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それにしても何故、くまは怒っているのだろう。
「うん、今日は偶然、睦月さんと南雲さんに会ったの。ほら、前に話した魔法少女の二人。楓ちゃんが以前通ってた学校の魔法少女。でね、睦月さんにうちに来て、ミュウ――これは睦月さんの持ってる黒猫のぬいぐるみで、中に異世界人が入ってるんだけど、そのミュウに会っていかないかって言われたんで、会いに行ったんだよ。くま、ミュウと知り合いなの?」
「仲間だよ」
「ミュウから聞いたんだよね、私が会いに行ったこと」
「そうだ」
「で、面白いことがあったんだよ。私、ミュウの言葉がわからなかった。ミュウの言葉がわかるのは睦月さんと南雲さんだけみたい。ということは、睦月さんと南雲さんはくまの言葉がわからないってことだよね。それって面白い――」
「魔法少女には縄張りがあるって言っただろう」
くまはぴしゃりと言った。縄張り……ねえ。野生動物かなんかじゃないんだから。
「ともかく」くまは偉そうに続ける。「他の魔法少女とあまり親しくするのは感心しない。いや……親しくするのは悪くはないが、一緒に戦ったりするのはよろしくない。彼女らには彼女らの仕事があって、我々には我々の仕事がある」
「ふーん……」
なんだかよくわかんないけど。私は尋ねる。
「どうして一緒に戦っちゃダメなの?」
彼女らの仕事、我々の仕事といっても、同じ魔法少女なんだから仕事も同じでしょ? くまは困った表情になる。
「それは……」
そう言ったきり、言葉が続かない。ああ、どうしてこんなに隠し事ばかりなんだろう! どうして全てをはっきり教えてくれないの!? くまは迷いを振り払うように厳しい表情になるときっぱりと言った。
「ともかくダメなものはダメだ」
うんざりしてきたので、ほたるちゃんの部屋に行くことにした。とりあえずかばんを置いて、くまにくるりと背を向ける。くまが慌てて声をかける。
「こら、どこに行くんだ」
「ほたるちゃんの部屋だよ」
そっけなくそう言って、部屋の扉に近づく。ノブに手をかけて、私はふとあることを思い出して振り返った。
「おみやげの話は聞いた?」
「なんのことだ?」
くまが面食らった顔をしている。おみやげをもらった話をミュウから聞いたのかな、と思ったけれど、それは聞いてないみたい。まあ、わざわざ言うほどのことでもないかもしれない。
私はくまの質問に答えず、部屋を出た。
――――
ほたるちゃんの部屋に入ると、ほたるちゃんはベッドに寝そべって本を読んでいるところだった。私が入ってきたので、起き上がって本を閉じる。
「聞いてよーくまがさー」
「どうしたの?」
ほたるちゃんが笑う。私は床に座って、くまとの間にあったことを一部始終話した。ほたるちゃんは面白そうに聞いている。
あらかた語り終えて、私はため息をついた。
「くまはさーどうしてあんなに秘密が多いんだろう……。なんで教えてくれないのか」
「わかるよ。うさぎもそうだった」
ほたるちゃんは元魔法少女。大学生になった現在はそうではないけど。もう魔法少女でないほたるちゃんはうさぎと会話することはできない。でも、うさぎのぬいぐるみは今も変わらずほたるちゃんの部屋にある。
そもそもこれはお母さんが作ってくれた大切なぬいぐるみだから。それに、魔法少女だった頃のほたるちゃんにとってうさぎは――その中の異世界の人は――とても大切な存在だったから。わかるよ。私もくまと話せなくなっても、ぬいぐるみはずっと傍に置いておくだろう。たぶん、ずっと。
でも、今はくまに腹を立てているのだった。甘い気持ちを追い払い、怒りを呼び戻す。
「でも、面白いね。世の中にはいろんな魔法少女がいるんだ」
ほたるちゃんが言う。
「ほたるちゃんは魔法少女の知り合いはいなかったんだよね」
「うん。私には、仲間もいなかった。魔法少女って、この世界に私一人なんだと思ってた」
私には瑞希たちがいるけど、ほたるちゃんにはそういう存在はいなかった。普通、魔法少女って二人から三人で活動するものなんだって。だから一人は珍しいって後藤先生も言ってた。ほたるちゃんはたった一人で――だから、秘密を共有できるのもうさぎしかいなかった。ほたるちゃんにはうさぎしか。私とは、少し違う。
きっとうさぎといろんなことを話したんだろうな、と思う。詳しいことは聞かないけれど。聞きたいわけではないし、そこに踏み込むのは違う気持ちがした。それはほたるちゃんだけのものだ。
睦月さんはミュウとあまりおしゃべりしないって言ってたな。私はいろいろくまと話すけど。でも南雲さんのことは言ってなかったことを思い出した。南雲さんと一緒に戦ったこと、彼女の不思議な能力。その前に縄張りがどうこうと言われてたし、南雲さんの能力のことをいろいろ尋ねても、きっとはぐらかしてばかりだろうから楽しい会話にならないだろうと思って。
言わなくてよかった。言ったらくまが不機嫌になってた。他の魔法少女と一緒に戦うのはよくない、って。
南雲さんから、続いては睦月さんの顔が思い浮かんできた。睦月さん――彼女の家庭環境のこと。新しいお母さん、か……。もし、うちに新しいお母さんが来たら――その可能性もなくもないと思うけど――私は少し、嫌、かもしれない。
だって! この家は三人で間に合ってるのに。三人で上手く回って、完結してて完成してて、三人で幸せで、それなのにもう一人入ってくるなんて。いらないよね? 三人のままで十分だよね?
でも……もしお父さんに好きな人ができて結婚したいって言ったら。それを反対することは私はできない。反対……したいけど、それはわがままだよ……。
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