第二話 夏の日

1

 少女は妹を探していた。年の離れた妹。ついさっきまで隣にいたのに、少し目を離したすきに姿が見えなくなった。


 辺りは暗かった。庭で、すぐ近くまで山の木々が迫ってきている。ここは少女がよく知っている場所ではない。時折訪れる、普段の生活とは違う場所にある、特別な場所だ。


 夏だった。昼間の暑苦しさは幾分遠のき、星がうるさいくらいに夜空に光っていた。少女は四角い庭に切り取られた空を見上げ、そして次に暗がりに沈む山の木々を見渡し、不安になった。妹はどこに行ったのだろう。


 今、この庭にいるのは少女だけだ。両親と弟は既に家の中に入っている。窓から明かりが漏れ、楽し気な声が聞こえる。自分は今ここで一人ぼっちだ。妹がさっきまではいたのだけど。でも今はいない。どこに行ったのだろう。もし、見つからなければ? どうなるのだろう。


 恐怖が少女を抑えつけたけれど、少女はそれに抗うように、恐る恐る動き始めた。と、その瞬間、木の陰から人が現れた。少女は悲鳴を上げそうになり、けれどもすぐにほっとした。現れたのは小さな人物、子どもだ。そしてそれは、彼女が探していた妹だった。


「勝手に動き回っちゃだめでしょ」


 少女は捕まえるように、妹の手を握った。妹は姉を見上げ、無邪気な顔で言った。


「妖精がいたの」




――――




 夏休みのある午後のこと。私は部屋で荷造りをしていた。心がうきうきと弾んでいる。楽しみで仕方がない。――だって、明日から別荘に行くんだもの!


 別荘、といっても、私の家族が所有しているものではない。そんな贅沢なもの、我が一族には無縁だ。けれども何故別荘に行くことになったか? そこには沢渡さんが関係しているのだ。


 夏休みに入る前、学校の廊下で、沢渡さんが私たち、私と瑞希と楓ちゃんに唐突に言った。


「うちの別荘に泊まりにこない?」


 べ、別荘!? 瑞希が声をあげた。


「そんなものもってるの!?」

「うん。まあ大したものじゃないけど」

「ええー!」

「行くー!」


 楓ちゃんが声をあげた。「行きたい! 行っていいの!?」


「どうぞどうぞ。二泊三日ほどでどう?」

「楽しみ!!」


 楓ちゃんはすっかりその気になっている。ぴょんぴょん飛び跳ねるように喜んでいる。


「二人はどうするの?」


 沢渡さんは私と瑞希を見た。私はもちろんそれを断る気持ちはないわけで。


「私も行きたい! あ、でも親に相談しなきゃ」

「そうだよね。西川さんは?」

「――……このお金持ちめー!」


 瑞希はどうもその辺がひっかかるらしく、沢渡さんに抗議の声を上げた。が、沢渡さんは気にせず、再び尋ねた。


「西川さんも来るよね?」

「……うん。もちろん」


 かくして、別荘行きが決定したのであった。


 お父さんにオッケーをもらって、瑞希も楓ちゃんも参加できることになって、夏休みのいつにするか日にちも決めて、とても楽しみにしていた別荘行きが明日に迫っているのだ! 私はせっせと荷物をかばんに詰めていった。


 着替えの服でしょ、下着でしょ、パジャマもいるし、それからタオルやシャンプーなんかも。沢渡さんは用意するって言ってたけど、でも一応持っていこう。あと、歯磨きセットも忘れちゃいけない。


 宿題も少しは……。私は持っていきたくないんだけど、みんなで宿題するのもいいよね、って話になったんだ。まあ、分からないところとか、賢い沢渡さんに質問できるのでそこはよいかもしれない。


 そして忘れてはいけない、水着!! 別荘は山の中だけど、近くに海があるって、沢渡さんが言ってた。海水浴場もあるんだって! もちろん海で泳ごうよという話になった。


 そこで私は瑞希と一緒に水着を買いに行ったのだ! 今までプールとか行くときも学校の水着を使っていたから、かわいいのが欲しいなあと思って。私はいそいそと水着をタンスから取り出し、目の前に広げてみた。


 か、かわいい……。散々迷った末に買ったかわいい水着! 綺麗な明るいピンクで、ワンピースみたいになってて、白くて小さな花があちことに散らばっている。これを着て泳ぐんだ~。私は幸せな気持ちになって、また水着をたたみ、スイミングバッグへ入れた


「楽しそうだな」


 ふわふわと飛んで、くまが私の傍へやってきた。私はくまを見上げた。


「ごめんね、くま。お留守番で」

「いや構わないよ」

「かばんの空きはあるんだけど」


 私はくまを捕まえると、かばんの中の着替えの上にそっと乗せた。そしてそのままくまを倒して寝かせる。これならちゃんとチャックは閉まる。スペースはあるんだけど……。


「いやいいよ。そんなに行きたいわけでもないし」


 起き上がり、かばんから出て、くまは言った。くまも連れていきたいんだけど。でも、以前学校につれていったときに、異空間にとらわれて怖い目にあったから。だから、あんまり部屋から出したくないんだ。


「せっかく海に行くのに……。くま、海見たことないでしょ?」

「そうだなあ」


 くまは曖昧な返事だ。ひょっとしたらくまの本体のいる世界で見たことはあるのかも。でもくまは自分たちが暮らす世界のことを話したがらないから、私はそのまま話を続ける。


「写真撮ってきてあげるね!」


 そうだ、だから、カメラも忘れちゃいけない。私は立ち上がって、カメラを取りに行った。


 他には何かあるかな? おやつも持っていこう。トランプとかもあるといいかも。オセロはどうだろう。


 旅行の準備はとても楽しい。




――――




 翌日、駅でみんなと集合する。私と瑞希と沢渡さんと楓ちゃん。いつものメンバー。電車で別荘のある町へと向かう。

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