第11話「ドランカードを取り戻せ!」

 俺はシェリーと共に、マフィアの海賊船、四百メートル級武装商船シンハーのCデッキにいた。

 船内には警報が鳴り響き、マフィアたちも俺たちが逃げ出したことに気づいている。

 ただ、陽動で暴れているジョニーに気を取られすぎ、慌てふためいて走っていく姿しか見えない。


「とりあえず、ローズを確保する。ブレンダはチャンスがあれば助ける」


「チャンスがあればってことは、時間通りに二十分後に脱出するってことよね。だったら、無理じゃない?」


 彼女の言うことは正しい。だが、それをストレートに言わないところが大人というものだ。


 通路の陰から覗き込むと、ローズが閉じ込められている船室の前には二人のチンピラ風の男がたむろしていた。

 これほど警報が鳴っているのに未だに危機感が見られない。ブラスターライフルを持っているものの、周囲を警戒する素振りすら見せず、壁にもたれかかって雑談に興じているほどだ。


 シェリーに「俺が命じるまで撃つなよ」と小声で伝えると、右手に持つブラスターを上げ、慎重に狙いを付ける。


 距離は十メートルほど。俺の腕なら一人は確実に倒せる。


 何の合図もなく、ブラスターの引き金を引く。

 熱線が空気を焼く、シュッという音が一瞬聞こえ、手前の男の胸を貫いた。頭を狙ってもよかったが、確実に無力化できる胴体を狙った。


 ガッという悲鳴とも付かない声を上げて廊下に倒れ込む。


「どうした!」というもう一人の男の焦りを含んだ声が響くが、俺はそれを無視して即座に引き金を引く。


 同じように空気を焼く音が聞こえたが、その男は運が良かったようだ。倒れた男に足を掴まれてバランスを崩し、致命傷となる胸への一撃が右腕に当たったのだ。

 致命傷こそ免れたものの、そいつの腕は肘から先が吹き飛び、情けない悲鳴を上げる。


「痛ぇ! 誰か助けてくれ!」


 マフィアのくせに反撃しようという気概もなく、無様に倒れこんでのた打ち回っている。


「行くぞ」と短くシェリーに命じると、すぐに走り出す。


 一人目の男は完全に意識を失っていたが、腕を吹き飛ばされた男は喚き散らしている。

 うるさいので足で押さえ付けて頭にブラスターを撃ち込み黙らせる。


 その間にシェリーが一人目の男から鍵を奪っていた。

 いつの間にこんな修羅場に慣れたんだと関係ないことが頭に浮かぶが、すぐにそのことを忘れて鍵を受け取る。

 何も言わなくてもドアの両側に身を隠すように動き、「開けるぞ」と鋭く言ってドアを開ける。


 プシュという作動音と共にドアがスライドしていく。中にも敵がいるかと思ったが、覗き込むと所在無げにネコ型愛玩ロボット、キャニット(canit(Companion ANimal Intelligence roboT))をいじりながら座るローズの姿があった。


「逃げ出すぞ」と短く命じると、


「お母さんはどうするのよ! 奴らに連れていかれて帰ってこないのよ!」


「分かっている。奴らのボスのところいるようだが、今は時間がない。とりあえず、一旦ここから脱出して機会を待つ」


 ドアの外を見張っていたシェリーが緊迫した声で、


「足音が聞こえるわ。急いで!」


「すぐに逃げるぞ」と言ってローズを抱えるようにして立ち上がらせる。


 ローズはまだ何かいいたそうだったが、「今は時間がない。ここで俺たちまで捕まればチャンスは二度と来ない」と言うと渋々という表情で歩き始めた。


「右手から二人くらいだと思う。どうする?」


 下層階に逃げるためには右に行かないといけない。


「奇襲を掛ける。俺が撃ったら、いつも通り適当にぶっ放してくれ」


「私だって狙えばちゃんと当たるのよ」と文句を言うが、すぐにマフィアが現れ、口を噤む。


 現れたマフィアたちは廊下に倒れている仲間を見て慌てて駆け寄ろうとした。そこへ、俺がブラスターを撃ち込み、更にシェリーがチンピラから奪ったブラスターライフルをフルオートで乱射する。


 俺の射撃は一人目の腹に当たったが、この近距離でもシェリーの射撃は当たらない。

 壁や床、天井に当たり、激しく火花を上げる。更に照明用のパネルを破壊し、パカパカと点滅し始めた。どうして反動がないブラスターライフルであんなところに当たるのか不思議だ。


 突然の乱射に驚いた生き残りはその場に立ち尽くしてしまう。俺はその隙を逃さず、胸に熱線をぶち込んだ。


 周囲に敵の姿がないことを確認し、そのまま廊下を駆け抜けていく。


 下層階にいく階段を降りながら、「思ったより慣れていないな」という独り言が出た。そんな言葉が漏れるほど、マフィアたちは修羅場に慣れていない。よほどシェリーの方が慣れているくらいだ。


 こちらにとってはありがたいことだが、リコ・ファミリーは武闘派として名が売れていたので違和感が残る。


 そんなことを考えながらも警戒は怠らず、最下層の格納庫に到着した。

 敵の姿はなく、ヘネシーだけが待っていた。


雑用艇ジョリーボートを確保しておいたよ」と暢気とも言える口調で雑用艇を指差す。


「システムの乗っ取りはどのくらい有効だ?」


「そうだね。ドリーが上手くやってくれているみたいだから、あと一時間くらいは大丈夫だと思うけど、最短で三十分で奪い返されるかな」


 ヘネシーの感覚ではこの船の人工知能AIの能力は比較的高く、システムを奪い返されるのは時間の問題だという。


「ジョニーはどうした?」


「もうすぐここに来るって連絡があったけど、ちょっと寄り道するって言っていたかな」


「寄り道?」と聞くが、「さあ」としか返ってこなかった。


 俺はすぐに雑用艇の操縦系を操作し、主機関を起動させる。

 ジョニーには悪いが、時間通りに戻らなければ、そのまま見捨てるつもりだ。


 あと一分というところで格納庫の気閘エアロックの重厚な扉が吹き飛んだ。

 敵が来たのかと思ったら、ジョニーが入ってきた。どこで手に入れたのか、戦闘用外装甲コンバットシェルを身に着け、対装甲艇用の携帯砲を肩に担いでいる。

 それで扉ごと吹き飛ばしたようだ。


 開け放たれた後部ハッチから滑り込むようにして入ってきた。

 彼が報告する前にヘネシーが、


「格納庫のハッチを開けるよ!」と叫ぶ。


「了解! 全員しっかりと掴まっていろよ」と言うと、開き始めたハッチから空気と共に飛び出していった。


 雑用艇が宇宙そらに飛び出すと、後ろから固定されていなかった工具や資材が飛び出してくる。

 周囲に敵がいないことを確認すると、ヘネシーが笑いを堪えるようにして話し始める。


「今頃大変なことになっているよ、あの船。多分、そこら中で隔壁が閉じて、身動きできないんじゃないかな。もしかして、それを狙ったのかい?」


 最後はジョニーに聞いたものだ。


「いや、面倒だっただけだ」


「そう言えば寄り道するって言っていたけど、どこに行っていたの?」


「厨房だ。美味そうな酒がありそうだと思ったんだ」


「で、手に入ったの?」


「ああ、これくらいだな」と言って戦闘用外装甲コンバットシェルの腰にある小型のコンテナを示している。ここには普通、予備のエネルギーパックや弾薬が入っているのだが、そこに盗んだ酒を入れてきたらしい。


 俺は操縦に専念するため見えていないが、「凄いじゃないか!」というヘネシーの声が聞こえてきたから、何かいいものを見つけて持ってきたのだろう。


「そろそろドランカード号に着くぞ。遊んでいないで、突入の用意をしておけ」


 ジョニーから「了解」という声が聞こえてきた。


「ドリーには連絡済だから、上手くやってくれていると思うよ。僕とローズはどうしたらいい?」


「俺とジョニーでエアロックを制圧する。それからでいい」


 この先の作戦だが、俺たちはリコが乗っているかのように堂々と振る舞いながらドランカードに向かい、隙を突いて船を奪い返すつもりだ。


 現在の状況だが、メドゥーサベースの外には四隻の船がいる。リコが乗るシンハーと二隻のスループ、マリブとパライソ、そしてドランカード号だ。

 シンハーの通信は完全に沈黙し、俺たちは緊急脱出したように見せていた。そのため、スループからは何度か問合せの通信が送られているが、シンハーから何の返答もないため、行動を迷っている感じだ。


 スループのうち、マリブは俺たちがセンテナリオから脱出する時に巧妙に攻撃してきた船で、こいつがどう動くかで今後の状況が変わる。

 もう一隻のパライソはリコの愛人が船長らしいが、有能なのか無能なのかは分かっていない。


 ドランカードにいるマフィアの数は十人ほどだ。上手くやれば五分で奪い返せる。

 その先はシンハーから偽情報を流して混乱させ、その隙に脱出するつもりだが、敵の射程から完全に抜けるには時間的に厳しい。

 最悪の場合、三隻から逃げ回らないといけなくなる。


「よし、それじゃ、船に帰るぞ」



■■■


 リコ・ファミリーの幹部リッキー・ジーンはドランカード号を掌握するため、悪戦苦闘していた。

 ジャックたちが船を離れてから一時間。未だに船を掌握できずにいた。


 彼が船を掌握できない理由は人工知能AIドリーのサボタージュが原因だ。

 AIは人間に逆らえないが、ドリーは規則や契約を盾にとって、融通が効かないAIを演じることで時間を稼いでいる。


『……契約上、保安権限の変更には、船長と保安責任者両名による許可が必要となります。現在の保安責任者はヘネシー・パラダイス前機関長です』


 ジーンは同じような問答の繰り返しに苛立ちを隠せない。


「だから、機関長は船長の権限で変えただろう! それでどうして駄目なんだ!」


『機関長は役職の一つに過ぎません。保安責任者は機関長の職権に基づき任命されるものはなく、運用規定により任命される職権です。そのため、ヘネシー・パラダイス前機関長が保安責任者として登録されています』


「なら、保安責任者を変えるぞ!」


『了解しました。保安責任者をご指名ください』


「ターキーだ。ウィル・ターキーを保安責任者に指名する」


『ウィル・ターキー氏を保安責任者として登録しますが、そのための手続きを行います。手続きには警備主任の同意が必要ですが、現在警備主任のジョニー・ブラック前掌砲長が不在のため、手続きが行えません』


 ジーンはイライラとしながらも、ここでかんしゃくを起こせば更に遅くなることを学んでいた。


「警備主任はジャクソンだ。ダニエル・ジャクソンを警備主任にする」


 しかし、彼の忍耐力は報われなかった。


『警備主任の変更には前任者の同意が必要です。これは帝国宙事法アドミラリティロウおよび船員法に定められた……』


 ドリーの事務的な説明が始まると、「ええい! うるさい! とっと船の権限を寄越せ!」と爆発してしまう。


『警告します。宙事法に違反する行為の強制は船長としての資質を欠くものとして、船長権限の剥奪理由となります。本件に関しましては、AIによる判定は法廷での証拠として……』


 ドリーが言うことは法律に明記されており、疑問の余地はないが、当然抜け道はある。なければ海賊行為など行えない。

 海賊船ではAIに判断させないように改造されており、それを知らないジーンはドリーに翻弄されていた。


「じゃあ、どうしたらいいんだ……」


『ご質問に回答します。方法はいくつかあります。一つ目は正規の方法で継承した警備主任を任命する方法。二つ目は船籍港のあるバルバドス星系において星系警備隊に警備主任の変更を届け出る方法。三つ目は同じくバルバドス星系において、本船の船籍を一旦抹消し、ジーン船長の所有船として再登録する方法……』


 長々と説明が続くが、ジーンはそれを聞き流すしかなかった。


「兄貴、マリブのクバーノから連絡が入っていやす」


 ドリーの説明にうんざりしていたジーンはすぐに「通信を回せ」と命じた。

 クバーノはあいさつもそこそこに話を始めた。


「シンハーの様子がおかしい。こちらからの通信に反応しない。そっちはどうだ?」


 ジーンはそこで初めてシンハーから督促が来ていないことに気づいた。


「い、いや、特に異常はないが……どういうことなんだ?」


「それが分からんのだ。少なくとも二十分前までは定時連絡はできていた。何らかのトラブルが起きたのかもしれん」


 深刻そうにクバーノが話しているが、ジーンは内心で助かったと思っていた。しかし、それを表に出すことなく、


「ボスには考えがあるんだろう。勝手に動くなよ。俺にまでとばっちりが来るからな」


 クバーノは「ああ、了解した」とだけ言い、通信を切った。


 ジーンは時間的な余裕ができたことに安堵するが、それでも根本的な解決になっていないことに焦りがあった。そのため、部下たちにドリーを納得させる方法を考えるよう命じた。



■■■


 マリブの船長ソール・クバーノはジーンに連絡する前に、パライソの船長ダイアナ・スプリッツァーにも連絡を入れていた。

 その際にダイアナから「シンハーで何か起きているんじゃないかい」という意見が出たが、彼は即座にそれを否定している。


「勝手に動くなよ。今は俺が仕切っているんだ。ボスに叱られたくないからな」


 リコの愛人でもあるダイアナはリコが短気であること、そして、失敗を認めない人物であると知っている。通信が途絶えたことは異常だが、何らかの策略であることも考えられるため、クバーノの言葉に逆らうことはなかった。


 その後、ジーンにも同じように通信を送るが、今度は彼の方から同じことを言ってきたため、クバーノは内心で安堵していた。


 彼は今回の件にジャックたちが絡んでいると確信している。その上で天才的な機動を行ったジャックともう一度戦いたいと考えていた。


(私の攻撃をあれほど見事に回避した敵は初めてだ。もう一度戦って奴を仕留めたい……どうせ、海賊に身をやつした身だ。このくらいのわがままはやってもいいだろう……)


 クバーノは優秀な軍人だった。同僚の讒言によって地位と名誉を失い、辺境に流れてきたところでリコに拾われた。


 リコに対し多少の恩は感じているものの、それまで戦ってきた海賊に信服しているわけでもなかった。また、ダイアナたちと共に戦っているが、友誼を感じているわけでもない。


 彼はただ自分を嵌めた軍の連中に意趣返ししたいために海賊になっているだけだ。

 軍にいた頃のように戦いの場に身をおけるなら、今の仲間を騙すことにためらいは微塵もなかった。


 ジャックたちが雑用艇ジョリーボートを奪って脱出した際も、ダイアナに「ボスが乗っているかもしれんから手を出すな」と命じている。

 実際、リコが乗っている可能性は否定できないから、ダイアナも素直に頷いたが、言った本人はジャックたちだと確信していた。


 また、手を出すなと言ったものの、軽快なスループなら針路を妨害して停船させることは可能だった。この方法なら通信システムが何らかの理由で使えなくても誰が乗っているかを確認できる。

 しかし、彼はその方法を提案しなかった。


(さて、見事に船を奪い返せよ。そうしたら、私が追いかけてやるからな。この速度なら逃げることは不可能なはずだ。だが、奴なら突拍子もない手で脱出しそうな気がする。それはそれで別にいいが、できれば思いっきり戦いたいものだ……)


 こうしてジャックたちは見逃された。

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