第12話「全力で逃げろ!」

 俺たちは奪った雑用艇ジョリーボートで懐かしのドランカード号に帰ってきた。

 懐かしのと言ったものの、船から離れてまだ二時間くらいしか経っていない。


 今のところマフィアたちは俺の行動に対し、何もアクションを起こしていない。恐らくおかしいとは思っているのだろうが、ボスであるロナルド・リコと連絡が取れないため、混乱しているのだろう。


気閘エアロックに接続したら、ジョニーと俺が突入する。ヘネシーは敵のシステムに偽情報を流すようしてくれ。シェリーはローズと共にエアロック内で待機だ。分かったな」


 ローズを除く全員が「了解」と答える。

 ローズは母ブレンダが捕まったままであることから、言葉少なに愛玩ロボットを抱き締めているだけだ。


「船を取り戻したら、ブレンダの救出方法を考える。俺たちに任せておけ」


 一応、励ましてみるが、反応はなかった。

 それでも彼女に関わっている暇はない。


 ガタンという音が響く。雑用艇の後部ハッチとエアロックがチューブで接続された音だ。


 ここからはほぼ無言で進めていく。

 戦闘用外装甲コンバットシェル、通称“装甲服”を着込んだジョニーが前を歩く。

 元々二メートルを超える大男だが、外骨格のお陰で更に五十センチほど背が高くなっていた。


 彼の手には制圧用の麻痺銃パラライズガンが握られている。

 自分の船を傷つけたくないということもあるが、マフィアたちを殺さないためでもある。

 ここであえて殺さないのは奴らの生体バイタル情報がスループに流れている可能性があるからだ。


 シンハーのように通信を遮断すれば問題ないが、今回は何らかの事情で通信を封鎖しているだけで異常はないと思いこませたい。他にも捕えたマフィアたちから情報を得たいという理由もある。


 チューブを通ると、一瞬だけ無重力になる。その浮揚感に吐き気に似た気持ち悪さがこみ上げるが、毎度のことなので一瞬感じる程度で済んでいる。


 エアロックのドランカード側の扉がゆっくりと開いていく。

 開き切る直前にジョニーが腕を突き出し、麻痺銃を乱射する。味方がいない前提の行動だが、そのいかにも宙兵隊という戦い方に、無意味に感心してしまう。


 扉が開き切ると、二人の男が倒れていた。

 一応ブラスターライフルを持ち、遮蔽物の後ろに隠れていたが、これほど強引かつ豪快にぶっ放されると思っていなかったのだろう。僅かに露出している部分に当たって麻痺したようだ。


「制圧完了だ。作戦通りにいくぞ」


 そう言って俺とジョニーが操縦室コクピットに向かう。


『お帰りなさい、船長キャプテン』という声が個人用情報端末PDAから流れてきた。


「問題なさそうだな」と答えると、『はい、船長イエス・サー』と即座に答える。


「ジーン船長殿・・・はどこにいる?」


『トレード興業株式・・会社所属のドランカード号船長、ジーン氏は船長室にいらっしゃいます。トレード興業株式会社という会社にドランカード号があるなら船長ですが、私のデータベースにはそのような船は登録されておりません』


 今回のトリックの一つが会社名を偽ることだ。

 ドランカード号を保有している会社名は“トレード興業有限会社”だ。そして、俺がジーンに指揮権を移譲した際に使った会社名は“トレード興業株式会社”。

 つまり、全く別の名前の会社名を使ったのだが、海賊のような奴らはそんな細かいことを気にしないのか、全く気づかなかったようだ。


 もちろん、ドリーが上手く演技して気づかれないようにしていたことも大きいのだろうが、通常の取引なら必ず船籍証明書なりを確認するし、普通のAIなら間違いを指摘する。

 ビジネスに疎いチンピラ上がりのマフィアでも無防備すぎるが、実際こんなものだろう。


 ただ、マフィアも弁護士を仲間に引き入れているから、街では使えない方法だ。今回は辺境の星系ということで法律の専門家が来る可能性が低いと思い、トリックを仕掛けたのだ。


『既にジーン氏他の非正規手段で乗り込んだ方々はご命令通り無力化してあります』


 ドリーが空調系に流した催眠ガスでジーンたちは意識を失っていた。


 今回、いろいろと策を弄したが、慌てて決めたわけじゃない。こんな事態に対する作戦が予め用意してあったのだ。

 もちろん通常の商船ならこんな用意はしていないのだろう。

 しかし、俺の仕事は非合法ではないものの、非合法の相手とやりあうことが多い。そのため、船を乗っ取られた場合などを想定した作戦がいくつか用意してあった。


「シェリーたちに連絡は?」と聞くと、即座に『済んでいます』と返ってくる。


「ジョニーはお休み中のお客様を安全な貨物室カーゴにお連れしろ。くれぐれも丁重にな」


「了解。宙兵隊流の特別スペシャルなやり方で案内しよう」


「頼んだぞ。だが、あまり時間を掛けるな。必要ならアンドロイドたちを使え」


 俺がそう言うと、片手を上げて出ていった。未だに装甲服を着たままだが、久しぶりに着られてうれしいのだろう。


 ヘネシーがコクピットに入ってくる。


「首尾はどうだ?」


「一応偽情報は流せたけど、ちょっと自信がないかな。パライソって船はいいんだけど、マリブが堅すぎて上手くいったか自信が無いんだ」


 彼の言葉に正直驚いている。

 ヘネシーは天才的な技術者だ。そして帝国でも有数のAIであるドリーの支援を受けている。

 船外という不利な状況だが、たかがマフィアの船に侵入できないとは思わなかった。


『ヘネシーの言う通りです。マリブのセキュリティは外部に対して非常に強固です。というより、外部からは例え仲間の船からであっても侵入できないシステムになっているようです。相当手馴れた指揮官がいるのでしょうね』


「不味いな。作戦を変更しないといけない……」


 本来はシンハーの通信システム不調を理由にベースに入るように見せかけてそのまま逃走するというプランだった。その際に敵の索敵システムに偽情報を流し、ステルス機能を全開にして消えるつもりだったのだが、一隻でも残っているとその手は使えない。


「シンハーのシステムはまだこっちのものか?」


『はい。動力系、兵装系を含め、すべて掌握しております』


「何をするつもりだい?」とヘネシーが聞いてきた。


「シンハーにマリブを攻撃させる。混乱したところで一気に加速して逃げる。上手くいくかは最初の攻撃次第だが、これしか思いつかん」


 すぐにドリーに攻撃命令を出す。


「主砲は時間が掛かるし、ばれる心配がある。副砲と対宙レーザーだけでいい。そいつらをマリブに向けて一斉に撃て。その直後にドランカード号は全速で発進する」


了解しました、船長アイアイサー


 即座にその命令は実行されるので、俺の方も神経系を操縦系に接続して準備する。


 ドランカード号のセンサーが俺の五感に変わる。

 宇宙そらに自分の身体が浮く感じが心地良く、すぐに心臓である対消滅炉リアクターの鼓動が大きくなる。


 俺の目にシンハーから発射された荷電粒子の束が見えた。


「発進する。最大加速!」


 グンという加速感と身体がきしむような圧迫感が襲う。


『マリブはすべて回避しました。どうやら予想していたようです』


 ドリーの報告に今の目である視線光学センサーをそちらに向ける。彼女の言う通り、ほぼ停止していたはずのマリブがきれいに射線を外していた。


「攻撃目標をパライソに変更。マリブの動きに注意しておいてくれ」


了解しました、船長アイアイサー


 ドリーの返事を待たずに針路を第五惑星メドゥーサに向ける。

 巨大なガス惑星が視界一杯に広がる。


 俺の雑な作戦ではシンハーの攻撃で混乱を起こし、その隙に巨大惑星であるメドゥーサの陰に入った後、ステルス機能をフルに生かして逃げ出すというものだった。

 しかし、マリブの船長が予想していたため、思ったような混乱が起きなかった。

 そんな気分をドリーが変えてくれた。


『今日の曲はこれでいかがですか?』


 その直後、軽快なジャズの音色が聴覚を刺激する。


「“モーニン”か。いつも通りいい選曲だ」


 軽快なリズムに乗り、回るように回避機動を行う踊る


「全員に伝えてくれ。敵からの攻撃を受ける可能性があるから、衝撃に備えるようにと」


 操縦系に接続していると、俺自身は声一つ出せなくなる。そのため、神経系に接続されているドリーに伝言を依頼するしかコミュニケーションを取る手段がない。


了解しました、船長アイアイサー


 案の定、マリブが発砲し始めた。

 まだ、加速して二十秒も経っておらず、速度は光速の〇・五パーセントにも達していない。距離も〇・〇四光秒、一万キロを超えた程度で、宇宙空間では目と鼻の先と言っていい。


 ドランカード号の回避パターンに俺の手動回避を加えていくが、最初から狙っていたのか、砲撃が掠めていく。


『シンハーがコントロールを取り戻しました。パライソはシンハーの砲撃で小破。まだ、いずれも攻撃には加わっていません』


 距離が離れたことから、ドリーとヘネシーによるシステムの侵入が切られたようだ。

 まだ攻撃に参加するほど混乱が収まったわけじゃないようだが、すぐに立ち直って攻撃してくるはずだ。


 時間的な余裕はあと何秒あるのだろう。

 こっちがメドゥーサの陰に入るにはまだ百秒くらい掛かる。それにマリブが加速を始めたから、それを振り切る必要も出てきた。


 不味い状況だと思うものの、打開する策は見出せない。

 今は回避する踊ることに専念するだけだ。


 少なくともシンハーの射程から逃げることができればマリブとの一騎打ちに持ち込めるが、それでも向こうの方が攻撃力があり危険であることに代わりはない。


 それにシンハーの射程から抜けるには三百秒近い時間が必要になる。その頃には充分な速度に達しているだろうが、それでも一隻から受ける攻撃と複数から受けるのではプレッシャーの掛かり方が全く違う。


 今は一刻も早く、メドゥーサの陰に逃げ込むことを最優先にすべきだと腹を括る。


『マリブが大きく迂回し始めました。予想針路を映します』


 マリブの機動はこちらの行動を読んでいるかのように、ドランカード号をメドゥーサの陰に入れないようにしている。ステルス機能を使うためには一瞬でもいいから死角に入る必要がある。そのことが分かった上で、シンハーと共同して死角をなくす機動を行ったようだ。

 実に嫌らしい動きで、海賊船というより軍の哨戒艦のようだ。


 そこで思いついた。


(……だとすれば、単独での行動よりチームでの行動に重きを置くはず。それに指揮権はシンハーにいるリコにある。マリブの船長が仕切れるなら不味いが、頭に血が上ったリコを相手にすべきだろう……)


 俺は思い切ってベクトルを変えた。

 今までメドゥーサの陰に逃げ込むための最適な針路を進んでいたのだが、それを思い切って変え、マリブから離れシンハーに近づくような針路に変更した。


 シンハーとパライソは未だに動いていない。

 シンハーはシステムのチェックに時間が掛かっており、パライソはシンハーの攻撃で受けたダメージから回復していないのだろう。

 軍の艦なら、小破程度の軽微な損傷で一時的とはいえ行動不能となることはありえないが、所詮素人に毛が生えたような海賊にはダメージコントロールが上手く行えないようだ。


『この針路でいくとシンハーから攻撃を受ける時間が増えますが?』


「構わない。危険なのはマリブだ。奴から逃げることが先決だ」


 最大加速度のまま、九十度針路を変えると、マリブも追従しようとベクトルを変えるが、ドランカード号より変更する角度が大きく、それまでの加速で得た速度を上手く利用できない。


『シンハーが動き始めました。主砲にエネルギーを充填しています……シンハーから通信です』


 ドリーの言葉が終わると、メインスクリーンに怒りに歪んだリコの顔が映し出される。


「死にたくないなら、今すぐ降伏しろ! 十秒だけ待ってやる」


 脅しを掛けてきたが、今更降伏などできない。


『返信しますか?』とドリーが聞いてきたが、「無視しろ」と命じ、そのまま加速を続ける。


 十秒後、シンハーが主砲を放つ。

 単発の砲撃では当たるはずもなく、空しく虚空を切り裂いていく。


『マリブが攻撃を再開しました』


 ドリーの声に後方のセンサーに意識を向ける。

 回避機動すら行わず、最大加速で追いかけてくるマリブが粒子加速砲を放った。


 後方と側方からの攻撃に冷や汗が流れるが、シンハーの砲手の能力が低く、マリブだけを気にしておけばいいと割り切る。


『二十秒後に進路を変更してください。これでマリブとの間にメドゥーサを入れることができます』


「了解。シンハーの射程を抜けるにはあと何秒だ?」


『あと百秒です。ですが、七十秒後にメドゥーサの陰に入ります』


「了解」と答えるが、これで何とかなると安堵する。


 ドリーの指示通り二十秒後にメドゥーサの陰に入るように針路を変えるが、マリブは針路を変えることなく追跡してくる。あの船長なら別な手を打つと思っていたので、違和感を覚える。


「マリブの動きがおかしいが、理由は分かるか?」


『傍受できた通信を解析した結果ですが、マリブのクバーノ船長からパライソを追跡に回し、自分はメドゥーサの反対側に回りこむと具申があったようですが、シンハーからまっすぐ追うように指示が出ています』


「未だにパライソは動けないのか? もう三分以上経っているが?」


 パライソはシンハーからの攻撃を受けた際、外殻と対宙レーザーの一部を破壊されただけだ。通常なら一分以内に再起動している。それが三分以上も掛かっていることから疑問を持ったのだ。


『スプリッツァー船長は対消滅炉リアクターを急いで再起動しようとして、逆に自動停止トリップさせてしまったようですね。現在、再起動シーケンス中のようですが、スキップすべき手順が分からず、時間が掛かっているようです。機関士を含め、船の運用に慣れていないようです』


 シンハーのシステムに侵入したことから、マフィアたちの暗号通信はすべて筒抜けになっている。マリブの船長クバーノは気づいているかもしれないが、頭に血が上ったリコは気づいていないらしい。


「死角に入ったらステルス機能を目一杯掛けてメドゥーサの衛星軌道上の浮遊物に紛れ込む。そのあとは向こうが諦めるまで隠れ続けるぞ」


了解しました、船長アイアイサー


 死角に入ったところで加速から減速に切り替え、手近な氷塊に張り付くようにベクトルを変える。


 大型惑星であるメドゥーサには薄いが氷でできた環がある。その環は電波などのアクティブ系の探査が難しくなるだけでなく、光学系のパッシプ系探査に対しても見つけにくくしてくれる。


『同期完了です。機関を停止しますか?』


「そうしてくれ」と言って操縦系から神経を切り離した。


 マリブとパライソ、更にメドゥーサベースから発進したスループによる捜索が行われたが、五時間後に諦めてベースに戻っていった。

 何とか逃げ切ることに成功したが、まだブレンダはリコの手の内に残ったままで、このまま逃げ出すわけにはいかない。

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