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 沢渡さんとバトンタッチして、楓ちゃんがやってきた。楓ちゃんは浮き輪持参。楓ちゃんはあまり泳ぎが得意じゃない。あるとき、プールの時間の後に、楓ちゃんが私に言った。


「私、人より身体が大きいじゃない? だからその分体重が重くて沈みやすくなっているんだと思う……」


 水泳選手ってたいてい大きいから、その理屈は合わないような気がするんだけど。


 続いては瑞希が留守番役になって、その次は私の番。なんだけど――。いつまで経っても瑞希が来ないので、こちらから迎えに行くことにした。瑞希はシートの上で寝転んでいた。


「どうしたの?」


 覗き込んできいてみる。瑞希は私を見上げて言った。


「疲れたのでちょっと休憩。まだ泳いできていいよ」

「身体の調子でも悪いの? 寝不足とか」


 昨日、よく寝てた気がするけど。瑞希は否定した。


「元気元気。でももう若くないので、持続力がない」

「若くないって、まだ14歳じゃない~」


 私は瑞希の横に腰を下ろした。私たち四人の中で、初夏が誕生日な楓ちゃんだけ既に15歳。あとはみな14。沢渡さんは早生まれだから、私たちと学年は一緒だけど、生まれ年は違う。楓ちゃんが一番お姉さんで、沢渡さんが一番年下ってなんだか変な感じ。


「いや、もっと小さな――小学校低学年の頃に比べれば年をとった。確実に老化した」

「まあ確かに年はとったけど。でもエネルギーは衰えてないよ!」


 小学校低学年の頃、瑞希とその家族たちと一緒に海に行ったなということを思い出す。一日中遊んで、でもちっとも疲れた記憶がない。ということはやっぱり昔のほうがエネルギーがあったのかな。いやでもやっぱり疲れたと思うよ。帰りの車でいつの間にか眠ってたもん。目が覚めたら、車の窓の外はすっかり日が暮れてて、街の灯りがとても綺麗だった。


 その時、瑞希と海岸で貝殻を拾ったんだっけ。白くてすごくかわいい貝殻を見つけて、それが二つあったから、瑞希と分け合って、これは私たちのお揃いのお守りにしようね、ずっと大事にしようねって、約束しあったんだ。ああ、純真な私たち……。そんな時代もあったんだなあ……。


 そう、瑞希もかわいかった。昔の瑞希は今ほどふてぶてしくなかったよ。……たぶん。ちょっと記憶が曖昧だけど。ひょっとすると、昔から瑞希はこういう性格だったかもしれないけど。そんな気がひしひしとしてきたけど。


 沢渡さんのお兄さんが、小さい頃の沢渡さんは泣き虫で夢見がちだったと言っていたことを思い出す。今の沢渡さんからすると……あんまり信じられない。でもそうだったのかもしれない。泣き虫な沢渡さん、なんだかかわいいなあ。


 想像して楽しくなっていると、瑞希が起き上がり、ふいに言った。


「……人魚ってさ」

「あ、昨日、お兄さんが言ってたこと?」


 私もちょうど、その時のことを思い出してたんだよ、と言おうとしたけれど、その前に瑞希が口を開く。


「そう。人魚を目撃した人がいるって。ほらさ、文芸部で幽霊の噂があったときも、講堂に怪物が出るって話があったときも、結局それは私たちの敵だったわけで……」


 つまり……。瑞希の言いたいことがわかる。人魚も敵かもしれないってことだよね。


「海で泳ぎながら、敵の気配を探してたんだ」


 瑞希の言葉に私は驚く。


「真面目だ! ただ遊んでたんじゃないんだ!」

「そう、私は真面目なんだよ。ってそれはともかく、わずかに敵の気配っぽいものがあって……」

「じゃあ……」

「そんなに強い敵じゃない。ちゃちゃっとやっつけちゃったらいいかも」

「人魚ー!」


 私は嬉しくなった。「人魚に会えるんだね!」


「うん? まあ人魚かどうかは知らないけど」

「綺麗な人魚だといいな!」

「どのみちやっつけちゃうけどね」


 そんなことを言いながら、私たちは変身するによさそうな場所を目で探した。私たちのさらに奥に木が何本が並んでいる。その影で。そこなら人もいないし。


 話は決まった。私たちはそっとその場を後にした。留守番……がいなくなっちゃうけど、異空間での時間の流れは私たちの世界の時間の流れとは違って一瞬だから、まあ大丈夫だろう。




――――




 一歩足を踏み出す。と、そこは途端に海の中となった。


 そんなに深くはない。光が十分に差し込んでくる。頭を上げると、ゆらゆらと揺れる光が綺麗。魚が身をくねらせて泳いでいく。そして大変不思議なことに、息ができる。


 水の中にいるはずなのに、濡れた感じもしないし。砂の上に立っているんだけど、あまり重力というものを感じない。ためしに、ぽんと跳びあがってみた。身体が軽い~。変身すればいつもよりずっと跳躍力が増すんだけど、それ以上に身体が軽い。


 下りるのにも時間がかかる。つまりこの辺りは、水中にいるのと変わりがないわけで……。泳げるんじゃない? とふいに思った。試してみる。私は泳ぎはあんまり上手くないけど、それは息継ぎが下手とかだからで、呼吸の心配のないここでなら、楽に泳げそう。


 再び跳びあがって、手足を動かしてみる。泳げる! すごい、泳げるよ~! 試しにくるりと一回転してみる。できた! 楽しい! でもあまりやると平衡感覚が失われそう。


 私は瑞希に手を振った。


「ね、ね! 泳げる! 楽しいよ!」

「うん。それよりも敵を探して」


 冷たい瑞希なのだった。私は辺りを見回した。


 銀色の小さな魚の群れ、悠然と泳ぐ大きな灰色の魚。ふわふわと浮いてるあれはクラゲかな。海底には岩が並んでて、サンゴの林みたいなのもある。

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