7

 最後まで残ったのは楓ちゃんだった。楓ちゃんが困っている。


「あの……願い事でいい?」

「好きな人は言えないの? 隠すなよ~」


 瑞希がにやにやと肘で楓ちゃんをつつく。楓ちゃんは困ったように笑って、


「そうじゃなくて、好きな人、特にいないの。だからルール変えていい? ここで願い事を言ったら、それが叶うってことで」

「まあいいけど」


 瑞希が承知する。


 楓ちゃんが地面に目を落とす。小さな声でぽつりと言った。


「みんなと……ずっと仲良くいられますように」


 少しの間沈黙があった。瑞希がちょっと口をとがらせた。


「おりこうさんな意見だね」

「ええっ!」


 楓ちゃんがショックを受けた表情をする。瑞希がすぐに楓ちゃんを肩でこづいた。


「嘘だよ。楓らしくていいよ。なんか」


 楓ちゃんはほっとしたように笑った。そして照れくさそうに言った。


「でもなんだか恥ずかしい」

「そうだね。ここでそういうくさい願い事を口にできるのが楓らしさだよね」

「ええー」


 今度は楓ちゃんの逆襲。瑞希を上から抑え込んでしまう。瑞希がじたばたしてる。


 私は嬉しくなっていた。幸せな気持ち。今日という日がすごく特別なものになる予感。おばさんになってもおばあさんになっても、きっと暖かくてきらきらしてて美しくてそっと撫でたくなるような、そんな特別なものとして思い出される予感。


 来てよかった、この別荘に。四人で来れてよかった。




――――




 花火が終わったので、片付けをして別荘の中に入る。私と瑞希が少し遅れてついていく。その途中で、私は足を止めた。


 敵の気配。ほんのわずかだけど。


「ほのか?」


 瑞希が私を呼ぶ。そして瑞希も少し顔をしかめた。「何かいるね」


「うん」


 小さな気配で、大した敵じゃないということがわかる。でも一応やっつけといたほうがいいと思う。


「変身しよっか」


 瑞希に声をかけて、二人で変身する。別荘の庭は、たちまち木立の中となった。


 あまり変わった世界ではない。さっきまでと同じように夜だ。けれども月の光で辺りはそんなに暗くはない。静かだ。風も吹かない。


 私は呟き半分、瑞希に声をかけた。


「敵はどこにいるのかな……」

「あっ!」


 瑞希の驚く声。


「どうしたの?」

「蛍」


 瑞希の指すほうを見上げる。本当だ。蛍が、ゆっくりと木の間を飛んでいる。


 でも……。あれは本当に蛍かな。


 瑞希も違和感に気付いたようだった。すぐに自分の言葉を打ち消した。


「蛍じゃない。敵」


 そうだ。見た目は蛍そっくりなんだけど(といっても光しか見えないけど)、それより少し大きいし、何より気配が違う。私たちがやっつけなければいけないものって、見ただけでわかる。


 もう一つ、似たような光が現れた。最初の光のすぐ近くに。そしてさらに一つ。さっき見た本物の蛍は三匹で終わっちゃったけど、こちらはそうではなかった。数が増えていく。どんどん光が増えていく。


 光はまるで地面から湧き出るかのようだった。私は視線を地面に向けた。発生源があるなら、そこを抑えたほうがいいのかな。


「ああ、もう!」


 苛立たし気な声が聞こえた。振り返ると瑞希が何かを身体から叩き落としていた。「私に寄ってくる」


 本当だった。いつの間にか、瑞希の周りを光が取り巻いている。私のところには来ないのに。私は瑞希に近寄り、手で彼らを追い払う。


「なんで私だけ……」


 瑞希は大変不満そうだ。私は考え、はたとあることに思い至った。


「蛍の歌!」

「何それ、急に」

「蛍の歌あるでしょ。蛍を呼ぶ歌。こっちの水は甘いぞってやつ」

「うん、あるけど。それがどうしたの?」

「水だよ! 瑞希は水の魔法を使うでしょ? 瑞希の水は甘いんだよ! だから蛍に好かれちゃう」

「ええ……」


 瑞希は非常に呆れた顔をしている。うん、そうだね。私だってこの理屈はどうかと思うよ。


「そもそもこれ蛍じゃないし」


 瑞希は肩についたものを払い、言った。そうなんだよ。蛍じゃない。蛍って虫でしょ。でもこれは虫じゃない。本当にただの光。払うと消えちゃう。


「それに蛍って甘い水が好きな生き物なの?」


 瑞希が尋ねる。うーんわからない。その答えは私も持ってない。甘い水というか、綺麗な水を好むというのは聞いたことがあるけど。


 あ、じゃあ、瑞希の水は綺麗なんじゃない? と、言ってあげたくなるけど、無駄に喜ばせるのも嫌だし、なんだか照れくさいから言わない。


 その代わりに別の事を言う。


「たぶんね、どこかに発生源があるんだと思う。それを突き止めて抑えちゃえば……」

「……ああーうっとうしい!」


 突然、瑞希が叫んだ。そして、私に言った。


「よし! 私はおとりになる! 蛍をひきつけてここから離れる! その間に、ほのか、あんたは発生源とやらを探してそれを焼いちゃって!」


 早口で全部言うと、瑞希はいきなり走り出した。蛍(仮)たちもついていく。光が夜の木立の中を移動していく。その後を追うように、新たな光たちも飛んでいく。美しいといえば、美しい光景だ。


 私は瑞希の崇高な自己犠牲精神に感謝し、発生源を探すことにした。光たちがやってくる方向。光の移動と反対方向に進み、そして見つけた。

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