなくなり、中から楓ちゃんが現れる。楓ちゃんは怯えて、そして申し訳なさそうな顔をしていた。
「ありがとう、小夜ちゃん。なんか、魔法を使ったらそれが跳ね返ってきて……。上手くかわせなかったの」
さっきの瑞希と同じ。この敵は私たちの魔法を受け付けない。私たちの魔法とは、何かこう――別種の存在だ。
「律!」
睦月さんが南雲さんに声をかけた。「ここ出ようよ。いつまでもここにいるのあほらしくなってきた。こいつには付き合ってられない。こいつも私たちと付き合う気はないみたい」
こいつ、は白いうろこの敵のことだ。睦月さんは苛立たし気に、うろこを踏みつけた。うろこはやはり何も反応しない。
「悪いけど……それでいいよね、楓」
楓ちゃんは今度は反対などしなかった。素直に頷いた。
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