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 私は南雲さんを振り返った。南雲さんはピンクのミニスカートに、フリルやリボンがこれでもかとついていて、変身前と同じくかわいらしい。南雲さんは私の近くにやってきて、言った。


「あのお店、怪しいですね」


 敵の姿はまだ見えないけれど、どうもあのハンバーガーショップ辺りが怪しい、と私も思う。二人で注視していると、正面の赤茶色の扉がぱかっと開いた。


 そしてそこから小さなものが出てくる……か、かわいい!


 小さなハンバーガーが出てきたんだよ! ぴょこんって感じで。ハンバーガーは上下に弾む。そして前進する。弾むたびに、パンが、中の具材が分かれて、で、また元に戻る。


 かわいいな~。でもあれが敵だわ。


 心を鬼にして私は彼(彼女?)をやっつけなければならない。ぴょこぴょことこちらにやってくる敵に向けて、私は火を放った。ハンバーガーはたちまち溶けて消えた。


 でも敵はこれだけではなかったみたい。異空間はそのままだ。そしてハンバーガーショップの扉からは続々とハンバーガーが現れた。


 数が多いな……。一つ一つは弱くても、数が多いのは厄介だなー。どうしよう、店ごと焼き払ってしまうべきかな、などと物騒なことを考え、ふと私は南雲さんを見た。


 そうだ、南雲さん! 彼女の能力をぜひとも見てみたい!


「ねーねー、南雲さん」


 私は甘い声で、南雲さんに近寄る。「ね、南雲さんの力って、どんなの?」


「見たいですかあ?」


 ふふっと南雲さんが笑う。ちょっぴり得意そうに。


「うん!」

「では! リクエストにお答えして!」


 南雲さんが片手を上げる。なんだなんだ? と見ていると、そこから光が溢れ、空へと昇っていった。


 光は青い空へ、穏やかに浮かぶ白い雲へと到達する。と、不思議なことが起こった。空に、ひびが入ったのだ。青空に亀裂が見える。それが広がっていく。それは空全体に広がり、何故か雲まで巻き込み、さらには森をも飲み込まんとするように地へと降りていく。


 亀裂は広がるだけじゃなくて、深くもなっていく。空が、崩れる――!? と私は思った。さけてばらばらになる。ばらばらになって、青空が、私の頭に落ちてくる――!


 助けて!! と頭を抱えてしゃがみこみそうになった瞬間、私は自分がトイレにいることに気づいた。駅前の、ごく普通のハンバーガーショップ。そのトイレ。私たちがついさっきまでお昼ご飯を食べていたお店であり……そしていつの間にか変身が解けている。異空間から戻ってきたのだ。


「……え、えっと……」


 私は恐る恐る南雲さんを見た。南雲さんはとっても笑顔だ。とっても満ち足りてる表情だ。


「これが私の能力です!」

「……ええっと、その、空間に直接働きかけるという……」

「そうなんです! 私の場合は、敵を攻撃するんじゃないんです。異空間そのものを壊してしまうんです! そうすれば外に出れるでしょ?」


 いや、私たちの役割は外に出ることじゃなくて、敵をやっつけること。元の姿に戻すこと。そうすると自然に異空間がなくなって、元いた世界に戻ってくることができるわけで……。うーんでも結果は同じだからこれでいい、のか? そういうものなのか?


 ともかく、びっくりしたよー。心臓に悪い能力だなあ。そのうち慣れるのだろうけど。


 私たちは店を出た。店の外では瑞希たちが待っていた。私は手短にトイレで合ったことを報告する。そうしたらたちまち楓ちゃんに叱られた。


「どうして私たちを呼んでくれなかったの!?」


 二人だけで敵に、危険に立ち向かったことに対して、そんな危ないことをやってはいけません、みたいな気持ちで怒っているのかなあと思ってちょっと感動していたら、違った。


「私も戦いたかった……。六人で、六人で戦いたかったのにー!」


 ……ごめんね楓ちゃん。また六人で戦える機会があるといいね……。


 南雲さんの能力がどんなものか、それにとても驚いたことなども話す。睦月さんが笑っている。


「びっくりしたでしょ? 私も最初、衝撃だったの。でもその時は魔法少女がどんなものか知らなかったから、こういう能力もありなんだなって思ってた。でも、ミュウが驚いていて――」


 ミュウというのは、睦月さんが持っている黒猫のぬいぐるみの名前。私にくまがいるように、睦月さんにはミュウがいる。このぬいぐるみを通して、睦月さんは異世界の誰かとコンタクトを取っているそう。さっき、ハンバーガーを食べながら、教えてもらったんだ。


 睦月さんはまだ笑いながら続けた。


「そして後藤先生に会って、この能力がとても特殊であるということを知ったわけ」

「んー、特殊といっても、本人にはそんなに自覚はないんですけど~」


 と、南雲さんが言うけれど、その顔はにやけている。にまにまして胸をそらし気味で、でも全体がかわいい人なので、なんだか憎めない。


 いや、いろんな魔法少女がいるもんだな、と思うのだった。


 私たちはおしゃべりしながら歩き出した。暖かい春の日。のどかな昼下がり。楓ちゃんが睦月さんになんだかんだと話しかけている。どうやら今度一緒に戦う約束をしたいようだ。


 睦月さんがちらりと私を見た。その目が微笑みの形になる。私も笑みを返して、新しく知り合いになった魔法少女が、どちらもいい人でよかったな、と思う。


 その時は――そう思っていたのだ。この時の私は、まだ何も知らなかった。

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