3

 彼女が取り出したのは、夜の闇を集めたような漆黒の石。変身後の姿も黒を基調としている。長い髪はまとめられ、大人っぽさが増す。服もシックで洗練されているけれど、そこかしこに子どもらしいフリルやリボンが残る。


 私たちはまた外へと向かう。扉を開けたその先は――そう、異空間だ。




――――




 敵が一体どんな姿をしているのか。異空間に入るまでわからないことが多くて、少し不便だなと思う。だって、心の準備ができないでしょ。


 わかっていればもうちょっと落ち着いて対処ができるのに。醜態をさらさなくてすむのに。そう思うのだけど……。


「ぎゃ」


 異空間に入って真っ先に、変な声が出てしまった。だって、突然のドアップだったんだもん! つるんとした丸い頭が私の目の前に、いきなり現れたのだ!


 丸い頭にはにょろにょろと続く胴体がついていた。手足はなし。色は薄いピンク。一言でいうとミミズに似てる。でも大きさが全然違う。5メートル以上はありそうな、巨大なミミズ!


 ミミズは宙に浮かんでいる。そして私の横をするすると通っていく。私は固まったままミミズが去っていくのを待つ。そして恐る恐る身体を動かして後ろを見た。ちょっぴり灰色がかった白い空間の中、ミミズは楽しそうに飛んでいく。身体をくねらせ、泳ぐように。軽やかに空へと上っていく。


「……ミ、ミミズー!」


 瑞希の腕を掴んで叫んでしまった。瑞希は「はいはい」と熱のない返事をする。


 瑞希もミミズを見て言った。


「ミミズだね」

「でかいよ! 気持ち悪い!」

「気持ち悪いなどといっては失礼だよ。彼らは土を耕してくれる。もっとミミズに敬意を持って!」

「えー」


 ミミズに敬意って。まあ役に立つ生き物ではあるんだろうけど。傍で睦月さんがくすくす笑ってた。


「あのミミズ楽しそうだね」


 睦月さんもミミズを見上げて言う。「踊ってるみたい」


 うん、そうだね。身体を揺らしてなんだか幸せそう。こちらに攻撃もしてこない。私たちのこと、見えてないのかな? なんだかやっつけるのが気の毒になってくるけど……。


「でもやっつけなきゃ」


 睦月さんが茶目っ気のある表情で、今度は私を見る。


「やっつけないと、ここから出られないしね」

「そう」


 敵を倒せば異空間から出られる。だから異空間に入ってしまえば、戦うのはさけられない。まあでも……あの巨大ミミズは元は普通のミミズで異世界からの力によってあの姿に変えられてしまったわけだし……元の姿に戻るのはおそらく彼(彼女?)にとっても悪いことではないだろうし……。


「一瀬さんはなんの力が使えるの?」


 敵が攻撃してこないからか、睦月さんがのんびりと私にきいた。私は勢いこんで答える。


「炎だよ!」


 どや! かっこいいでしょ? 睦月さんはなんなんだろう。


 その疑問を私はそのまま口にする。


「睦月さんの力はなんなの?」

「私はね、闇」

「闇?」


 おお、それもなんだかかっこいいな。睦月さんの黒い服とか、あと、落ち着いた大人っぽい雰囲気にもあっている。睦月さんはミミズのほうへ片手をあげた。そうしながら、ミミズを見つめながら、言う。


「そう、こんなふうに」


 睦月さんの手から黒いものが放出された。それはリボンのように伸びて、回転しながらミミズへと向かっていく。闇だ。それは確かに。闇がたちまちミミズを取り巻いてしまう。


 ミミズに巻き付き、その中に閉じ込めてしまう。睦月さんは今度は瑞希を見た。


「西川さんの力は?」

「私はね、水」


 瑞希が振りかぶる。ボールでも持っているように。そしてそれをえいっとミミズを閉じ込めた黒い繭に投げつけた。水の球は見事に繭に当たり、異空間が溶けるようになくなっていく。


 気づけば私たちは駐車場に立っていた。建物の裏手にある、静かで小さな駐車場。さっきと何も変わっていない。私たちは制服姿に戻っていて、探せばミミズもどこかにいるはず。元の姿に戻ったミミズだ。別に興味があるわけじゃないから、探さないけど。


 睦月さんが私たちを見てにっこりと笑った。とても人懐っこい親しみやすい笑顔だ。


 そして屈託なく、私たちに言った。


「同じ魔法少女に会えて嬉しいな。これからよろしくね」




――――




「いいな、いいな、いいなーー!!」


 翌日私たちは、この大ニュースをすぐに沢渡さんと楓ちゃんに伝えた。場所は学校の廊下。朝のホームルーム前で続々と生徒たちが登校していて騒がしい。そんな中で私たちは隅に固まって、そして、私と瑞希が興奮冷めやらぬ口ぶりで(これは私だけかも。瑞希は大体いつも落ち着いている)、かわるがわる昨日の一件をしゃべったのだった。


 この学校の生徒以外に魔法少女がいることに驚き、そして、それが楓ちゃんの友だちであることに驚き。一通りの驚きが済んだあと、楓ちゃんが大いに羨みはじめたのだ。


「いいなー、ってなんで?」


 私が尋ねると楓ちゃんは、


「小夜ちゃんと一緒に戦ったんでしょ!? いいな、いいなー!! 私も戦いたい! 一緒に!」


 羨ましさを通り越して悔しそうでもある。楓ちゃんは思いつめた目で、


「どうして私、その場にいなかったんだろう……! 私も誘ってくれればよかったのにー!」

「でも昨日はピアノのレッスンがあったんでしょ」


 瑞希の冷静な指摘に楓ちゃんは頭を抱えた。楓ちゃんはピアノを習っていて、しかも結構上手い。


「だ、大丈夫だよ。また一緒に戦う機会があるよ!」


 私が慰める。いつかはわからないけど……そうだ、また昨日みたいに怪しい場所の調査をするときに睦月さんも呼んでみるとか。


「あるといいけど……」


 ため息交じりに楓ちゃんが言った。

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