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手芸店にはかわいいリボンがたくさんあって、一つには絞れなかった。私は何種類か買って、くまにあげた。時折リボンを付け替える。今日はどのリボンの気分? って私がきいて。
着せ替えみたいなもので、私が楽しんでるだけだけど、くまも付き合ってくれる。鏡の前につれていくと、おめかしした自分を見て笑ってる。
たぶん、くまもそれなりに喜んでいる――んだと思う。
――――
「そりゃあもう、大変だったんだから!」
休憩時間、教室で文芸部の加奈ちゃんが得意そうに言う。加奈ちゃんは今年も同じクラスだ。加奈ちゃんは机の上に座り、その近くに、私と沢渡さんが椅子に座っている。
大変、とは言ってるけど、加奈ちゃんの顔はきらきらしてる。充実感みなぎっている。加奈ちゃんは胸に手を当てて、背をそらした。
「文芸部の部員が一丸となって、脚本を練り上げたの! ね! 沢渡さん!」
沢渡さんも文芸部員だ。沢渡さんは同意しつつも否定する。
「そうだけど、私はでもあんまり手伝ってないよ」
「でもその代わり、役者として舞台に上がることになったじゃない!」
「そうなんだ!?」
私が驚いて口を挟む。加奈ちゃんが不思議そうに私を見た。
「あれ? 聞いてないの? いつも仲良しなのに」
「私が話さなかった」これは沢渡さん。「いや、話そうとは思ってたけど、機会を逸してしまったというか……。ちょっと……気恥ずかしくて」
「もー、意外と恥ずかしがり屋さんなんだからー!」
加奈ちゃんが楽しそうに笑った。
私たちが話しているのは、文化祭のこと。今回の文化祭で、文芸部は演劇部に脚本を提供することとなったらしい。加奈ちゃんが言うには奥深いファンタジーで、人間の愛と真実に迫り、見た後は魂が震え感動の涙を流してしまう、そういう物語らしい。自らずいぶんハードル上げて大丈夫か? と思うものの、そんなことを言われるととても楽しみになってしまう。
しかも沢渡さんまで舞台に立つの!?
「演劇部の人と打ちあわせをしているときにね、スカウトされたんだよねー」
加奈ちゃんが沢渡さんを見て、少しにやにやして言った。「沢渡さん、綺麗だからね」
「そんなことないよ」
沢渡さんは即座に否定。でも綺麗だと思うな。すっきりとしたきりりとした美しさ。華やかな楓ちゃんとはまた違う綺麗さ。
「それに舞台に上がるといっても、ちょい役だよ」
沢渡さんは言う。加奈ちゃんは首を横に振った。
「違うよ。たしかに出番はそんなにないかもだけど、主人公を支える重要な友人役だよ」
「主人公って、たしか男性だったよね。その友人ってことは、沢渡さんも男性?」
私が尋ねる。沢渡さんが頷いた。
「そうだよ」
えー、それは楽しみ! 沢渡さんってボーイッシュな綺麗さだから、男装とても似合うと思う! なるほど、スカウトされるわけなのだった。
加奈ちゃんが腕を組んで、しみじみと言った。
「うちは女子校だからさ、男性役も女性役もみんな女子なんだよね。私、思うんだ。これが男子校だったらなあって……。男性役も女性役もみんな男子、もちろんラブシーンもみな男子で演じる……」
加奈ちゃんは腐女子なのだった。でも私は思う。もしここが男子校なら、加奈ちゃんも男子だっただろう。そして男子の加奈ちゃんは、ここが女子校だったらラブシーンもみな女子で演じる……と言っていただろう。そう思う。けれども黙っておく。
「ラブシーンあるの?」
私はきいた。
「ま、一応ね。恋愛ものだからね。沢渡さんにはないけど、主役の瀬野先輩とヒロイン役の白市先輩にはね。二人とも人気の先輩だから、喜ぶ子は多いだろうね」
「人気なんだ」
実は私は、うちの学校の演劇部についてよく知らない。公演を見たこともない。
「人気だよー。知らんのかい。瀬野先輩はこう、宝塚の男役みたいなしゅっとした人で、白市先輩はこれまた女らしい可憐な人で……」
「ねえねえ」
いきなりクラスの他の女の子が話に入ってきた。彼女の後ろには何人かの女の子たち。一人が代表して、加奈ちゃんにききたいことがあるみたい。
「何?」
加奈ちゃんが彼女のほうを振り向く。女の子は無邪気な顔をしてきいた。
「あの噂、本当なの? ほら、白市先輩と本郷先生の……」
「ああ、あれね」
加奈ちゃんは顔をしかめた。「本当かどうかは知らない。噂があること自体は知ってるけど」
「そうなんだ」
加奈ちゃんがあんまり愉快な顔をしないせいか、女の子はあっさり引き下がる。一緒にいた子たちとどこかへ行ってしまった。私は途端に興味が出てきてしまった。噂って、なんだ?
白市先輩は知らないけど、本郷先生は知っている。ハンサムな、若い男の先生。うちの学校の有名人。うちの学校の男の先生って、後はおじさんかおじいさんしかいないから、本郷先生がすごく目立ってる。若い上に、しかも見た目がいい。180センチ以上ありそうな長身。爽やかな笑顔。
私は本郷先生の授業を受けたことはないんだけど、遠くから見たことなら何度かある。ある時は生徒たちに囲まれていた。生徒たちが先生にあれこれ話しかけていて、それに対して本郷先生は気さくに接していた。いい先生なんだなと思ったんだ。
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