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服が見たいって言ったら、睦月さんが付き合ってくれた。何軒か見て回り、あれこれ検討した末、赤いチェックのスカートを買うことにした。洋服はお父さんとほたるちゃんと買いに行くことが多くて、その時はお父さんがお金を出してくれるけど、これは……どうなのだろう。帰って相談だな。でもそんなに高くないし。
これからの季節にちょうどいいスカートだと思う。冬もいけそう。黒いセーターに合わせてもいいし、濃いからし色のカーディガンでもいいな、とか楽しく考えてしまう。
睦月さんは服を買わなかった。その代わり本屋に行きたいと言ったのでそちらに向かう。
文庫本のコーナーで睦月さんは足を止める。海外のミステリだ。私には知らない名前ばかり。いろいろ悩んで、二冊ほど手に取った。それから場所を移動して、今度は写真集のコーナーへ。
睦月さん、カメラ好きだったよね、と思う。睦月さんについて行きながら、私は平積みされている写真集の中に、かわいい猫のものを見つけた。思わず睦月さんを呼んでしまう。
「見て見て! これかわいい!」
睦月さんがふふっと笑った。
「かわいいね」
「そういえば楓ちゃん猫好きなんだよ」
家でも飼ってるって言ってた。写真を見せてもらったことがある。黒と白の模様で、緑色の目をしたかわいい猫。
「私も猫好き」
目を細めて写真集の表紙を見ながら、睦月さんが言った。
「そうなんだ」
「楓の好きなものは、みんな好き」
睦月さんの言葉に、私は少し戸惑った。そんなことってあるのかな。私と瑞希は親友で仲良しだけど――瑞希の好きなものが私も全部好き、ってことはない。違う部分がたくさんある。ちょっと面食らってどう返していいかわからなかったので、私は曖昧に笑った。
睦月さんは文庫本二冊を買った。本屋を出ようとしたとき、ふと、嫌な予感がした。
むむ……これは。いるな、やつが。敵が。
睦月さんの方を見ると、睦月さんも、私をじっと見つめてきた。同じことを考えてる。睦月さんが口を開いた。
「変身しよっか。どこかで。トイレにでも行く?」
「うん」
土曜の午後のショッピングモールは混雑している。人のいないところとなると、あまりない。とりあえず私たちはトイレに向かうことにした。
――――
幸いなことにトイレは無人だった。私たちは変身を済ませ、一歩足を踏み出す。
すると。……普通ならここで景色が、世界が一変するもんだけど。
そうはならなかった。私たちがいるところは、さっきまでとは何も変わらない、ショッピングモールの女子トイレだ。
「……どうなってるの?」
そう言いながら、私たちはトイレの外へ出る。そこも――同じだ。さっきまでと同じショッピングモール。
……ううん、違う。人が全くいない。
「みんな消えちゃってるよ」
私は驚いて、辺りを見回した。静まり返っている。しんとして、でも何か機械音のようなものは聞こえる。空調とかを動かしてる機械の音かな。でも人はいない。全く。誰一人。猫の子一匹。
本屋は二階にある。私は吹き抜けの手すりから一階を見下ろした。一階も誰もいない。さっきまでは込み合っていた通路が、ただがらんと存在している。
「ちょっと下りてみる」
そう言って睦月さんは手すりに上ると、そこから一気に階下に跳び下りた。普通ならできないようなことだけど、魔法少女になると運動能力があがるので、こういうことも可能になる。私も慌てて後を追った。
なんてこともなく、すとんと着地をする。誰かいないかな……きょろきょろしていると、動くものが目の隅に止まった。
そちらに注目する。――人だ!
洋服屋さんの一つに、人がいる。低い棚の向こうからこちらを見ている。目が合うとにこりと笑った。店員さんみたいな、若い女の人だ。
私はふらふらとそちらに向かっていた。異空間(だと思うけど)で人に会うのは珍しい。文芸部の部室の一件で、花畑のお姫さま(?)に会ったりはしたけれど。女の人は、私が近づくと声をかけた。
「何かお探しですか?」
ほんとに店員さんみたい。えっと……特にお探しではないんだけど。棚の上には服が並んでいる。
店員さんはその一つを指し示した。
「こちらはこれからの季節にぴったりですよ。お色も合わせやすく、お客さまによくお似合いに――」
そう言って、女の人は私の腕に触れた。なんだか嫌だなと思ったけれど、たちまちがっちりと掴まれてしまう。後ずさるも、放してくれない。
それどころか自分のほうに引き寄せる。いつの間にか、女の人と密着することになってしまった。息がかかるほど近く、女の人は顔を寄せてくる。
その顔から突然目鼻が消える。そこに残るのは暗い闇だけ。闇の中から声がする。
「さあ、試着なさってください」
女の人はもう一方の手を私の胸に回した。後ろから羽交い絞めみたいな状態になって、服をまさぐられる。ちょ……なんなのこれは!? 服を脱がそうとしているみたい。やめて! やめてこの痴漢ー! じゃなくて、痴女!!
なんとか逃れようとしてもがいていると、突然、女の人が消えた。びっくりして振り向くと、睦月さんが立っていた。呆れた顔をしている。
「……もうちょっと危機感を持って」
「ご、ごめん!」
だって、異空間で誰かに話しかけられるって今までなかったことだし……。敵じゃないのかな? って思っちゃったんだもん。たしかに警戒心がどこかにいっていた。
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