第19話「死に場所を探している奴は厄介だ」

 俺が操るドランカード酔っ払い号はリコ・ファミリーの海賊船の生き残り、マリブ号との死闘を有利に進めていた。


 人工知能AIのドリーの解析では、敵の損傷は深刻で、戦闘力を失っている可能性が高い。


『マリブ号は主砲に大きなダメージを負っています。連続砲撃に耐えられるとは思えません』


 彼女の言う通り、マリブの船首部分、つまり主砲部分はドランカード号の対宙レーザーによってズタズタに切り裂かれている。

 集束コイルの一部は使用不能で、満足な砲撃は難しい。最悪の場合、主砲のエネルギーで自らを傷つけることになる。


『通信が入っています……』と言って回線をつなぐ。


『次で決めてやる! だから、先に言っておくぞ。私の最後の戦闘が貴官・・とのものであったことを神に感謝している。貴官の航路が明るいものであらんことを……』


「貴官か……俺は士官でも何でもないんだがな……奴は死ぬ気なのか? それにしちゃ、やる気満々何だが……」


 マリブの動きから闘志を失っているようには見えない。逆に一撃に賭けるかのように加速を控え、慎重な機動を行っている。


「何をする気だ……」と言ったものの、俺の頭には一つの策が浮かんでいた。


「AIによる自動砲撃か……」と呟く。


『その可能性は充分にありますね。我々の攻撃パターンからタイミングを計ることは難しくないですから。ですが、それでも当たりませんよ。船長の腕と私の予測があれば』


 ドリーは自信を持っているが、嫌な予感が消えない。


「それだけとは思えんが……刺し違えると言っても自爆するだけなら逃げ切れる……」


 結局、いろいろ考えたが、AIによる自動砲撃しか思い付かなかった。


 もちろん逃げることも考えてみた。しかし、この速度で背中を見せれば後ろから砲撃を食らう。主砲に大きなダメージを負っているとはいえ、完全に使えない状態ではない。どの程度の攻撃力を持っているか分からない以上、背中を向けるリスクを冒せない。



 考えがまとまらないまま、マリブが急速に近づいてきた。

 黒いオーラのようなものすら感じ、嫌な予感がますます強くなる。それでも腹を括り、止めを刺すべく敵に向かった。


 敵との距離がゼロになる直前、俺はブルっと震えた。


(ヤバい! こいつはマジでヤバいぞ!)


 次の瞬間、俺は本能に従って咄嗟に船首をひねり、下に向けて一気に加速する。


 その直後、マリブの主砲が火を噴いた。

 これは比喩ではなく、暴発のような状態で船首の一部が破損した後、内側から炎を噴き出していたのだ。


 その炎と共に船首部分が爆散する。

 その爆発でマリブの構造材だった破片デブリ散弾銃ショットガンのように撒き散らされる。

 加速が不充分なドランカード号の船体をめちゃくちゃに叩いていく。


『防御スクリーン、両系統トレン過負荷! 船尾損傷! 八番対宙レーザー破損!……』


 ドリーの緊迫した声と視界の端に見える赤い警報装置の点滅が焦りを誘う。


「ヘネシーにアンドロイドを使った補修作業の指揮を執らせてくれ。ジョニーは周囲の警戒! シェリーは乗客の安否の確認!……」


 指示を出し終わる頃には船体を叩くデブリの音も消え、警報音も減っていた。


『……何が起きたのでしょうか……』


 AIであるドリーが茫然としている。


「恐らくだが、自分の主砲で船首を爆発させて、質量兵器代わりにしようとしたんじゃないかと思う」


『……そんなことが……本当に可能なのでしょうか?』


「さあな……」と答えたものの、奴のやったことは何となく分かっている。


 俺の予想では、クバーノは主砲の集束コイルを故意に切り、脆くなった船首部分に加速状態の粒子を叩きつけたはずだ。

 膨大なエネルギーを持つ荷電粒子が起爆剤となり、構造材がズタズタになった船首を吹き飛ばす。ドランカード号は敵のごく至近距離を通過するから、爆発した衝撃で飛び散るデブリに勝手に突っ込んでいく。

 あとは運任せだが、起死回生の手としては充分にあり得るだろう。


 そのことを言おうとした時、マリブから通信が入った。


 オレンジ色の非常用照明とモニターが発する真っ赤な警報表示、内部構造物が燃える炎に照らされた戦闘指揮所CICを背景にしたクバーノの姿が映し出される。


 頭から血を流し、目もろくに開けない状態のようだ。

 おびただしい警報音とところどころで聞こえる爆発音の中、クバーノはせき込みながらも話し始めた。


『ゲホッ……最後の最後までかわしてくれるとはな……千鳥足の何でも屋に負けたことは悔しいが……最後に楽しませてくれた。感謝する……』


 そう言って帝国士官らしい見事な敬礼を見せ、ニヤリと笑った。

 その直後、通信が突然途絶えた。


『マリブ号爆発しました!』


 そこで神経を操縦系から切り離す。

 視界が船のセンサーから操縦室コクピットに切り替わり、一瞬目をしばたかせる。


「何が起きたんだ?」とジョニーが聞いてきた。


「クバーノが俺たちと刺し違えようとしたようだな」と一応答えてやるが、一番暇な奴に付き合っている暇はない。


「被害状況はどうだ?」とヘネシーに確認する。ドリーの報告も聞いているが、復旧の目途はこいつに聞いた方が確実だ。


「重要設備は全部無事だよ。目立った損害はスラスターと対宙レーザー、船底部の外装板かな。対宙レーザーは無理だけど、他は応急処置で充分対応できるね」


 対宙レーザーが潰れたのは痛いが、今回の報酬で修理費は出る。それにバルバンクールの隠れ家からもらってきた酒を売れば、それだけでも数百万クレジットにはなる。報酬としては充分過ぎるだろう。


 シェリーが「お客さんは二人とも落ち着いたわ」と報告してきた。

 一時はパニックに陥ったようだが、敵を全滅させたと言ったら安心したのか、ヘナヘナと座り込んでしまったそうだ。


 周囲に敵がいないことを確認し、二百光分先のレサント星系行きジャンプポイントJPに向かうようドリーに命じた。


了解しました、船長アイ・アイ・サー』と応えるが、更に言葉を続けた。


『残念なお知らせがあります』


「残念な知らせ? 何だ、それは?」


『船底部に直撃を受けた際、貨物室カーゴルームに軽微ですが、甚大な被害が発生しました』


「軽微だが、甚大?」


『小型艇とエアカーに損害はなかったのですが、旧シリウス共和国の別荘ゲストハウスより譲り受けたコンテナが破損しました。すべてを確認したわけではございませんが、監視カメラの映像を見る限り、ボトル類、食器類は全滅ではないかと……まことに残念です』


 ドリーの言葉にシェリーが「うそ!」と言って立ち上がり、コクピットを飛び出していく。

 ジョニーは「マジかよ」とモニターを見ながら呟き、ヘネシーも「あーあ」と肩を落としている。


「結局、いつも通りってことか……」と天井を仰ぎ見る。


 十分後、船内通信回線を通じて、シェリーの悲鳴が聞こえてきた。


『いやぁぁぁ! 全部割れてるわ! これも、ああ、これも……いやぁぁ。どうして……』


 俺はその半狂乱の音声をオフにする。


「結局、ジョニーが戦闘用外装甲コンバットシェルを手に入れただけか……いや、ヘネシーも旧連邦のガラクタを拾ってきていたな。まあ、俺は一杯飲めたからいいんだが……相変わらずシェリーは運がない……」


 俺がそう言うと、ドリーが笑いながら話し掛けてきた。


『フフフ。そんなことはないですよ』


「どういうことだ?」


『ジャックだけですよ、お酒を部屋に持ち込まなかったのは。ジョニーはスコットランドのウイスキーを一ケース、ヘネシーも最高級のコニャックを三本、自室に持ち込んでいます。シェリーもワインを五本隠していますよ』


 俺はあの忙しい状況で酒をくすねた三人に頭が痛くなる。


「俺だけが真面目に働いていたのか……当然、俺も飲む権利はあるよな」


 そう言って惚けた顔をしているジョニーとヘネシーを睨む。


「そういや、ジョニーはリコの船からも何かくすねていたな。何をパクッてきたんだ?」


 俺の問いに「大したものじゃない」とぼそりというが、俺が黙って睨んでいると、観念したのか、説明を始めた。


「マルティニークの本物のラムだ。それに葉巻も何箱か……」


「それも当然、共有のものだ。分かっているよな」と睨むと、ごつい肩を竦める。


『本当にいつも通りですね。あなたたちは……』とドリーが呆れる。


「まあな」というと、なぜか笑いが出てきて止まらない。俺の笑いにジョニーとヘネシーも釣られ、コクピットは笑い声に包まれた。


■■■


 ブレンダ・ブキャナンはここレポス星系に到着してからのことを思い返していた。

 帝国軍が全滅し、娘と共にマフィアに捕まったこと時には絶望しかなかった。

 そして、マフィアのボス、ロナルド・リコに夫ロバートが帝国を裏切り、マフィアと手を結んだと聞かされ、更に絶望した。


(あの人が非合法なことに手を染めていたなんて……昔は真っ直ぐな人だったのに……この先、一緒にいられるのかしら……)


 その後、宇宙空間に一人で飛び出していったこと、最後の戦闘でもう駄目かと思ったことなどを思い出していく。


(もう駄目だと何度も思ったわ。娘だけでも助かればって思うほど……でも、あの人は希望を捨てるなと何度も言ってくれた。そして、本当に助けてくれた……宇宙そらに一人で飛び出す時も怖かった。あの時、なぜかあの人の顔をが浮かんだ……)


 彼女は夫への不信感と、自らの命を賭けて助けてくれた感謝の気持ちから、ジャックに魅かれ始めていることを自覚していた。

 それでも今の自分が普通でないことも分かっており、今の気持ちに素直になってはいけないと自分に言い聞かせる。


(今の子の気持ちは夫への当てつけの裏返し。だから、その気持ちに従ってはいけないわ……それに私とあの人では住む世界が違い過ぎる。だから……)


 そこまで考えたところで笑みが零れる。


(私は何を考えているの? あの人が私のことを客としてしか気にしていないのに……)


 その笑みに娘のローズが気づいた。


「どうしたの? 突然笑って?」


「いいえ、何でもないわ。よく助かったわねって思っていたら自然に笑えてきたのよ」


「変なお母さん」と言いつつも、彼女の顔にも笑みが浮かんでいた。


「でも、本当によく助かったと思うわ。お父さんは最初から分かっていたのね」


 その言葉にブレンダの表情が一瞬かげる。しかし、ローズはその表情の変化に気づかなかった。

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