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 で。その本郷先生と白市先輩が、どうしたんだ?


「なんなの、噂って」


 私の質問に、加奈ちゃんと沢渡さんは、ちらりと視線を合わせた。この二人は知ってるんだな。私だけ知らないんだ。私も知りたいよー。


 加奈ちゃんは少し迷っていたみたいだけど、声をひそめて言った。


「……あのね。白市先輩と本郷先生が付き合ってるっていう噂があるの」


 ……白市先輩と本郷先生が!? って白市先輩のことはよく知らないんだけど。女らしい可憐な人なんだっけ? で、その人と本郷先生が……。付き合ってる!?


 なんか嫌だなあ。もし本当だとしたらちょっとがっかり。あの爽やかでイケメンな先生が生徒に手を出す人だったんだ……みたいな。先生と生徒はまずいよね。少女漫画とかではあるけど、でも実際はよろしくない。だってこう……フェアじゃない気がするもの。


 その生徒がひいきされないとも限らないし。やっぱり先生は、全ての生徒に平等じゃなきゃ!


「その噂、ほんとなの?」

「だからそれはさっきもあの子たちに答えたけどさ、私は知らないの」

「私も」


 これは沢渡さん。


 白市先輩ってどんな人なのかなあ。急にもっと知りたくなってきた。


「白市先輩ってどんな人?」

「こう、清楚で可憐で淑やかで、なんていうか、守ってあげたいーって感じの人だよ。まあ私はそんなに親しいわけじゃないから、遠くから見た感じ、ね」


 加奈ちゃんはそう言って、沢渡さんのほうを向いた。「ねえ、沢渡さんは白市先輩と稽古で一緒になるじゃん。私よりも近いでしょ? どんな人だかわかる?」


「うーん、近いといっても私もそんなに親しくしているわけじゃないから……。そうだね、たしかに淑やかで控え目な人だね。でもそれだけじゃなくて、芯はしっかりしている感じ」

「まあそうでしょ。ただ控え目なだけの人が大勢の前で舞台に立ちたいなんて思わない」


 そして、加奈ちゃんは眉をひそめた。「で……さらに、難しい問題も持ち上がってて……」


 加奈ちゃんはぴょんと机から跳び下りた。そして私たちの近くに寄ってくる。私も身を乗り出した。


「なになに?」

「怪文書が来てるの」

「怪文書?」

「そう。白市先輩は本郷先生と付き合ってるって。そんな人間を舞台に出すのは相応しくないって。もし今度の文化祭の公演で、彼女が舞台に立つようならこちらもそれなりの考えが――」

「何それ、怖い!」


 脅迫状、みたいな? こういう場合どうするのかな。警察……はさすがに大げさなのかな。


「演劇部宛てに来た怪文書でさ、文芸部の人たちにも知らされた。でも白市先輩には言ってない。言えばさすがにショックだろうと思って。ただ、噂は本当かというのはきいてみた。本郷先生と付き合ってるのか」

「で、なんて?」

「付き合ってないって。笑って答えてた」

「なあんだ。付き合ってないんだ」

「あのさー、実際に付き合ってても、はいそうですって素直に答えると思う?」


 答え……ないだろうな。


 加奈ちゃんは難しい顔をした。


「怪文書は握りつぶすことにした。これが正しいのかどうかわからないけど……。でも実際にその怪文書を書いた人が実力行使に出るかもわからないし、ただ、白市先輩を降ろしたいだけなのかもしれないし……。……それにそもそも!」


 加奈ちゃんは力強く言って、ぱっと顔をあげた。


「それに、こんなことでごたごたしたくない! せっかく私たちが脚本を書いたのに! 上演したい!」


 ここでどう対応するのが正解なのか私もよくわからないけど。でも加奈ちゃんのなんとしても上演したいという気持ちはわからなくもないと思った。


 無事に公演が終わるといいけど。それにしてももし噂が根も葉もないものだとしたら白市先輩がかわいそう。そんな変な噂流されて。本郷先生も。


 目立ってたり顔がよかったりすると、ねたまれることも多いんだろうな。よかった私は目立たず顔も普通で。と、変なところに幸せを感じていると、加奈ちゃんが言った。


「……というかね。そもそも現実世界の男女の恋愛沙汰っていうくだらないというかつまんないというか、そういうものに振り回されているって時点でもううんざりだよね。ああ、本当に美しい愛の世界はBLの中にしかない……」


 加奈ちゃんは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。




――――




 夕ご飯を食べてお風呂に入って自分の部屋へ行く。いつもならこれから宿題をするところだけど、でもその前に。私は折り紙と、折り紙の本を取り出した。文化祭で展示するために、折り紙で恐竜を作るんだ。それぞれの恐竜の説明書きを作ろうと思うんだけど、それを小さな恐竜で飾ったらかわいいねって話になって。


 机に向かって、作業を始める私のところにくまもやってくる。私は折り紙から目を上げず、くまに声をかける。


「くまも手伝ってー」

「……私はあんまり器用な手をしてないから」


 まあ、ぬいぐるみの手だもんなあ。


 折り紙は意外と難しい。お手本通りに折っているつもりでも、見本と全然違う形になってしまう。私は何度も、折っては元に戻すを繰り返す。


 そんなことをしながら、演劇部での一件を思い出した。白市先輩と本郷先生の話。あの後、加奈ちゃんが、噂が本当かどうか知ることができたらなあと言っていた。


「それができればいいけど、でもどうやって?」

「第三者に調査を依頼する」


 誰なんだ、その第三者とは。

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