6

 白くて小さなものだ。30センチほどの。人の形をしている。小さな頭があって、細い手足と胴体。頭にはやや大きすぎる真っ黒の目がついている。


 それがぴょこぴょこと人形の足元から出てきた。そして人形に食らいついていく。文字通り食らいつくのだ。がぶりと。口は見えないんだけど、頭の、口があると思しき場所が割れて、人形にかぶりつく。小さな白い人は何体も現れて、人形の服を食べてゆく。


 服がなくなれば身体だ。足が、腕が、食われていく。やがてその美しい顔も。人形は何一つ表情を変えない。歌は続いている。


 これが敵だ! この小さな白い生き物!


 私たちは立ち上がった。客席の通路に目をやればそこにもその生き物がいる。いつのまにか座席の上にも。前の座席の背もたれにちょこんと腰かけてこっちを見ている。


 音が聞こえた。きいきいと言う小さな鳴き声みたいな音が。たぶん、この生き物の声なのだろう。口はないけれどどこからか発生している。生き物たちはよく鳴いて、一つ一つは小さな音であっても集まると大変騒がしい。


 私は生き物たちに炎をぶつけた。瑞希と私、反対方向に走っていく。瑞希が水しぶきを上げて、私が燃やす。生き物は簡単に溶けて消えるけれど、でも後から後から現れる。


 私は学んでいるぞ。こういうのは大元を探して、それを攻撃すればいいって。でも大元……どこなんだろう。探しているうちに、私は歌が聞こえなくなっていることに気づいた。舞台を見ると、そこにはもう人形はいなかった。人形がいた場所に生き物たちが群がっている。全部食べられてしまったのだろう。


 私は上を見た。そこにあった。探しているものが。それは大きな白い顔だった。あの小さな生き物たちを巨大にしたような。でも胴体はなくて、顔だけが宙に浮かんで、真っ黒な瞳で、無邪気ともいえる黒い瞳で、こちらを見ている。


「瑞希!」


 私は瑞希に声をかけた。瑞希はすぐにこの巨大な顔の存在に気づき、水の球を投げつけた。私もまた、大きな炎を作り、顔に向かって投げつける――。




――――




 劇は無事終わった。一時、舞台が暗くなって中断してしまったけれど。でもそれは少しの間。すぐに照明が戻って、再開された。


 私は楽屋へと向かった。ドアを開けると、熱気に満ちていて、たくさんの人がいろんなことを話している。沢渡さんを探していると、たちまち加奈ちゃんに捕まった。


「ちょっとー。大成功だったじゃない?」


 加奈ちゃんは私の肩に腕を回して言った。「どうよ? よかったでしょ? 泣けた? 泣けた?」


 加奈ちゃんはきいてくるけれど、泣けたかと言われると……。途中、敵をやっつけるという仕事を挟んでしまったこともあって、いまいち舞台に集中できなかった。


「う、うん。面白かったよ」


 とりあえず、私はそう答えておいた。加奈ちゃんは満足したようだった。


 しかし私を抱く腕を緩めず、話を続ける。


「でしょ! もう、我が文芸部の改心の作なんだからー! 無事に終わってよかったよ。照明が落ちたときにはドキっとしたけど」

「う、うん」

「でもすぐ元に戻ったしね。ちょっと接触が悪かったみたい」


 あれは敵のせい……だと思うけど、加奈ちゃんにはもちろん内緒にしておく。


「白市先輩に対する嫌がらせかな、って思ったんだよね」


 少し声をひそめて、加奈ちゃんは言った。「でも違うみたいだし。結局、あの怪文書はなんだったんだって話だよね。握りつぶして正解だったよ。あんなのに振り回されて、私たち馬鹿みたい」


 文芸部と思しき人が加奈ちゃんに声をかけて、私はやっと解放された。そして沢渡さんを見つけ出す。二人で楽屋の外に、さらに講堂の外にでる。


 楽屋はちょっと暑苦しい感じだったから、外の空気にほっとする。


 私は早速沢渡さんに話しかけた。


「さっき、舞台の途中で照明が消えたでしょ」


 言いたかったのはこのこと。沢渡さんは頷き、私にきいた。


「敵?」

「そうだよ」


 やっぱり沢渡さんも気づいてたんだ。沢渡さんは私に言った。


「そうだったんだ。でも私は舞台の上にいたから、変身しようにもできなくて……」

「大丈夫! 私と瑞希がやっつけておいたから!」


 胸をはって答える。沢渡さんは笑顔になった。


「ありがとう」


 感謝の言葉を言われてしまう。どういたしまして! そんなに強くない敵だったから、私と瑞希で十分だったよ!


「加奈ちゃんはね、白市先輩の件が関係してるのかなって思ったみたい。照明が消えたとき」

「ああ……」

「でも敵のせいだと思うんだよね、あれは。結局――怪文書はなんだったんだろうね」


 ただのちょっとした脅し? 演劇部や文芸部の人たちが困るのを楽しんでた? それとも白市先輩に対する、強い恨み? 実際に何か行動するまでにはいかなかったけれど。


 そもそも。白市先輩と本郷先生の噂はほんとなのかどうか、今になってもやっぱりわかってないし。このままわからなくても――私の生活になんにも影響なさそうだけど、でも少しもやもやしなくもない。


「誰かが嘘をついてるんだよ」


 私は言った。「白市先輩と本郷先生の仲について。噂が本当なら、白市先輩が嘘をついてるし、噂が間違いなら、そんな噂を流した人が嘘をついている」


 誰かが嘘をついて、平気な顔をしている。あんまり気分はよくないよ。

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