第13話「海賊王の財宝だと……」
マフィアたちの執拗な捜索が終わった。
こちらとしては息を潜めているしかなく、思った以上に緊張を強いられた。特に凄腕のソール・クバーノ船長率いるスループ、マリブがいたことから、助かったという実感が込み上げ、息を吐きだしながらコクピットの天井を仰ぎ見る。
無機質な照明パネルがあるだけの天井を見ながら、今回の件は謎が多かったと改めて思い返す。
なぜマフィアがブレンダたちを攫うことに固執したのか、なぜこのレポス星系に来たのか、どの程度のマフィアが手を握っているのかなど疑問が尽きない。
その疑問を解消しようと思い、リッキー・ジーンら捕らえたマフィアの尋問を行うことにした。
その尋問だが、ジョニーとシェリーに任せることにしている。
俺もモニターで監視するが、船長であり操舵士でもある俺が
モニターには後ろ手にされて手錠を掛けられているマフィアたちの姿が映し出されている。
ジョニーが脅し、シェリーが優しく質問するという感じで尋問していくようだ。
いきがっているのか、単に馬鹿なのかは分からないが、この状況で若いチンピラの一人がジョニーに反抗的な態度を取った。
「こんなことをしてただで済むと……ゲホッ!」
即座にジョニーの拳によって遮られ、血反吐を吐いて床に倒れ込む。
「正直に言った方が身のためよ」とシェリーが言い、後ろでジョニーが獰猛な笑みを浮かべ、左右の拳を無意味に打ち合わせている。
チンピラたちは「俺は何も知らねぇんだ。ボスの考えなんて、俺たち下っ端に分かるわけねぇ」と泣きつく。
「それはそうよね。じゃあ、大幹部であるジーンさんは知っているのかな?」
棒読みに近いしゃべり方でそう言うと、ニコリと笑う。
「知っていても話すかよ!」とジーンは怒鳴るが、次の瞬間、ジョニーの鉄拳が腹に突き刺さる。
サイボーグだから一応手加減はしているようだが、見ている方まで痛くなるほど強烈なボディブローだ。
ジーンは両膝を突いてうずくまる。
そんな彼を無視して、シェリーがカメラに向かって「面倒だから自白剤を使ってもいい?」と聞いてきた。
この船に自白剤などないのだが、奴らにはそんなことは分からない。だから言っているのだろうが、成功するのか半信半疑だ。
それでもやらないよりマシだと考え、俺はマイクを手に取った。
「使ってもいいが、注意しろよ。うちにあるのは連邦で使っていた奴だぞ。殺すのは構わんが、壊れてクソを垂れ流したら、掃除するのはお前たちだからな」
旧銀河連邦の末期には精神に異常をきたすほどの薬剤を使って尋問していたという伝説が残っている。事実かどうかは定かではないが、教科書にも載っている有名な話だ。
シェリーは「分かったわ」と言って手を振ると、いつの間にか用意してあった無痛注射のキットを取り出した。
『あれはヘネシーが使う二日酔いの薬では?』とドリーが笑うような口調で聞いてきた。
「ああ、どこかの闇医者で特別に調合してもらったものだな。お陰でラベルの類が一切ない。それも使い終わったやつだ。中身が何かは聞きたくないな」
無痛注射のシリンダーを無造作に持ち、ジーンに近づく。
「偽物だと思っているでしょう?」と言って、隣の手下に無造作に打ち込む。
そして、一気に内容物を注入した。
「馬鹿やろう!」というジョニーの焦った声が聞こえ、シェリーの手首を掴む。
「使いすぎだ。完全に狂っちまうぞ」
「そうだったかしら? ヘネシーに聞いた時にはこれ一本って聞いたんだけど? でもいいじゃない。尋問したい幹部のお兄さんじゃなかったんだから」
シェリーは涼しい顔のまま、僅かに肩を竦める。そのやり取りがあまりに芝居染みていて、頭が痛くなる。
「これでビビるわけがねぇ……」と思わず呟くが、薬物を打たれた男が泡を吹いて倒れたため、ジーンを含めマフィアたちの顔が真っ青になる。
「あら、本当に打ちすぎだったみたい。えへっ」と小首を傾げる。学芸会でももう少しマシだと怒鳴りそうになった。
シェリーは笑みを作ったまま、ジョニーに顔を向ける。
「ねぇ、これってどのくらい使えばいいの?」
無邪気に聞くシェリーにジーンたちの顔が引きつっていく。
「最初はそれの一割でいい。口を割らなければ少しずつ増やすんだ」
「ありがとう。でも、この人の身体は大きいから、半分くらいでもいいわよね」
そう言ってゆっくりと首筋に注射器を当てる。
ジーンはゴクリと息を飲み、「や、やめろ……」と弱々しく訴える。
マフィアの幹部にしては胆力がないなと思ったら、足元で薬を打たれて泡を吹いていた男が半狂乱になって暴れている。それを見てビビッたのだろう。
「何を使ったんだ?」
『恐らく皆さんに馴染みのあるものだと思います』
「馴染みがある?」と首を傾げる。
『はい。エチルアルコールではないかと』
「それにしちゃ効きすぎな気がするが」
『直接投与ですので即効性はあります。恐らくですが、偶然アルコールに弱い者に投与されたのではないかと』
軍か
そんなことを考えていたが、シェリーはまだ芝居を続けていた。
「……やっぱり打ちすぎだったみたいね。今度は大丈夫よ。用法用量は正しくって言葉は知っているから……」
そう言ってニコリと笑う。なまじ顔の造りがいいだけに芝居と分かっていてもゾクリとする。
「さて、素直に話してくれたら、打たないでおいてあげるんだけど、どうする?」
ジーンは顔面に玉のような汗を浮かべ、どうすべきか考えているようだ。
「素直に話してくれないみたいだし、仕方がないわね」
首筋に再び注射器を当てる。
「ま、待ってくれ! 話す! 全部話す!」
ジーンは陥落した。
それからは本当に素直になった。
「なぜブレンダとローズを狙った?」とジョニーが聞くと、
「財宝のキーを持っているからだ」
「財宝? 誰の財宝だ」
「この星系に隠されている海賊王バルバンクールの財宝だ。ボスはその情報をブキャナンの奴から手に入れた。だが、ブキャナンは“キー”を持っていなかった。キーは女に持たせたと言っていたんだ」
「キーとは何だ?」と俺が聞くと、
「財宝のありかを示す座標と中に入るためのコードが入ったカードだそうだ。それ以上詳しい話は知らん」
ようやくマフィアの狙いが分かった。
宇宙海賊王と呼ばれるバルバンクール。その財宝の話はカリブ宙域では有名だ。
バルバンクールは約七百年前の旧銀河連邦の
凄腕の海賊バルバンクールも帝国軍の執拗な追跡に追い詰められ、カリブ宙域に逃げ込んだ。
帝国軍にバルバドス星系まで追われたところまでは分かっているが、その後の消息は不明でこの辺りの星系に逃げ込んだという説がささやかれている。
そして、重要なのは帝国最大の商船から奪った貴金属や宝石類、
その行方を追う者が多くいたが、現在に至るまで痕跡すら見つけられずにいる。
そこまでは分かったが、どうしてここレポス星系に俺たちがいると思ったのかが気になり聞いてみた。
「偶然だ……」
詳しく聞くと、ブレンダたちが逃げようとしていたことは最初から分かっていたらしい。ただ、
ブレンダたちを捕らえてからでは、捕らえたマフィアが独り占めする可能性があり、一か八かで財宝が見つけられないか試しにきたらしい。
(マルティニークでガーズが不審な動きをしたのは、やはりマフィアのせいだったのか……待ち伏せを警戒したことは正解だったが、運がなかったな……こいつの話が本当なら、ブレンダを取り戻すのは難しいかもしれないな。まあ、俺たちへの興味はなくなるんだろうが……)
既に帝国軍の哨戒艦隊を殲滅しているのだから、軍が敵に回ることは確定している。
ブレンダがキーを持っているなら、俺たちに関わって時間を潰すことなく、財宝を手に入れて、さっさとカリブ宙域から逃げ出すはずだ。
更に尋問し、バルバンクールの財宝がメドゥーサの前方トロヤ群にあることが分かった。
聞きたいことはすべて聞きだした。俺はモニターの映像を消すと、フゥーと息を吐き出す。
(とりあえず、ここに隠れていて奴らがトロヤ群に向かった後、この星系を脱出するしかないな。ブレンダのことは諦めるしかないか……)
キーが手に入ったなら、ブレンダを生かしておく理由がない。まあ、あれだけの美女だから、別の意味で生かしておくかもしれないが。
生かしておくとしても、十隻からなる海賊船団に豆鉄砲しか持たないドランカード号で立ち向かうのは愚の骨頂だ。折角拾った命を捨てるだけだ。
ただ引っ掛かることがある。
ブレンダがキーのことを知っていたのかという点だ。
俺たちと話している時に不自然さはなかった。数十億クレジットの財宝の手掛かりを持っているのであれば、少なくとも俺たちを警戒したはずだ。しかし、彼女は最初こそ警戒したものの、その後は打ち解け、ごく自然に接している。
鉄の意志と名女優並の演技力を持っているなら別だが、彼女はとりたてて再所ということもなく、ごく一般的な女性だった。
俺に悟らせなかったほどの演技力があったと言われればそれまでだが、ドリーが不自然さに気づかないほどの演技力を持っているとは思えない。
「ブレンダはキーの存在を知っていて隠したと思うか?」とドリーに聞いてみる。
『その質問には答えづらいですね。あなた方との会話に不自然さはありませんでした。ですが、帝国の諜報員であればAIに気づかれないように表情を変えない訓練をしているという情報もあります』
「確かにそうだな。だとすれば、ローズに聞くのが一番いいだろう。ブレンダが隠していてしらないかもしれんが、何かの手掛かりがあるかもしれない」
そう考え、俺はローズの部屋に行った。
彼女は母親がマフィアに捕まり、絶望的な状況ということで泣き続けていたようだ。
「大事な話がある。ブレンダを助けるのに必要になるかもしれない」
「えっ! 本当!」と驚く。
「ああ。といってもまだ分からないんだが……マフィアに誘拐されるかもしれないと言われた時、父親から何か言われなかったか?」
「パパから? 分からないわ……あの時は本当に時間がなかったから……」
「これだけは絶対に持っていろとか、誰にも渡すなと言われたものはないか?」
「分からないわ……あっ!」と何かを思い出したようだ。
そして、手に持っていた猫型の愛玩ロボット、キャニットを持ち上げる。
「
本物の猫かと思うほど精巧に作られたロボットだが、この状況で持っていろというほどのものではない。
「調べさせてもらってもいいか? もちろん傷つけたりしない」
最初は渡すことをためらっていたが、母親のことを思い出したのか、ゆっくりと俺に向かって差し出す。
「少しの間だけ借りる。すまないが、ブレンダの荷物の中に見覚えのないカードのようなものがないか探しておいてくれないか」
「カード?」と言うもののすぐに「ええ。分かったわ」と了承する。
俺はキャニットを手に持ち、ヘネシーの部屋に向かう。
「奴らの尋問は聞いたか?」と聞くと、「うん、一応はね」と答えたので、キャニットを差し出す。
「こいつの中にキーがあるかもしれん。ドリーと一緒に調べてくれないか」
「こいつに? どうして? まあいいや。どうせいつも勘なんだろうから」
その言葉に反論しそうになるが、今はそんなことをしている場合じゃない。
「あの子がかわいがっているものだ。壊さないように頼む」
「分かっているよ。こいつは子供の時にばらしたことがあるから、構造も分かっている。傷を付けずに中を確認できるよ」
そう言って自分の部屋の奥にある
コクピットに戻ると、ジョニーとシェリーが戻っていた。
「ご苦労だった」というと、
シェリーが大きな胸を更に張り、「中々のものでしょ」と言ってきた。
思わず、目が胸にいき、「ああ、中々のものだ」と答えておく。
「どこ見てるのよ!」と怒るが、それを無視する。
「奴らに何を打ち込んだんだ? 随分苦しそうだったが」
「お酒よ。カリビアン・スピリタスってやつを飲ませてあげたの。アルコール度数九十九パーセントっていう最高にハイになるお酒をね」
カリビアン・スピリタスはウォッカではない。ただの工業用アルコールを飲用として売っている粗悪な酒だ。
俺はこめかみを押さえながら、「で、あいつは生きているのか?」と聞いた。
「結構酔っ払っていたけど、急性アルコール中毒の薬を打っておいたから死なないと思うわ」
「そうか。それならいい」
ジョニーが「これからどうするつもりだ」と聞いてきた。
「キーのことだが、もしかしたらローズが持っているかもしれない。今ヘネシーが調べている……」
そう言って俺の推論を説明する。
「もし、キーがあったらどうするの? それを使って財宝をいただくの?」
いつもなら金のことになると前のめりになるのだが、あまりに大きな話で現実感がないのだろう。いつもほど強い興味を示さない。
「ブレンダを取り戻す交渉材料にする。といっても本当にあるかを確認してからだが」
そんな話をしていると、
「あったよ。前方トロヤ群の座標がキャニットのデータに入っていた。それと古い認証用のカードが出てきたよ。生体情報も個人認証コードもクリアされているみたいだね」
「個人を特定しないってことか。マスターキーみたいなものか?」
「マスターキーというか、スペアキーみたいなものだね。新たに登録するために空けてあるのかも」
「了解。座標はドリーも確認しているな」
『はい。七百年前のデータですが、トロヤ群内の観測データから現在位置を特定しています』
ヘネシーの部屋に行き、キャニットとカードを受け取る。
さすがに傷一つなく、元通りになっている。
「念のために聞くが、変な細工はしていないだろうな」
こいつの場合、機械を見ると改造しないと気がすまない。だから聞いたのだ。
「も、もちろん……ちょっと古い基盤があったから故障しないように取り替えたくらいだよ。情報の改変なんかしていないから、今までと同じ動きしかしないから問題ないよ」
どうも怪しいが、今は追及している時間が惜しい。
その足でローズの部屋に行き、調べたことを説明する。
「その中に大昔の海賊の財宝に関する情報があった。このカードも入っていた……」
俺の説明に目を見開いて驚いている。
「どうしてそんな物が……」
父親のことを話しては不味い気がした。
「さあな。だが重要なのはこれでブレンダを取り戻すことができる。こいつを俺に預けてくれないか」
そう言ってカードを持ち上げる。
「ええ、私が持っていても何もできないし……」
「分かった。後は俺たちに任せてくれ」
そう言って彼女の部屋を出ていった。
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