7

「誰も嘘なんてついてないのかも」

「えっ」


 私は沢渡さんを見上げた。沢渡さんは外の風景を眺めつつ、私に言った。


「もしかしたら、本郷先生に、高校生くらいの親戚の女の子がいるのかも。彼女が先生と歩いていた。それをうちの学校の誰かが見ていた。その女の子は白市先輩に似ていた。最初は白市先輩に似た人と、本郷先生が歩いている、という噂だったのだけど、それが広まっていくうちに尾ひれがついて今の形になったのかも」


「でも……」私は釈然としなくて、言葉を探した。「でも、最初はそうだったものを、悪意を持ってゆがめた人がいたのかも」


「その可能性は否定できないけど」


 私はため息をついた。


「今日、客席から白市先輩を見たんだ。かわいらしい人だった。善良で、可憐な。でも実際はどんな人かよくわからなかった。だって、客席は遠くて、そこから舞台の上はよく見えない――」

「舞台の上からも客席はよく見えないよ」


 その時、声がした。瑞希の声だ。振り向くと、瑞希がとことことこちらにやってくる。


「こんなところにいたんだ。探してたんだよ」


 のんびりと瑞希は言う。


「どうしたの?」


 私の問いに、瑞希はのんびりとしたまま、とてものどかに続けた。


「緊急事態だよ」




――――




「ようやく六人で戦うチャンスが訪れたよ!」


 緊急事態、と言われ、沢渡さんと一緒に瑞希についていくと、そこにはやたら張り切ってる楓ちゃんがいた。睦月さんと南雲さんも。


 場所は校舎の裏。大勢の人で賑わう文化祭だけど、ここには人気がない。こうやって、人気のないところに私たち魔法少女が集まっているということは。そして、さっきの楓ちゃんの言葉を考えてみると。


 ふむ。敵が現れたな。


 さっきやっつけたばかりなのに。何気にせわしないなあ。文化祭の熱気にあてられて、敵も活発になっているのだろうか。


 気配を探ってみると、確かにいる。でも大した敵じゃない。さっきのよりもずっと弱そう。私の心を読んだように、瑞希が言った。


「これから変身して戦いに入るわけだけどさ、敵、弱そうじゃない?」

「うん」

「六人で戦う必要があるのだろうか」


 うーん……。六人はいらないかもね。そう思ってると瑞希が続けた。


「六人でか弱きものをぼこぼこにやっつける非人道的ショーが始まります」

「非人道的、だなんて!」


 楓ちゃんがきっとした目つきで瑞希を見た。楓ちゃんは怒り顔さえも美しい。


 美しい怒り顔で楓ちゃんは続ける。


「そもそもやっつけるわけじゃないでしょ? 元の姿に戻すんだから! それに――私はこの日を楽しみにしてたの!」


 楓ちゃんは大きな声で主張した。


「ずっと六人で戦いたかったのに、ちっともその機会がなかったんだからー!」


 睦月さんたちに出会ったのは春で、今はもう秋も終わりで、たしかにその間六人で戦うことはなかった。私がショッピングモールで睦月さんと共闘したくらいで。楓ちゃんは、ずっとチャンスを待っていたわけだ。


「さ! 変身しよう!」


 こんなやる気の楓ちゃん見たことなかった。私たちは石を取りだし、楓ちゃんの言葉に従う。




――――




 白い靄がかかった世界だった。けれどもお互いの姿はわかる。「かわいー!」という声が聞こえて振り向くと、楓ちゃんが睦月さんに抱きついていた。


「かわいい! ていうか素敵! 大人っぽくて素敵! 小夜ちゃんによく似合ってる!」


 楓ちゃんが睦月さんを絶賛している。「私、小夜ちゃんの変身姿はどんななのかなあっていろいろ想像してたんだよ。想像よりも素敵だった!」


「楓も素敵だよ」


 睦月さんがちょっぴり苦笑して、「楓もよく似合ってる。ダークグリーン、いい色だね」


「そう?」


 楓ちゃんが睦月さんから離れて、茶目っ気溢れる笑顔で、くるりと回って見せた。それに合わせてスカートも少し広がる。


 おどけてポーズをとる楓ちゃんに睦月さんはますます苦笑した。


「カメラを持ってくればよかったね」

「うん。一緒に写真撮りたかったー」


 もはや楓ちゃんは、何のために変身したか忘れている。楓ちゃんは考えつつ言った。


「変身するとどうしても異空間に入っちゃうからね。元の世界のものは異空間に持ち込めないし。でもコスプレするのはどうかな。この衣装を作るの! そうしたら元の世界で写真が撮れる……でも難しいよね。私、裁縫下手だし。それに髪型も難しい。これ何気に凝った髪型だよね。再現できるのかどうか……。あ、それにアクセサリーの問題もある!」


 楓ちゃんが難しい顔をして本格的に考え始めた。私はとりあえず、楓ちゃんは放っておいてこの場の調査を始めることにした。


 周囲は白い靄。地面も白い。というか……この地面変わってるな。地面? 土ではないよね。


 硬くて白くて輝いている。ところどころ虹色がかっていて、オパールみたい。それに分割されている。顔ほどの大きさのものが寄り集まってできている地面だ。何かを……思い出すな?


「うろこみたい」


 近くで瑞希の声がした。そう! うろこだ!


「うろこだよね!」


 私は瑞希のほうを見て言った。しかし。うろこだとすると、どういうことだ。これは……地面じゃなく

て、巨大なトカゲかヘビかなんかの背中なの。


 その上に私たちが立っているという。

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