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「……ねえ、ほたるちゃん。話は変わるけど、もしうちに新しいお母さんが来たら……」

「えっ! 新しいお母さん!? なにか、そういう話があるの?」

「あっ、いや、ない。ないけど……もしもの、話ね」

「なんだもしもかあ」


 ほたるちゃんは驚き、次に笑う。そして少し考えた。


「うーん……いい人だったらいいけど」

「いい人だったら……いいの?」

「うん。お父さんが好きで、私たちのことも好きになってくれて、性格がよくて、仲良くできる人。そういう人が新しいお母さんになってくれるのなら、いい、っていうか嬉しいかな」

「反対しない?」

「そりゃあまあ、少しは複雑な気持ちになるだろうけどね」


 私は……。いい人だとしても嫌かもしれない。でもほたるちゃんはいい人ならいいって言う。睦月さんは新しいお母さんとも母親違いの妹とも仲良く暮らしてる。


 私の心が狭いのかもしれない。


 そういえば、くまのおみやげも買わなかったっけ。自分の欲しいものを優先してしまって……。今度、くまに何か買ってあげよう。リボンとか。くまの首を飾る(締めるためじゃないよ!)リボン。


 いつの間にかくまへの怒りが薄くなっている。私は膝を立てて体育座りをして、ほたるちゃんに気づかれないようにそっとため息をついた。




――――


 翌日学校で、楓ちゃんに会った。朝のまだ早い時間の廊下。瑞希は他の女の子たちと話していて、沢渡さんはまだ登校していない。私と楓ちゃんだけだ。


「昨日ね、偶然睦月さんたちと会ったの」

 

 楓ちゃんが驚いた顔をする。私は昨日の出来事を話す。一緒に買い物をしたこと、睦月さんの家におじゃましたこと。ミュウに会ったこと。


「それでね、楓ちゃんの写真も見たの。睦月さん、楓ちゃんの写真いっぱい持ってた」

「そう、いっぱい撮ってもらったんだよ」


 楓ちゃんが笑う。いいでしょ、って感じで。


「楓ちゃん綺麗だった」


 楓ちゃんは私の腕を小突いた。


「やだー。それはカメラマンの腕がいいんだよ。実物よりずっと上手く撮れてたでしょ?」

「ううん。楓ちゃんが美人なんだよ」

「またまたー」


 今度はばしばし私の腕を叩く。とても照れている。のはわかるんだけど、ちょっと痛いぞ。


「……小夜ちゃんがね、私のことを綺麗だねって言ってくれたの」


 叩く手を止めて、楓ちゃんは言った。まだ照れたまま、けれども大事なことを打ち明けるみたいに。


「楓は綺麗だね、って。綺麗な顔してるって。だから私、自分の顔が好きなの」


 そうだったんだ。そういえば、以前、楓ちゃんが魔法少女をやめるかやめないかでごたごたしていたとき、楓ちゃん、自分の顔が好きだって言ってたもんね。楓ちゃんは、廊下から外を見た。ここは二階で、登校してくる生徒たちがたくさん見える。


 照れて、唇に微笑を浮かべて、楓ちゃんは続ける。


「でもね、私だってずっと今の顔のままじゃいられないでしょ。今は綺麗かもしれないけど、そのうちそうじゃない日がやってくると思う。年をとって皺とかもたくさんできて。でもそのことを小夜ちゃんに言ったら、小夜ちゃんは、楓ならおばあさんになっても綺麗だろうし、もしそうじゃなくなっても、それはそれでいいじゃないって言ったの。私も今のままじゃいられないよ、一緒に年をとって、しわくちゃになればいいじゃない、ってそう言ってくれたの」


 楓ちゃんは私を見た。目に優しい光が見える。楓ちゃんが小夜ちゃん、睦月さんのことを大事に思っているんだなあというのがわかる。


 楓ちゃんはちょっと小さな声で言った。


「ね、小夜ちゃんって、いい子でしょ」


 大切なことで、すごくわかってもらいたいけど、でも否定されるのが嫌だから、ちょっと小声になってしまうって感じだった。私は頷いた。


「うん。睦月さんっていい人だよね」


 楓ちゃんがほっとしたように、嬉しそうに笑った。




――――




 楓ちゃんの発表会の日がやってきた。発表会は夕方から。でも私は早くに家を出る。睦月さんと会う約束をしているから!


 今回は出番がなくて残念だね、と私はくまにからかうように声をかけた。くまは言った。


「私がいなくても、楓なら大丈夫だよ」


 実は昨日、楓ちゃんがうちにやってきた。くまにパワーを分けてもらいたいって。やっぱり不安なので、くまの顔を見て気持ちを落ち着けたいらしい。……くまをそこまで頼りにしているとは。


 楓ちゃんはくまの両手を握っていたけれど、そのうち、ぎゅっとくまを胸に抱きしめた。私はちょっと驚いてしまった。だって、くまを胸に抱きしめるようなことやったことないし。抱き上げる、は、あるけど……。でも抱きしめるはない。なんだかちょっと恥ずかしいし……。


 なんで恥ずかしいのかな。その向こうにいる異世界の人を意識してしまうのかな。


 ともかくそれで満足したのか、楓ちゃんはさっぱりした顔で去っていった。


 くまにいってきますを言って、私は部屋を出ていく。


 電車に揺られること数十分ほど。発表会が開かれるホールの近くの駅で降りて、睦月さんと合流する。睦月さんは今日も大人っぽい服装だ。二人で、近くのショッピングモールに行くことにする。


 途中他愛もない近況などを話す。ショッピングモール内に入ると、ショーウィンドウはすっかり秋の装いだ。秋の服って好き。落ち着いたトーンで。春のパステルや夏のビビッドカラーも好きなんだけど。

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