第四話 舞台の上で
1
客席が暗くなった。舞台の幕が上がる。
細いスポットライトが舞台の一角を照らし出した。そこに立つのは一人の王だ。濃い赤のマントを身につけ、何か考え事をしているようだ。手を後ろに回して、背中は曲がっている。彼は苦悩しているようだ。
これは非日常の世界。舞台という作られた世界。私はそれを暗い客席から観客の一人として見ている。
王を照らしていたライトが消えた。舞台の、また違うところを、またもスポットライトが照らし出す。そこにいるのは姫君だ。
これが、あの人なんだ。と、私は思った。
噂の的の美しい人。姫はゆっくりと両手を身体の前で合わせる。祈るかのように。
「――私の、願いは――」
小さな声だと思った。けれども後ろのほうの席にいる私にもはっきり聞こえるから、小さな声ではない。小さいと思わせることができる、でも本当は大きな声だ。
この人が、そうなの? あの噂は本当なの?
私は疑問を持ってじっと見つめる。けれども答えは出てこない。客席は遠く、舞台上の人間がどういう人物なのか、知ることはできないのだ。
――――
「文化祭があるんだよー!」
秋も遅いある日の午後、私はくまに言った。本棚にちょこんと座っていたくまは立ち上がり、私にきいた。
「今度は何をやるんだ?」
くまもこの世界に現れて(?)それなりになるから、文化祭がどういうものであるか知っている。学校から帰ったばかりの私は本棚の前から机へと移動して、机の上にかばんを置いた。私の後をくまがふわふわ浮いてついてくる。
「今日、学級会でうちのクラスの出し物を決めてきたんだ。テーマは恐竜!」
「恐竜」
「そう。恐竜って知ってる?」
「もちろん」
くまは偉そうに言うけど、ほんとかな。異世界に恐竜っている――いたのかな。私は再び本棚に近づき図鑑を取り出した。ベッドの上にそれを置いて、自分もベッドに座る。図鑑を開くと、上からくまも覗き込んだ。
「大昔の地球に生きていた爬虫類でね、今はもう絶滅してるの。あ、鳥になったんだっけ。一部が鳥になったんだと思う。だから鳥は恐竜らしいんだけど……でもまあとりあえず、もういないのね。この世には」
図鑑はフルカラーで、いろんな恐竜たちがいる。羽毛をつけた鳥っぽいのも。なるほど、恐竜が鳥になったというのも納得だな。
ページをめくりながら私は説明する。
「これがティラノサウルス。すごく大きな肉食恐竜なんだよ。人間なんてたちまち食べられちゃう。これはデイノニクス。これも肉食でそこまで大きくないけど、でも頭が良かったんだって。それからステゴサウルス。背中の飾りが特徴的でしょ。これは草食。ブラキオサウルスはすごく大きくて、首も長くて、でも草食なんだよ。優しかったのかな。それからこれはプテラノドン。空を飛ぶの」
プテラノドンは正確には恐竜じゃないけど。まあ細かいことは気にしない。
「私たちのクラスは恐竜について調べて、段ボールで恐竜を作ったり絵を描いたりして、恐竜が生きていた時代を再現しようってことになったの」
ページをめくるたびに、次から次に、いろんな恐竜が現れる。くまはベッドの上に降り立って、興味深そうにそれを見た。
くまの世界はどうだったの? と思う。恐竜いたの? でも教えてくれないことはわかっているから……きかない。その代わりに私はしゃべる。
「不思議だよね。こんな奇妙な生き物たちがいて。でも今はいなくて。みんな死んでしまったの。でも生き残ったのもいたんだよ。そしてそれは鳥になって、今でも命をつないでるの。私たちの先祖も――」
えーっとどうだったんだっけ。私たちの先祖は恐竜が生きていた時代、どんな生き物だったんだっけ? たしか、ネズミみたいな小さな生き物? たぶんそうだったような気がする。
「私たちの先祖もいたの。恐竜と一緒に。ネズミみたいな生き物でね。隕石が落ちてきて恐竜は滅びたんだけど、でも私たちの先祖は生き残ったの。生き残って、子どもを産んで次の子どもも子どもを産んで、次第に姿も変わっていって、そして今、こうして私たちがいるの」
「――生命というものは、面白いものだな」
くまが言った。私はその時、ちょっとした違和感を覚えた。後で考えると、その違和感は重要なものだったのだ。くまはなんというか、とても感心しているのだけど、けれどもどこかで距離を置いているような、まるで何か自分とは全く無縁のものに接しているような、でもそれに対してすごく心を動かされているような、そんな口ぶりでさっきの台詞を吐いたのだ。けれども私はその違和感を、あまり心に留めなかった。
「瑞希たちのクラスはね、民族衣装についての展示をやるんだって」
私は少し話を変えた。「世界の民族衣装を絵で紹介するらしんだけど、できればそれっぽいものをいくつか、ちゃんと人が着れる衣装として作りたいなあって」
そう言って私はちらりと、くまの首に結ばれたリボンを見た。クリーム色のかわいいリボン。これは私がくまに贈ったものだ。以前、睦月さんはミュウにおみやげを買ってあげたけど、私は何も買わなかった。だから今度はくまにリボンでも買おうかなあって思って。
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