第10話「ここからは俺たちのターンだ!」

 スミノフ大佐率いる帝国軍の哨戒艦隊パトロールフリートが全滅した。

 ドランカード号に脱出する術はなく、降伏しか生き残る方法はない。


 マフィアに連絡を入れた後、俺はキャビンに行き、ブレンダ・ブキャナンに「すまないが、相手が一枚上手だった」と言って頭を下げる。

 彼女はどう言っていいのか分からず、娘のローズを抱き締めている。


「だが、諦めないでくれ。俺たちも最善を尽くす」


「ええ……でも……」


「まだ、逆転の目がないわけじゃない。信じてくれ」


 そう言って彼女の腕を軽く掴み、その美しい瞳を見つめる。


「できる限りその簡易宇宙服スペーススーツは着ておいてくれ。そいつが逆転のきっかけになるかもしれないから」


 そこで黙っていたローズが噛み付いてきた。


「もう駄目に決まっているわ! 軍でも駄目だったのよ!」


 その瞳には涙が浮かんでいる。これから先のことで絶望しているのだろう。


「諦めなければ何とかなるもんだ。いや、何とかしてみせる」


 そう言って頭に手を置き、ハンカチで彼女の涙をふき取る。


「本当に逃げられるのでしょうか? 娘だけでも何とか逃がしてください!」


「大丈夫だ。信じてくれ」と言って微笑み、


「だが、契約では二人をバルバドスに連れていくことになっている。だから二人とも必ず助け出す」


 そこで一旦言葉を切り、ニヤリと笑う。


「俺は契約を守る男だからな」


 俺のつたない演技でも多少は落ち着いたのか、ブレンダは「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 実際、全く手がないわけじゃないが、かなり分が悪い賭けだ。



 一時間ほどで大型艇ランチが一艇接近してきた。

 その頃にはロナルド・リコが乗る四百メートル級武装商船シンハーと二隻のスループ以外はメドゥーサ拠点ベースに入港していく。


「証拠を隠滅する前に奪えるものは奪っておこうって感じか。マフィアらしいが、お陰でチャンスができた」


『大丈夫でしょうか? 私には成功する可能性が著しく低いと思えるのですが?』


 人工知能AIのドリーがそう言って心配するが、


「やらなくても死ぬ。成功しなくても死ぬ。ならやって損はない」とジョニーがスコッチを片手に呟いている。


 その酒は最高級の物で、マフィアの連中に奪われるくらいならと先ほど開けたものだ。既にボトルの半分が無くなっているから、飲み切るつもりなのだろう。


「仕事があるんだ。あまり飲みすぎるなよ」


 一応苦言は呈しておくが、グラスを軽く持ち上げるだけで改める気はないようだ。


「私のワインはどうしよう……」とシェリーはワインのボトルが入ったケースを持ち、あたふたとしている。


 命がヤバイという時に酒の心配ができる心臓に、驚くより呆れる。しかし、そのお陰で誰も緊張せずに済む。


「ヘネシーの研究室ラボの中にでも隠しておけ。あのガラクタの中身を見ようという物好きはいない」


「ガラクタは酷いよ。田舎の大学の研究室よりよっぽど使える物ばかりなのに……」とヘネシーが文句を言い始めるが、シェリーがそれを遮る。


「駄目よ。ガラクタごと捨てられてしまうわ……対消滅炉リアクターの制御盤の中に隠しておけば……そこも駄目ね。最初に開けられそうだし……」


 そういいながらコクピットを出ていった。


「どこに行くつもりなんだ? まあ、気が済めばいいんだが」


 いつも通りの俺たちにドリーが呆れたような声音で話しかけてくる。


『本当にいつもと変わらないんですね……フフ。私もお酒が飲めればと思うことがあります』


「そうだな。一緒に飲めたら楽しいだろうな……」


 そこで『マフィアの大型艇ランチから連絡です』と言って俺の言葉を遮った。


『エアロックへの接続を開始するとのことです』


 その報告に片手を上げて応えると、船内放送のマイクを取る。


「全員エアロックに集合だ。見える範囲・・・・・に武器は持つな。エアロック開放のサインが点灯したら両手を頭の上に上げて待つんだ。乗客の二人は荷物を持ってきてくれ。但し、必要最低限にしておいてくれ」


 五分後、エアロックに全員が集合した。

 内側扉が開放する赤色のランプが点灯し、空気の抜けるプシュという音と共に重厚な扉がゆっくりと開く。


 中からリコ・ファミリーの幹部、リッキー・ジーンと五人の若いチンピラが入ってきた。

 こっちが抵抗しないと分かってやっているのか、それとも単に緊張感がないだけなのかは分からないが、指揮官であるジーンが先頭になり、無警戒に入ってきた。


 無防備なことにヘルメットを被っておらず、ブラスターを構えることなく手に持っているだけだ。

 危機管理の酷さに呆れるが、お陰で僅かだが勝機が見えてきた。


 ジーンはスクリーンで見た時もデカイと思ったが、目の前に立つと更に大きく見える。身長二メートルを超えるジョニーに匹敵する感じだ。

 ただ、ジョニーのように鍛錬しているわけでもないようだ。

 あごはたるんでいるし、無様に腹も出ている。それを見たジョニーが両手を上げたまま、“こいつは駄目だ”とでも言うように、小さく首を振っている。


「俺がこの船の船長、ジャック・トレードだ。大人しくしているんだから、乱暴な真似はしないでくれよ」


 そう言って媚を売るように無理やり笑みを作る。


「船長の権限を寄越せ。変な小細工をしたら、その場で殴り殺すからな」


 そう言って凄みを利かせるように睨む。ボクサー崩れのような顔で堅気なら萎縮するのだろうが、俺も素人じゃない。この程度の脅しでビビることはない。

 しかし、「了解したよ」と言いながら、不自然にならない程度に目を逸らしておく。


「なあ、手を上げ続けるのはしんどいんだよ。手錠でも何でもいいから下げさせてくれないか」


 そう言うとジーンが手下にあごをしゃくる。

 二十代半ばくらいの長髪の男がじゃらじゃらと手錠を持って前に出てきた。


「こいつは戦闘サイボーグ用の手錠だ。そこのデカブツが暴れてもビクともしないからな」


 確かにその手錠は宙兵隊や軍警察MPが戦闘サイボーグを拘束する時に使うもので、頑丈さは折り紙つきだ。

 俺はそれを見て僅かに安堵の息を吐き出していた。予想していた物で、これで更に勝ち目が上がったからだ。


 手下の男が俺たち四人に手錠を掛けていく。


 シェリーが色目を使って「あたしはいいでしょ。こんな人たちと違って、か弱い女の子なんだから」と言ってみるが、ジーンは「黙っていろ」と言うだけで全く相手にしない。

 これはジーンが鉄の意思を持っているというわけではなく、シェリーに女優としての才能がなかっただけだろう。


 ジョニーには念を入れるためか、手錠が三つ付けられる。更に脚用の拘束具も付けられ、まともに歩くことすらできない。

 俺たちはさすがにそこまで酷くないが、それでも後ろ手にされて手錠を掛けられている。


「お前以外、全員ランチに乗り込め」と言って俺だけが残される。


 その後、操縦室コクピットに行き、指揮権の引継ぎを行う。


「トレード興業株式・・会社社長ジャック・トレードは当社所有の航宙船ドランカード号の指揮権をリッキー・ジーン殿に引き継ぐものとする。また本船の所有権も合わせて譲渡する……このことは正規の航宙日誌ログに記載の上、直ちに効力を発揮するものとする。トレード興業株式・・会社社長ジャック・トレード」


 そこでジーンの顔を見て、「これであんたが船長だ」と言い、


「約束は守ったんだ。命だけは助けてくれ。何でもするから」


 卑屈にそう言うと、ジーンは満足げな笑みを浮かべ、手下に俺を連れ出すよう命じた。


 大型艇ランチに入ると、そこには長いすの下に転がされているジョニーと、隅の方に固まっているヘネシーとシェリーの姿があった。

 ブレンダとローズの二人は前の方に座らされている。


 いきなり大きくランチが揺れる。一瞬故障かと思ったが、単に操縦士の腕が悪かっただけだった。


「下手くそが」と毒づくが、すぐに周囲を見回し、状況を確認する。


 二人いる監視役は俺たちが大人しくしていると信じ切っているのか、二人で雑談に花を咲かせている。


 しばらくすると、人口重力が切り替わる気持ち悪い一瞬があり、武装商船シンハーに到着したことが分かった。

 大型艇ランチが格納庫に固定されるガチャンという音が聞こえ、後部のハッチが開かれる。


 そこにはシンハーの船長、キリー・ダイと彼の部下らしい十人くらいの武装した男が待っていた。


「何でも屋たちはバラバラに閉じ込めておけ! 奴らの船を完全に掌握するまで殺すな。女と娘はすぐにボスのところに連れていけ」


 それだけ命じると、俺に向かって「無駄な抵抗をすれば即座に殺す」と吐き捨て、格納庫を出ていった。


 商船を含め、航宙船には無理に奪われた場合の措置として、船長や乗組員クルーの生存が確認できず、船の指揮権を奪われた場合に自爆することがある。

 それは海賊行為に利用された場合、船の所有者が損害賠償を請求される可能性があるためだ。


 ドランカード号にも同様の措置がなされている。俺の場合、所有者と船長が同一だから必要ないのだが、保険の割引が適用されるため、保険会社の言う通りにしているに過ぎない。


 手下たちに後ろから小突かれながら、格納庫と同じデッキにある営倉に連れていかれる。

 一応警戒しているのか、別々の部屋に放り込まれた。


「独房に入れるなら手錠を外してくれ」と頼んでみたが、「ボスの命令だ、我慢しろ」と言われて終わってしまう。しかし、こういったことに慣れていないのか、お座なりの検査しかしていない。


 放り込まれる間際にジョニーとヘネシーに「無駄に暴れるなよ」と注意し、従順であることをアピールしておく。

 それで安心したのか、監視のために二十歳くらいの若造が一人、モニターの前に座っているだけで、他はすべて出ていった。


 俺は監視カメラの死角になるように壁に背中をつける。

 そして、スペーススーツの手首のところに隠してある、電子ロックの解錠装置を起動する。


 こいつは繊維に模したマイクロマシンで、帝都のある研究所からヘネシーがパクッてきた物がベースになっている。

 詳しくは知らないが、大きな違いは汎用性のあるところらしい。一度ヘネシーに聞いたが、千分の一も理解できなかったから本当のところはよく分かっていない。


 医療用のマン-マシンインターフェース素子に似ており、糸が伸びていくように手錠の回路部分に侵入していく。


 宙兵隊や軍警察MPで使用している手錠は、規律違反の兵士を拘束するための物だ。戦闘用サイボーグも多数いるから、頑丈さだけ・・は折り紙つきだ。

 ただ、軍で使われる前提であるため、テロリストや重犯罪人に使用されるものではなくセキュリティは比較的甘い。そんな奴らのための拘束具は別の物があるからだ。

 ヘネシーが魔改造した装置があれば、一分もあれば解除できるだろう。


 ただ、こんな怪しげな装置が存在していると知っているのは、軍の研究機関にいるような奴しかいない。実際、宙軍士官だった俺も、宙兵隊下士官だったジョニーも軍で使っている手錠は鍵がなければ開けられないと思い込んでいた。


 予想通り一分で、“ピピ”という小さな電子音がなる。そして、“ガチャ”という音と共に手錠が外れた。

 耳を凝らしていれば聞こえるはずだが、個人用情報端末PDAに夢中になっている男には聞こえなかったようだ。

 同じように複数の箇所から電子音が聞こえた。数が多いジョニーがまだ梃子摺っているようだが、ヘネシーもシェリーも上手くいったようだ。


 ジョニーが大きく咳払いをし、解錠できたことを知らせてきた。

 それを合図にシェリーが監視役を呼ぶ。


「ねぇ、ちょっときて!」


「何だ! うるさいぞ」と言いながらも彼女の独房の前にいく。


「あの……トイレに行かせてほしいんだけど……」


「駄目だ。そこから出すなと言われているんだ」


「そんな……分かったわ。だったら、スペーススーツを脱がしてよ。それならいいでしょ」


 どんな表情で言っているのかは分からないが、若造は美女のスーツを脱がすということに心魅かれたのか、立ち上がった。


「仕方がないな。だが、抵抗するなよ」と言って独房の鍵を開ける。


 男が中に入り、「手錠があるから、下だけしか脱がせられないぞ」といやらしい口調でシェリーに話しかけた。

 次の瞬間、ドンという鈍い音が響き、「ウッ」という小さな悲鳴が響く。一分ほどバタバタと足掻く音が続いたが、その音も消えた。


「鍵を持っているわ。今から開けるから待っていて」


 その言葉を聞き、半ば外れていた手錠を放り出す。


 独房の外に出たところで、シェリーが倒した男を見る。頭から血を流し、更に首をワイヤーで絞められて絶命していた。このワイヤーもスペーススーツの一部だ。


 こいつは直径一ミリ、長さ五メートルほどの強化繊維だが、物自体はスペーススーツなどに使われる一般的なものだ。ただ、簡単に抜き出すことができ、フックを引っ掛けるため両側が輪になっている。

 本来の使い方はベルトのバックル部分に隠してあるフックと合わせて、ロープ代わりにするものだが、拘束具や武器にも使える。


「こんなものを使う日が来るなんて思っていなかったわ。でも、ちゃんとできたでしょ」


 そう言ってニコリと笑う。

 俺自身も数度使ったことがあるだけで、シェリーは今回初めて実戦で使った。


「よくやった」と褒めておく。こいつはこういう時に褒めないと拗ねるからだ。


 無用心なことに俺たちから奪ったPDAが近くに置いてあった。それを渡しながら、周囲のロッカーを漁ると、囚人を制圧するためのレイガンやブラスターライフルが出てくる。

 それらを渡しながら、三人に指示を出していく。


「ジョニーは大型の武器を奪って暴れてくれ。その間にヘネシーはどこかの端末からこの船のシステムに侵入して無力化しろ。ドリーの支援が受けられるなら受けてもいい。システムを無力化したら、ジョニーと合流して格納庫に行ってくれ。シェリーは俺と一緒にブレンダたちを探す。時間は二十分。それ以上は助けられなくても格納庫に向かう……」


 簡単な指示を出すが、捕らえられる前に作戦は考えてあり、既に全員がここの配置図レイアウトは頭に入れてある。全員が一斉に目的地に向かって走り出した。

 シェリーと共に上の甲板デッキに向かう。


「恐らくだが、Cデッキ辺りの船室に連れていかれているはずだ。ヘネシーがシステムを乗っ取ったら場所は分かるが、時間が惜しい。とりあえず上に向かうぞ」


「了解」とシェリーが短く答える。


 脱出と共に警報がなるかと思ったが、軍ほど訓練されていないのか、異常に気づいていない。

 まあ、こんな事態を想定しているマフィアがいたら、そっちの方が驚きだ。


 意外に乗組員がいないのか、それとも下層デッキに人が少ないだけなのかは分からないが、人の気配がほとんどない。それでも時々、人の声が聞こえ、物陰に隠れてやり過ごす。


 PDAからヘネシーの声が聞こえてきた。


『ドリーと繋がったから、五分は掛からないと思う……うん? いや、もう乗っ取れたよ。何で?』


「どういうことだ?」と聞くと、


『この船のセキュリティは恐ろしく古いよ。船だけじゃなく、システムまで旧連邦時代にものみたいだ』


「罠じゃないのか?」


『大丈夫、完全に乗っ取れたから。二人のいる場所だけど……ローズはCデッキの船室にいるけど、ブレンダはBデッキの船長室みたいだ。監視カメラでみる限りは尋問しているようだけど……あっ!』


 その瞬間、警報が鳴り響く。


『警告! 制御系システムに異常! 本船の行動に重大な損傷を招く恐れあり! 繰り返す!……』


 艦の警報システムの機械的な音声が流れる。


「ヘネシーは格納庫に向かえ! 俺たちはとりあえず、Cデッキに行く!」


 ジョニーからは何の連絡もないが、もうそろそろ暴れ始める頃合だろう。


『Eデッキ兵員室付近で火災発生! 自動消火装置不作動! 緊急対策要員は緊急時対応ERガイドラインに従い、消火活動を開始せよ! 繰り返す!』


 ジョニーが暴れ始めたのだろう。

 訓練されていないならず者にERGが理解できているとは思えないが、軍人崩れがいないとも限らない。

 俺はシェリーと共に混乱する通路を走り始めた。


■■■


 帝国惑星開発公社の支社長ロバート・ブキャナンと辺境フロンティアマフィアのロナルド・リコは対立しているように見せながらも、実際には上手く付き合っていた。

 リコは政府の代表であるブキャナンの権力を、リコは闇組織の資金力を利用しあっていたのだ。


 そのブキャナンが宇宙海賊王と呼ばれた旧銀河連邦の私掠船プライベータ船長バルバンクールの財宝の情報を見つけたから、手を貸せと言ってきた。


 最初はリコも与太話だと思った。

 しかし、ブキャナンが持っていた情報はバルバンクールの乗っていた私掠船マイタイの航宙日誌ログと航宙データで、今まで誰も見つけられなかったものだった。

 独自に調査すると間違いなく本物で、ブキャナンはリコが手を貸さないなら、別のマフィアに声を掛けるといい、疑り深いリコも数十億クレジットと言われている財宝を前に彼を信用するしかなかった。


 ブキャナンはリコから数百万クレジットの金を借りた。

 理由は財宝を手に入れるため、レポス星系の小惑星帯の権益の一部をブキャナン個人が所有する会社が買い取るための布石だった。

 そのための資金と更にに帝国政府の高官を抱き込むための賄賂ということで、ブキャナンが言う通り、第五惑星メドゥーサの前方トロヤ群の小惑星の開発の権利を手に入れていた。


 もちろん、リコもブキャナンを無条件に信用しているわけではなく、ことあるごとに財宝の情報を奪おうと考えた。

 しかし、帝国の貴族階級であり、政府の外郭団体である開発公社の支社長のガードは堅く、簡単には情報を奪えなかった。


 リコの行動が裏目に出て、ブキャナンは警戒するようになった。

 そこでリコはマフィアらしい強引な手を使うことにした。ブキャナンの妻ブレンダと娘ローズを誘拐し、その身柄を使って財宝の情報を手に入れようと考えたのだ。


 しかし、ブキャナンは既に先に手を打っていた。軍の派遣を待たずに優秀な仲介人エージェントモルガンを使って高飛び屋を雇い、妻と娘を逃がした上で、自分は防備の堅い公社に立てこもる計画を立てた。


 その情報を手に入れたリコはセンテナリオ星系にいる商船や何でも屋を探した。そこで、ジャックたちがいることを知り、彼らに依頼すると当たりを付けた。


 リコはブレンダたちを探させるが、モルガンの仕事はこれ以上ないほど完璧だった。そのため、ブレンダたちの居場所を見つけることがなかなかできなかった。

 更に彼は依頼に失敗したことがないというモルガンのことを考え、別の手を打った。

 彼はカリブ宙域のマフィアたちに協力を求めていたのだ。


 彼自身は宙域最大の勢力だが、彼らのボスというわけではなく、素直に従うとは思えなかったが、バルバンクールの財宝という言葉にマフィアたちは協力を約束した。

 もっとも、彼らは最後にリコを裏切り、独り占めするつもりだった。リコもそのことは承知しているが、力にものを言わせるのであれば何とかなると楽観的だった。


 ブレンダたちをセンテナリオで捕らえることに失敗した場合、必ず通る星系、マルティニーク、ヴァンダイク、グレナダ、トリニダードで網を張るよう依頼した。


 マイヤーズの街では見つけられず、更に宇宙空間でもドランカード号に逃げられたが、彼自身は追わず、他の星系のマフィアが捕らえることに期待した。

 しかし、それでも不安があったため、彼は普通の者ならやらない強引な手段に出た。帝国政府の出先機関でもある開発公社のトップを拉致するという手段に。


 ブキャナンを拉致した後、拷問に掛けた。

 荒事になれていないブキャナンはすぐに情報を吐き出した。しかし、重要なものがないことにリコは怒り狂う。


 バルバンクールの財宝の大体の位置はブキャナンの口から知ることができた。しかし、財宝の隠し場所に入るためのキーがなく、それはブレンダたちが持っているというのだ。

 リコはブレンダたちを取り逃がしたことを激しく後悔するが、今更追うことはできないと腹を括る。


 その後、ブキャナンはセンテナリオの治安部隊によって救出されたが、リコは既にセンテナリオを脱出した。そして、財宝があるレポス星系に向かった。

 彼にとって幸いなことにセンテナリオには彼を追えるほどの軍の部隊がなかった。彼を捕らえられる部隊はバルバドス星系の艦隊だけで、通報だけでも時間が掛かる。そのため、彼は先にレポスに行き、キーなしで財宝を手に入れられないか試すつもりだった。


 もしキーが必要な場合は、各星系のマフィアがブレンダたちを捕らえて連れてくるのを待てばいい。彼の人脈をフルに使って大きな網を張っており、いずれかの場所は必ず通るため、捕らえることは充分に可能だ。


 彼は財宝を見つけ、軍が本格的に動く前に別の星系に脱出する計画を立てた。


 レポス星系でスミノフ大佐の哨戒艦隊パトロールフリートと遭遇するというアクシデントに見舞われたものの、そのお陰で遠くに逃げたと思っていたドランカード号を見つけられた。彼は信じてもいない神に感謝する。


 彼は軍人崩れの部下たちの進言を受け入れ、帝国軍の哨戒艦隊を全滅させた。

 彼自身に指揮官としての能力はないが、長年マフィアのボスとして君臨してきたことから、人の使い方は上手い。

 ただ、軍人崩れに忠誠心は期待しておらず、子飼いの部下たちを重用していた。



 ブレンダたちを無傷で手に入れ、更にドランカード号も手に入れたことで、リコは上機嫌だった。

 後は本来の目的であるキーを手に入れるだけだと考えていた。


 目の前には無骨なスペーススーツを着ているものの気品が溢れる美女ブレンダがいるが、彼の目には女として映っていない。


「さて、奥さん。旦那から聞いていると思うが、バルバンクールの財宝の“キー”をもらおうか」


 ブレンダは「何のこと? 私は知らないわ!」と叫ぶ。


「ブキャナンから鍵となるカードを渡したと聞いたんだがな」


「そんなこと知りません。私はあなたたちに誘拐されるからすぐに逃げ出すように言われただけです……本当に知らないのです……」


 その言葉にリコの顔が歪んでいく。

 彼もブレンダが演技をしているようには見えず、ブキャナンに騙されたと気づいたのだ。


「何か奴から預かったものがあるだろう! 本当に知らないのか!」


 先ほどまでの余裕が消え、怒りに荒れ狂う。


「何も……そんな話初めて聞きました……」


「娘を連れて来い! 娘を痛めつければ思い出すかもしれんからな」


 部下にそう命じると、一度大きく深呼吸する。


(ブキャナンの奴の持ち物はすべて調べた。連邦時代のカードはどこにも見当たらなかった。痛めつけても自白剤を使っても同じだった。つまり、こいつが持っていることは間違いない……)


 部下に命じた直後、船内に警報が鳴り響く。


「何事だ!」


 部下の一人が「システムの異常らしいです」と危機感なく報告する。しかし、すぐに火災の報告があり、慌て始める。


「何が起きているんだ!」とリコが怒鳴ると、部下は「全然情報が入ってこないんです!」と泣き言を言うことしかできない。


 リコはブレンダへの尋問を諦め、船長室のコンソールに向かった。

 そして、戦闘指揮所CICに連絡を取ろうとしたが、部下の言うようにシステムが全く使えない。それだけではなく、個人用情報端末PDAすら使用できなくなっており、「クソッ! 何が起こっているんだ!」とテーブルを蹴飛ばす。

 苛立ちながらもこういう時に不用意に動くことの危険性を知っているため、船長室から出ることなく情報を待った。


 五分後、シンハーの船長キリー・ダイからの伝令がやってきた。


「何でも屋が逃げ出したようです! 部下を制圧に向かわせました」


「何をやっているんだ!」と怒りを見せるものの、相手はたった四人しかおらず、すぐに捕らえられると楽観していた。


 それでも何となく嫌な予感がしたのか、「念のため、娘をこっちに連れてこい」と命じた。


 部下の一人がそれに応じて船長室を出ていく。

 その時、ブレンダの顔に生気が蘇っていることに気づいた。


「期待しても無駄だぞ。こっちには五十人以上いるんだからな」


 彼女はそれに答えず、扉を見続けていた。

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