最終話「最後に笑えればそれでいいのさ」
俺たちは無事にバルバドス星系に到着した。
途中のグレナダで帝国軍による尋問を受けたが、
そのため、ほとんど時間をロスすることはなく、グレナダを通過している。
その分、バルバドスに着いてからが大変だった。
艦隊司令部に直行するよう命じられただけでなく、逃げ出さないように軽巡航艦と駆逐艦を主力とする小艦隊に監視されることになったのだ。
こちらにやましいことはないが、帝国軍の連中は気が立っており、何かの手違いで攻撃されたらと気が気ではなかった。
丸三日間尋問を受け続け、俺たちが被害者であるということが認められた。
哨戒艦隊の司令スミノフ大佐のミスで俺たちが危機に陥ったと主張して、修理費を引き出そうとしたが、それどころではないらしく、下士官にどやされて追い出されてしまった。
もっとも軍が俺の船の修理費を出すはずはないので、嫌味を言っただけなのだが。
三日間の拘束の後、ブレンダたちと宇宙港に来ていた。指定された軍関係者に引き渡すためだ。
彼女たちも参考人として尋問されており、疲れ切った顔をしている。
「お疲れさま。あんたたちはもっと早く解放されると思ったんだが」
「ええ、私もそう思っていたのですけど、リコに捕えられて無事だったことが疑念を呼んだようです。もっとも彼らの保身のためという気がしますけど」
ブレンダは疲れた表情ながらも、自分たちを狙っていたマフィアが一掃されたことと、安全な軍施設に入れることから笑みが零れていた。
「油断しない方がいい。マフィアの連中はしつこいからな。さっさと安全な帝都に行った方がいいだろう」
「そうするつもりです。夫からはあと数日で合流すると連絡が入っていますけど、カリブ宙域に居たくありませんので」
彼女の夫、ロバート・ブキャナンは惑星開発公社を辞め、帝都アスタロトに戻ることを決めたらしい。妻や娘をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかないとメッセージにはあったそうだ。
迎えの軍関係者がやってきた。
「じゃあ、ここでお別れだな。嬢ちゃんも元気でな」
そう言って娘のローズの頭に手を置く。最初は嫌がっていたが、レポスからここに来るまでに諦めたようで何も言わなくなっている。
「あ、ありがとう……私と、お母さんを助けてくれて……」
突然脈絡もなく礼を言われ、「藪から棒に何だ?」と言ってしまう。
「ちゃんとお礼を言っておきたかったの! これで終わりよ! じゃ、さよなら!」
そう言ってプイと後ろを向いてしまう。年頃の娘はよく分からんと苦笑いが浮かぶ。
ブレンダにも「それじゃ、気をつけてな」と言って右手を差し出す。
彼女が右手を取ろうとした時、迎えに来た男が突然銃を取り出した。
まさかと思っている間にジョニーが反応する。戦闘用サイボーグの膂力を生かし、襲撃者を一発でぶちのめした。
しかし、敵はそれだけではなかった。
俺たちの後ろから静かに近づいてきた男がブレンダに飛びかかってきた。手には大型のブラスターを持っている。一人だけだと思い込み、反応が遅れた。
“クソッ!”と心の中でののしりながら、ブレンダの腕を強引に引き、抱きしめるようにして倒れ込む。
しかし、男の狙いはブレンダではなかった。茫然と立ち尽くすローズに突っ込んでいったのだ。
ジョニーは最初の男のところにおり、元宙兵隊のプロでも間に合う距離じゃなかった。ヘネシーとシェリーは荒事に慣れておらず、動くことすらできない。
倒れた状態から「ローズ!」と叫ぶが、彼女は何が起きているのか理解できず立ち尽くしたままだった。
その時、彼女の腕から黒い物体が飛び出していった。
「うわっ!」という男の悲鳴が上がり、ブラスターが天井に向かって放たれる。
俺はすぐに立ち上がり、男に向かって突進する。そいつの腕にはローズがいつもかわいがっている
タウザーは男の腕に爪を立て、指に噛みついている。
俺はすぐに立ち上がり、男の腹を蹴り上げた。その直後、タウザーは男から離れ、ひらりと着地する。
俺は凄いもんだと思いながらも、ジョニーに教えてもらった右フックを男の顎に叩きこむ。
男は呻き声を上げて膝から落ちていくが、更にその後頭部に両手を振り降ろして床に叩きつける。
男が倒れた後、宇宙港を警備する警官と警備員がバタバタと走ってきた。もう少し早く来いよと心の中で悪態を吐くが、何も言わずに襲撃者が拘束されるのを待つ。
警官は手錠を掛けた後、襲撃者たちの素性を調べるため、生体情報をスキャンした。
すぐに身元が判明したのか、警官は顔を上げる。
「リコ・ファミリーの生き残りのようです」
そして、ブレンダに向かって「申し訳ございませんでした」と大きく頭を下げた。帝国騎士夫人ということで地方公務員としては下手に出た方がいいと考えたようだ。
ブレンダはまだ何が起きたのか理解できないのか茫然としていたが、娘の命が狙われたことにガタガタと震え始める。
彼女を抱きしめて落ち着かせる。
数分後、本物の迎えがやってきたので、ブレンダたちを引き渡すが、不安が残るため、一緒に軍港のゲートまで行くことにした。
ゲートに着くまでブレンダは何も言わなかったが、ローズがぼそりと呟いた。
「タウザーが助けてくれたんだけど、どういうことなのかしら?」
そこで俺はヘネシーが改造したことに気づいた。
(やっぱりやっていやがったか……奴が機械を見て改造しないわけがないんだ……まあ、今回はそれで助かったんだが……)
そのことは口にせず、ヘネシーを睨みつけてから、タウザーの頭を撫でておく。
「ニャー」と鳴いて俺を見上げるが、なぜか笑っているように感じた。
その後、無事に軍港に到着した。
「それじゃ、今度こそ、本当にお別れだな」
そう言って右手を上げて、見送った。
二人は俺たちに軽く頭を下げ、ゲートに向かって歩いていく。
その直後、一人の清掃員が近づいてきた。また襲撃者かとジョニーが警戒するが、すぐにその人物の正体は明らかになった。
そいつは
「依頼達成おめでとう。今回の報酬だ」
それだけ言うと、モルガンは床のゴミを片付けながら離れていく。
しかし、思い出したかのように立ち止まる。
「依頼主のロバート・ブキャナン氏だが、マフィアに殺されたそうだよ。まあ、報酬が手に入ったから、君たちは気にすることもないのだろうが」
「どういうことだ?」
「奴はリコから借りた金を踏み倒そうと、お前さんたちを囮にして自分だけ逃げようとしたのだ。自分でチャーターした船でね。リコたちがレポスに向かった直後にここに向かったが、ヴァンダイクに入ったところでマフィアにやられたよ。私に依頼してくれれば助かったのに、変なところでケチるから……愚かな男だ」
「ヴァンダイクで……だが、そんなこと軍の連中は何も言っていなかったぞ」
「ああ、先ほど入ったばかりの情報でね。軍の上層部の連中も今知ったところだろう。公表するのはヴァンダイクで事実関係を確かめてからにするようだ」
「何でお前がそれを……」と言ったところで言うのをやめた。こいつの場合、怪しげな方法で情報を手に入れるのはいつものことだからだ。
「おしゃべりが過ぎたようだ。それではまたよろしく頼むよ」
そう言って掃除機を操作し始める。
驚かされたままでは格好がつかないと、奴に嫌味を言ってやる。
「そういや、今までで一番似合った変装だな。天職って感じだぞ」とからかうと、モルガンは手を止め、チラリと俺の方を見る。
「言われてみればまさに天職だな。いつも“クズ”ばかり相手にしているのだから」
すまし顔でそれだけ言うと、再び掃除機を操作しながらトイレに消えていった。
俺が呆然と見送っていると、シェリーが文句を言ってきた。
「あいつのことなんかどうでもいいでしょ。ちゃんと振り込まれているの」
シェリーの言葉で我に返る。
そして、
「ちゃんと入っているぞ。だが、これでも赤字だ……やっぱり酒を売るしかないか……」
俺がそう呟くと、「「「ダメ(だ)!」」」という三人の声が響く。
こいつらの酒への執念だけには勝てないと呆れるしかなかった。
「分かった、分かった。じゃあ、帰ってそいつらを飲むぞ。ヤケ酒だ!」
こうして俺たちの仕事は終わった。
■■■
ジャックと別れた二人はしっかりと手を繋いで軍港の奥にある用意された部屋に向かった。
ローズが歩きながら、「いろいろあったけど……」といい、母親の顔を見る。
ブレンダは娘に笑顔を向けて頷く。
「そうね。でも、よかったと思うわ、あの人に出会えて」
「それはどういう意味なの?」とローズが聞く。
「あの人でなくては、私たちは助からなかったと思うわ。たとえ軍の船に乗っていても……」
この時、ブレンダは本能的に夫ロバートが自分たちを囮にしたと感じていた。そして、帝都に着いたら、そのことをしっかりと話し合おうとも考えている。
「いずれにしてもここに来ることはもうないわ。少なくとも私は」
ローズは母親の顔を見ながら、どういう意味なのかと考えていた。
そして、自分と同じなのかもしれないと考えた。
彼女の心の中には父親と同年代の男の顔が浮かんでいた。
「私はここに戻ってくる気がするわ。どうしてかは上手く言えないけど……多分、お酒が飲めるようになったら……」
ブレンダは少し大人びた娘に僅かに目を見開く。
「そうね。そうかも……でも、今は無事に帝都に戻ることを考えましょう」
そう言ってゲートに向かって振り返った。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
(これでよかったのよ。あの人たちは仕事で私を助けてくれた。ただそれだけ……でも……)
ブレンダはまっすぐに前を向いた。
「帝都に戻ったらどうするか考えましょう。いろいろしなくてはいけないだろうし」
「ええ、学校も探さないといけないし……でも、元の生活に戻れるかな。ハチャメチャな人たちと一緒にいたから」
「そうね。私も心配だわ。ワイングラスを見るたびに思い出しそうで……フフフ……」
二人は笑いながら軍港の廊下を歩いていった。
完
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