5

 いいな、素敵だな。光がきらきら揺れてる。私も左右に身体を動かして、水中を移動する。まるで人魚になった気分。……と。あれはなんだ?


 人魚?


 人みたいなものが見える。岩に腰掛けて……。淡い青緑色の髪がゆらゆらと長く伸びていて、女性で上半身は裸で(ちょっと目のやり場に困っちゃう)、下半身は……魚だ。人魚! 人魚じゃん! やっぱりいたんだ!


 って、あれが敵だよね。やっぱり、目撃されていたのは、私たちの敵であったか。私は上から瑞希に声をかけた。


「ねえ、人魚がいるよー」

「こっちにも」


 瑞希は私と反対方向を見ていた。そちらにも岩があって、私が見たのと似たような人魚が腰かけている。


 よく見るとそんな人魚があちこちにいる。私たちの気配を察して出てきたみたい。攻撃することはないけど、こちらを伺っているような雰囲気がある。私は瑞希の隣に降り立った。


「ちょっと数が多いかも」


 私は瑞希に言う。瑞希は顔をしかめた。


「たぶん一体一体は強くないよ。でも数が多いと厄介だね」


 人魚の数は増えていく。なんだか海底から生えてきているみたい。私たちを取り囲むように輪になっている。……なんかいやーな感じ。


 私は人魚の顔をまじまじと見た。みなよく似ている。髪型も背格好も一緒。そしてみな美しい。作り物のような端正な顔立ちで、わずかに笑みを浮かべている。でも好意というものの感じ取れない笑みだ。敵意もまた。なんの感情もないような。


 人魚が口を開いた。そこから出てきたのは、歌だ。


 高い澄んだ声で、人魚が、人魚たちが歌う。いっせいに。歌は私たちをたちまちとりまいた。不思議な歌だった。聞いたことがないような旋律。歌だけれども、歌じゃないような、曲になっているけれど、そうでもないような、とにかくそんな音の羅列が、私たちを封じ込めるように連なっていく。


 聴いているうちにぼんやりとしてくる。音が積み重なる。厚い布団のように。こちらの呼吸を優しく止めるように。音が……。身体が重い。辺りは綺麗。きらきらして光ってて、そして音が私の身体に入り込んで……。


「ほのか!」


 はっとした。いつの間にかぼんやりしていたようだ。瑞希がこちらの腕をぎゅっとつかんでいる。


「しっかりして!」


 瑞希が言う。でもその瑞希の顔もなんだか苦しそうだ。私は音を追い払うように頭を振った。そして手で耳を塞ぐ。


「これ、聞いちゃいけない音楽みたい!」

「そうだよ!」


 瑞希が叫んだ。そして思い切り、水の球を人魚めがけて投げつけた。水中にも関わらず、瑞希の放った魔法の水は、球体のまま人魚に向かっていく。けれどもそこで目を疑うようなことが起きた。


 歌っていた人魚の一人が、さらに大きく口を開いたのだ。口は大きくなる。異様なほどに大きくなる。人間の限界を超えて、さらに開いて、口以外のパーツ、目も鼻も後退して、顔中に口だけが広がって、口ばかりになって、そしてぱくりと瑞希の水の球を呑み込んだ。


 き、気持ち悪い~。グロテスクだよー! 綺麗な顔だなって思ったのに、綺麗さが台無し! 口を閉じるとそれは小さくなって、目や鼻が戻ってきて、謎の微笑が浮かび、人魚は再び歌い出した。


 瑞希は声もない。私も動揺している。けれど、すぐになんとかしなきゃと思う。


「水属性のものに水属性の魔法をぶつけても無効になるんじゃない!?」


 私は瑞希に言う。瑞希はきょとんとしている。


「そうなの?」


 いや、私もよく知らない。ゲームとかあまりやらないし。


 巨大な魚と戦ったことを思い出した。私がピンチになって、そこに瑞希とほたるちゃんが助けに来てくれて……。そしてその時は私の火の魔法が効かなかった。でもこれはその時とは逆なのかもしれない。


「水にはそれと反対のものをぶつければいいと思う。例えば――火!」


 私は手をあげた。そこに力を集中し、炎を生み出す。そしてそのまま身体をくるりと一周させる。私たちをとりまく全ての人魚たちに、炎が当たるように。


 火に包まれて人魚が燃えていく。空間が溶けるように形を失ってきた。




――――




 無事、人魚を倒すことができた。瑞希がさっそく沢渡さんと楓ちゃんに報告に行く。


 日がどんどん高くなって、お昼ご飯の時間になる。シートに四人全員集まって、買ってきたお弁当を広げる。私はやきそば。瑞希はたくさんのおにぎりで(瑞希は意外とよく食べる)、沢渡さんは野菜サンドとミニサイズのパスタ、楓ちゃんは唐揚げのお弁当。


 人魚が怖かった話をしながら、私はふとあることを思い出した。そうだ、写真だ! くまに海の写真を撮ってくるって約束してたんだ! 私はかばんを探る。


「何してんの?」


 瑞希がきいて、私はカメラを取り出しながら言った。


「カメラ持ってきたんだよ。写真撮ろうと思って。くまに見せるために」

「くまに写真? ほう」


 瑞希がにやりと笑った。「私たちのこのセクシーな水着姿を見せてあげようと?」


 セクシー……? かろうじてそう言えるのは楓ちゃんだけじゃ……って、いやそれはともかく。私は苦笑しながら瑞希に言った。


「じゃなくて。海を見せてあげたいの。くま、海見たことないだろうなって思って」

「優しいね。どうせだから、海だけじゃなくて山とか別荘とかたくさん撮ったら?」

「うん」


 そうする。くまに見せたいものはたくさんある。あの部屋だけしか知らないなんてかわいそう。うーんでも、異世界では自由に動き回っているだろうし、かわいそうってこともないのかな。

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