8
地面に光るものがあった。小さな水たまりのようなもの。おぼろに明るく、そこから蛍のような光の粒が、ぽつりぽつりと浮き上がってくる。ふむ、これか。私は膝をつき、手をその水たまりのようなものに浸した。
心の中で炎を思い浮かべる。指先に小さな火のゆらめきが点る。それは水(と思しきもの)を少しずつ浸食していく。水たまりのようなものが溶けていく。それは境界を越えて地面に広がり、草や木に到達し、世界そのものを溶かしていく――。
――――
元に戻った。私たちは別荘の庭にいた。静かだ。私たちしかいない。
別荘の窓から明かりが漏れている。もうみんな家の中だ。敵もやっつけたことだし、私たちも中に入ろう。
「……いやー……」
瑞希が呟くように言った。「変なものに好かれてしまった」
私は笑った。
「ありがと。瑞希のおかげで助かったよ」
「そりゃよかった。……でもさ、今日は私が助けられてばっかり」
瑞希は私のほうにやってきた。あれ、いつもとちょっと態度が違うぞ。少ししおらしくない?
私はますます笑顔になってしまう。
「うん? 私、今日は結構活躍したしね」
ほんとそうだよ。自分でも心からそう思う。今日は頑張ったじゃない? いつもこんなではないけど、異空間でも何もせず終わっちゃうこともしばしばだけど、今日は役目を果たせた。まあ敵があんまり強くなかったのもあるけど。
「……ありがと」
瑞希の小さな声がした。「助けられたのは私のほうだよ」
えーどうしちゃったの瑞希! 何か変なものでも食べたか!? お昼の大量のおにぎりが上手く消化できてないのか!? ついそんなことを考えてしまう。戸惑って、どう返事をしたらわからなくて、私は思わず空を見た。
「あっ! 星綺麗!」
これは本当。私たちの住んでるところより、ずっとたくさんの星が空にまたたいている。空気が綺麗だからかな。夜空の隅から隅まで、こんなに星ってたくさんあるんだって感動してしまう。夏の大三角形とか探してしまう。
「ほんとだ」
瑞希も空を見上げた。声が笑ってる。
私は思い出すことがあった。
「子どもの頃にさ、一緒に海に行ったよね。帰りの車で眠っちゃって、家についたときは辺りが暗くなってて、車から降りたら星が綺麗だった」
「覚えてるよ」
瑞希と私は幼い頃から一緒にいたから、共通の思い出がたくさんある。これもその一つなんだ。嬉しくなって、私は話を続ける。
「浜辺で白い貝殻拾ったでしょ。おそろいのやつ。それをずっと大事にしようって約束したよね。……ね、あれ、今でも持ってる?」
少し不安になりつつきいてみる。私は持ってるよ。お気に入りのアクセサリーを入れる木の箱に、今もしまってある。でも瑞希はどうなのかな。
「持ってるよ」
相変わらず夜空を眺めながら、瑞希は言う。……そうなんだ。それはよかった。
心が温かくなって、それと同時にじっとしていられない気持ちになって、私は瑞希をぎゅっと捕まえた。そして頭をよしよしする。
「瑞希……私たち、やっぱり仲間だね!」
「うん、仲間……だけど、そういえば今日、海辺でもこんなことしながら「仲間だね」って言ってたよね。あれはなんだったの?」
それについては何も言わないことにする。
――――
「妖精?」
少女は妹の顔をまじまじと見た。妹は真面目くさった顔をしている。
ついさっき家族で近くの川まで蛍を見に行ったのだ。蛍はちらほらとしかいなかった。けれども妹は「妖精みたい!」と興奮していた。
きっと蛍のことを言ってるのだろう。冒険心のあるやつが、私たちと一緒にここまでついてきたのかもしれない。妹は山の中できっとその蛍を見たのだろう。
「蛍のこと?」
少女は言う。けれども妹は首を横に振る。
「違うよ。蛍は蛍でしょ。妖精じゃないよ。私が見たのは、ほんものの、妖精」
力を込めて「ほんもの」と発音する。少女は笑った。
「妖精なんてこの世にいないよ」
「いるよ! 見たもん」
妹ははっきりと反論する。「あのね、二人いたの。お姉さんだったの。綺麗な服を着てて、一人は赤で一人は青で、青の人のところに蛍がいっぱいいて、青のお姉さん困ってるみたいだった」
少女はますます笑った。そして妹の小さな手を握る自分の手に、力を込めた。
妹はまだしゃべっている。
「でもね、思ったより大きかった。妖精ってもっと小さいものだと思ってたの。でもあれは妖精だな。だって、綺麗だったもの。ひらひらの服でね――」
妹はさらにしゃべりたそうだ。けれども少女は早く家に入りたかった。明りの点る室内へ、兄と両親がいる、安心できる場所へ。
「それは家の中で聞くよ。行こう、千世」
少女はそう言って妹を引っ張った。妹はしぶしぶ従う。
手をつないだ小さな人影が、別荘の中へと入っていく。玄関の扉が開かれ、また閉じた。星は変わらずうるさいほどにまたたいており、空気はほのかに暑さを残し、そして山々は暗くひっそりと黙っていた。
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