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 加奈ちゃんは続けた。


「私たち文芸部や演劇部は、やっぱりどうしても白市先輩の肩を持ってしまうからね。そういうしがらみのない人たちに調べてもらう」

「噂が本当なら、本人たちは隠しておきたいだろうね」


 沢渡さんが言った。そうだね。ばれたら別れさせられるもの。隠しておいて……卒業すれば生徒と先生でなくなるわけだから、そうなったら大っぴらに付き合えるかも。


「そう。なのでもし本当なら強引な手も使わなくてはならない」

「強引な手段って?」


 加奈ちゃんに尋ねる。加奈ちゃんは親指と人差し指でカメラを撮る仕草をした。


「彼ら二人に貼りつき、ホテルに入っていくところ激写する」


 そんなパパラッチみたいな……。それにホテルって生々しくてなんか嫌。


 そこまでして真実を明るみに出すべきかな、という気もしてきた。もし、本当に付き合っていたら、の場合ね。本郷先生が、たとえ生徒の中に恋人がいても、彼女を特別にひいきしなければいいんだし……。


 うーんでも。やっぱりよろしくないような気もする。


 男女の仲はわからないな。恋愛問題は私には難しい。折り紙を曲げたり伸ばしたりしながら、私はふと、くまに尋ねていた。


「ねえ、くまって恋人がいるの? もしくは奥さんとか」


 奥さん? くまって男性なのかな。いや、声が男性だから男性だと思うんだけど。私の中ではそうなっているんだけど。くまを見ると、くまは戸惑った顔をしていた。


「え……いや、それは……」


 困っている。私ははっとした。これは聞いちゃいけないことだったんだ。


「ごめんね! プライベートなことに首を突っ込んじゃって。というか、これセクハラかな」


 恋人の有無とかそういうのを、職場の人に聞いてはいけないっていうじゃない? 私はまさにそんなことをやっていた……くまって職場の人なのかな。


「いや、そういうわけではないのだが……」


 くまは戸惑いつつ、言った。「そういうわけではなく……。なんと答えてよいのかわからないことが多々あるのだよ」


 うん。くま自身のこととか、異世界のこととか、ちっとも教えてくれないしね。考えてみれば今の質問も、言うだけ無駄なことだった。それに早くに気づいていればよかったんだけど、けれどもつい口にしてしまった。


 私は折り紙を手から放した。難しい。恋愛問題もだけど、折り紙も。そもそも私、山折りと谷折りの区別がついてないもんな……。


 まずそこらへんから勉強しなくてはならない。




――――




 文化祭はよく晴れた一日となった。空が高くて青くて綺麗。冬に近づきつつあるこの頃なので、空気はひんやりと冷たい。でもそれがなんだか気持ちいい。


 学校に行くと、いつもの学校なんだけど、でも全然違ってて、それだけでもうわくわくしてしまう。前日、遅くまで残って飾り付けをした教室。いつも授業を受けてる教室だけど、今日は違う。恐竜の時代だ!


 段ボールで作った恐竜たちは、そりゃ稚拙といえば稚拙だけど、でも頑張ったし、それなりによくできてるんじゃないかと思う。さすがに実物大にはできなかった。教室に入らなくなるし。でも小さい恐竜たちは実物大。


 今日は一日自由時間だ。さっそくうちのクラスに、瑞希と楓ちゃんがやってくる。楓ちゃんはにこにこと言った。


「小夜ちゃんと南雲さんも来るんだよー」


 小夜ちゃん……睦月さんか。楓ちゃんの発表会の日のことを思い出す。あれ以来会ってないけど。でも私の中にはまだ少しわだかまりが残っている。私も執念深いなあ……。


 でもだって。睦月さん、私のことあんまり好きじゃないんだろうなって、あの時思っちゃったから。


 気に入られたんだと思ってた。だから買い物に誘われたんだって。でも違ったみたい。睦月さんは、楓ちゃんのことは好きなんだろうけど、私のことはさほどみたい。


 たぶん私の写真は撮ってくれない。いや、撮られたいわけでもないけど……。


 私たちのクラスの展示を見た後、瑞希たちのクラスに行く。トルソーにいくつかの衣装が飾られていた。チャイナドレスやエプロンドレスのようなもの、浴衣なども。どれもかわいい。写真や絵もカラフルでかわいくて、見てると楽しくなってくる。


 文芸部は脚本協力の他に、展示もしている。郷土の作家について。真面目な展示に、さらに部誌も置かれていた。ただでもらえるので一部もらう。沢渡さんが言った。


「これの他にも裏の部誌っていうのがあるんだよ。こういうところには出さないけど。有志がお金出して作るの」

「裏? 怪しいね! どんなの?」

「美青年たちがくんずほぐれつしている小説がたくさん載ってるの」

「……そうなんだ……」

「いる?」

「いや特には……」


 申し出は断ることにした。


 それからいくつかの展示を見てまわったあと、楓ちゃんが言った。


「そろそろ約束の時間だ」


 睦月さんたちが来る時刻になったみたい。私たちは校門まで睦月さんたちを迎えに行った。


「小夜ちゃん!」


 楓ちゃんが二人を見つけて嬉しそうに声をかける。睦月さんが楓ちゃんを好きなら、楓ちゃんも睦月さんが好き。それはまあ……いいんだけど。睦月さんは楓ちゃんには嫌味なことを言わないんだろうな。いい子ぶってるのかも。

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