5
楓ちゃんが二人を案内することになった。沢渡さんは午後の演劇部の公演のために、準備があるらしい。私と瑞希が残され、二人でぶらぶらと文化祭と楽しむことにする。
食べ物のお店もたくさんある。お昼ご飯に、私と瑞希は焼き鳥と温かいおうどんを食べた。少し風が冷たいので、おうどんが嬉しい。
その後、途中で出会った他の友だちと、おしゃべりしながら出店の美味しそうなものを買っていく。そうこうしているうちに時は過ぎていく。
そろそろ演劇部の公演が始まる。
――――
怪文書は一通だけで、その後特に事件も起きなかったらしい。加奈ちゃんは、白市先輩の靴に画鋲が入れられるといったような、昔の少女漫画にありそうな嫌がらせを警戒していたらしいけど、そういうこともなかったそうだ。
少し遅れてしまったので、講堂はすでにあらかた人でうまっていた。私たちは後ろのほうの席に座る。前のほうを見ると、楓ちゃんと睦月さんたちがいた。楓ちゃんが気づいて、こちらに向かって手を振る。
ベルが鳴って客席が暗くなる。舞台の始まりだ。
怪文書の話をきいた何日か後、私は沢渡さんに教えてもらって遠くから白市先輩を見た。たしかに加奈ちゃんたちの言う通り、可憐でかわいらしい先輩だった。何人かの友人たちと一緒にいて、白市先輩は友人たちの話にかわいらしく相槌を打っていた。あまりしゃしゃり出る感じはない。優しくていい人そう。
この先輩が本郷先生と……。うーん、やっぱり噂は信じがたい。どちらも美男美女ではあるけれど。でも私はそれを否定する根拠を持っていない。肯定する根拠も同様にないけれど。
幕が上がる。まず出てきたのは赤いマントの王様。それから白市先輩。白いドレスがよく映える。小さな望みを訴えを、彼女は述べる。細くてあまり大きくない身体が、けれどもなんだか存在感を持って迫ってくる。
こういうのがオーラがあるとか、華があるっていうのかな。
私は客席から白市先輩を見る。後ろのほうの席だから舞台は遠くて、私は白市先輩がどんな人物がいろいろ思いを巡らせるのだけど、けれども答えは出てこない。
物語は進んでいく。ファンタジーの世界で、良い魔法使いや悪い魔法使いが出てくる。白市先輩は姫君で、敵国の王子に恋をしている。この敵国の王子が主役で、その友人役に沢渡さんが……あっ、出てきた!
主人公と一緒に出てくる。二人とも長身で見栄えがいい。直情径行型の主人公を冷静にいさめている。クールな容姿と相まってはまり役というか、スカウトされたのもわかる。そして何気に演技が上手いな沢渡さん。
感心して見ていたその時だった。
突然ライトが消えたのだ。
舞台が真っ暗になった。客席はもともと暗い。二人の会話の途中にいきなりだったから、演出ではないと思う。真っ暗な時間が続く。次第に周囲がざわざわしてくる。
瑞希が私の腕に触れた。私も瑞希を見た。言いたいことはわかってる。魔法少女の出番だ。敵の気配がするのだ。
私と瑞希はそっと席を立つと、講堂の隅で変身した。
――――
「劇の途中だったのに!」
私は憤慨しながら異空間に足を踏み入れた。
今回はそんなに変わった場所ではない。どこかのホールのロビーみたいなところ。楓ちゃんの発表会の会場を思い出す。
私と瑞希だけ。他には誰もいない。煌々と明りが点り、でも辺りは静まり返っている。
「劇の続きならさ」
瑞希が厚くて大きな両開きのドアを指した。「この向こうでやってるんじゃない?」
私たちはそっとドアを押してみた。中は思った通りの光景だ。舞台があって、階段状に座席が並ぶ。舞台は幕が下りている。ここも明るいが、人っ子一人いない。
瑞希と二人で客席を下りていった。私は愚痴りながら。
「せっかく沢渡さんが出てたのにさ」
「演技上手かったね。意外と」
「うん、びっくりした」
「演劇部の人たちに負けてなかったじゃん」
私たちは前から三列目で横へと入る。さらにちょうど真ん中の座席辺りで足を止め、そこに腰を下ろした。
劇の続き、見れるのかな? ともかく敵が出てこないから、することがない。
舞台を見ていると、幕がするすると上がった。驚いて注視する。舞台は明るい。客席もやっぱり明るいままだ。舞台の上には人が一人いた。
裾の長いドレスを着た女性で、さっきの劇に出ていた白市先輩に似てるなと思った。お姫さまの恰好をした白市先輩。でも白市先輩じゃない。似てるけど……これは人間じゃない。生きてない。機械人形か何かだ。
人形はゆっくりと腕をあげた。そして歌い出す。口が開くけれど、その動きはぎこちない。かたかたと音がしそうだ。
悲しい、ゆったりとした歌だった。黙って聴いていると、隣で瑞希が言った。
「続きっちゃ続きっぽいね」
うん。白市先輩に似てるしね、あの人形。白市先輩の噂や怪文書のことは――瑞希には話していない。加奈ちゃんに口止めされているから。
あの人形が敵……ではなさそう。私たちはここでぼんやりと敵が出てくるまで待っておかなくちゃならないのかな。この物悲しい歌を聴きながら。そう思ってると、人形の足元にひょっこり現れるものがあった。
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