第9話「海賊対帝国軍。勝つのはどっちだ?」

 レポス星系に到着した直後、帝国軍の哨戒艦隊パトロールフリートが到着した。その司令から事情聴取をすると言われ、第五惑星メドゥーサにある補給拠点ベースに入った。

 哨戒艦隊が到着するには時間が掛かるため、一杯飲もうと思ったが、その前に乗客であるブレンダ・ブキャナンと娘のローズに話をしておく。


「帝国軍の哨戒艦隊が現れた。尋問したいからベースに残っていろということだ。俺としてはさっさとレサントに行きたいんだが、軍の命令に逆らうわけにはいかない」


「私が事情を話せば分かってもらえると思いますが?」


「多分それで大丈夫だと思うんだが、一通りの尋問と船内の捜索が行われるはずだ。そうなったら五時間や六時間はあっという間に過ぎる。まあ、それで解放してくれたら別に問題はないんだが」


「そうですね。マフィアたちももう諦めたみたいですし」


 そんな会話をした後、酒を飲み始める。


 五時間ほど飲んだ後、十時間以上眠り、シャワーなどで時間を潰していく。

 哨戒艦隊が確認されてから十八時間が過ぎ、ようやくスミノフ大佐が到着した。


「貴船の行動に不審な点がある。それを確認させてもらう」


 そう宣言した後、尋問が始まった。

 この大佐は生真面目なのか、それとも暇なのか、俺への尋問に付き合っている。ただ、質問は部下の士官に任せており、睨みつけるように見ているだけだ。


 俺としては何を聞かれても問題ないため、素直に答えていく。ただ、ブレンダたちに事情を聞いてくれと何度も頼むことだけは忘れない。


 三時間ほどの尋問で納得したのか、今度は船内の捜索を始めた。


 俺たちは全員船から降ろされており、更に個人用情報端末PDAの使用も禁止されたため、ドリーと連絡を取ることができない。

 ブレンダたちとも引き離され、椅子だけが置かれている会議室のような場所に閉じ込められていた。


 十時間後、精力的に操作を行ったスミノフから、「容疑は晴れたが、謎の船団が近づいている。当艦隊が安全を確認するまでベースの中に残っていることを命じる」といって出ていった。


 操縦室コクピットに向かいながら、ドリーに連絡を取ると、


『センテナリオJPに正体不明の船が十隻、ジャンプアウトしました』


 PDAにセンテナリオJPに現れた謎の船団の情報が表示される。ベースの港外探査システムから得た情報のようだ。


『四百メートル級商船三隻、三百メートル級商船二隻、百五十メートル級スループ五隻の計十隻です。四隻は見覚えがありますね』


 四隻と聞き、すぐにピンと来た。


「リコ・ファミリーの船か。何でこのタイミングで……」


『おっしゃる通りです。巧妙に偽装していますが、四百メートル級の一隻はキリー・ダイ船長のシンハーです。後の三隻はマルティニークに向かう時に仕掛けてきたスループの可能性が高いです』


 既に十時間以上経っており、ベースから僅か三十光分の距離にいた。


「不味い状況だ。これじゃ脱出することもできない……」


 スミノフ大佐の哨戒艦隊がマフィアの船団を殲滅してくれれば別だが、可能性は低い。

 そして、このベースだが、帝国軍の拠点ではあるものの単に後方の補給拠点として作られたため、戦闘能力はほとんどない。


 軍の拠点であり、本来ならマフィアたちがここに侵入してくるようなことはないが、航路情報に残っているから、俺たちの存在には気づいているはずだ。そうでなければ、わざわざ軍のベースに近寄ってくるはずはない。


 哨戒艦隊を全滅させた後に引き渡し要求を出せば、三十名程度の保安要員しかいないベースはあっさりと同意するだろう。


 そうは言っても今の俺たちにやれることは少ない。既にドリーが独断でリコ・ファミリーの船であることを伝えているし、帝国軍も俺が渡した戦闘記録を見ているから、ちょっと調べれば分かるはずだが、危機感が伝わってこない。


 一番の問題はスミノフ大佐がどう動くかだ。

 マフィアたちは帝国軍と正面切って戦闘したいと考えていないはずだ。軍を本気にさせても何の利益にもならないし、勝ったとしても船に傷が付けばその修理代がいる。


 気になるのは大佐が以前海賊の取締りに失敗していることだ。汚名返上のチャンスと見る可能性がある。


「四百メートル級がシンハーと同じ能力だとして、マフィアたちの船団とスミノフ大佐の哨戒艦隊が戦ったらどうなるんだろうな……」


 知らぬうちに独り言を呟いていたが、ドリーが律儀にそれに答えてくれる。


『帝国軍の加速性能はマフィア船団を凌駕しています。五隻のスループだけが同等でしょうが、スループの戦闘力ではフリゲートに損害を与えるのが精一杯でしょう。過去の戦史を紐解けば、仮装巡航艦を有する共和派の艦隊と哨戒艦隊との戦績はほぼ互角です。但し、仮装巡航艦が勝っているケースは奇襲に成功した場合がほとんどです』


 彼の艦隊は標準的な哨戒艦隊の編成で、軽巡航艦一、駆逐艦一、フリゲート艦一、スループ艦二だ。


 四百メートル級の仮装巡航艦と軽巡航艦は主砲の攻撃力と防御力がほぼ互角、ミサイルによる攻撃力と加速性能は軽巡航艦が圧倒的に有利。

 戦いの上手い艦長なら二隻と渡り合っても勝てる。


 三百メートル級の仮装巡航艦と駆逐艦の関係についても同じようなもので、フリゲート一隻とスループ二隻であれば、大きな戦力差とはいえない。


「確かにそうだが……俺たちを追い詰めたスループは歴戦って感じだぞ。スミノフ大佐がどの程度の実力があるかは分からないが、単純な主砲の火力でいえば、二対一以上の差だ。少ない数のステルスミサイルと機動だけでカバーするのは至難の業だろうな」


「ジャックはどうなると思っているの?」とシェリーが話に割り込んできた。


「八二でマフィアだな。いや、九一かもしれんな」


「どうして? ドリーの話だと奇襲が成功しないといけないのに、それもできないんでしょ」


「その通りだが、何か隠し玉を持っている気がする。でなければ、あれほど不用意に近づいてくるはずがない。それに指揮官の能力が重要だろうな。俺たちを追い詰めた奴がいるマフィアが圧勝するだろう」


 哨戒艦隊側に勝機があるのかは機動力を生かせるかに掛かっている。

 機動力を生かすと一言でいうことは簡単だが、優秀な指揮官と充分に訓練された乗組員クルーが揃って初めて可能なのだ。

 石頭のスミノフにそれができるのかという点とマフィア側の指揮官の質に懸念があった。


「帝国軍に勝ち目がないならトンズラすべきだ」とジョニーがいうが、


「それは無理だ。恐らく大佐は認めんだろう。自分が負ける前提の話になるんだからな」


「でも、黙ってみているわけじゃないんだろ」


 ヘネシーも強引に逃げることに賛成のようだが、ここは交渉で何とかするしかない。問題は既にマフィアが目と鼻の先にいることだ。


 コクピットに入ると、メインスクリーンに出港する軽巡航艦の姿が映っていた。


『哨戒艦隊が出港しました』


「そのようだな」と言うものの、スミノフという男の無能さに腹が立ってきた。


 俺たちへの尋問に時間を使うくらいなら、もっとも大物の船団への対応をすべきだった。

 それに俺たちは奴らに追われていると言っていたのに、それに対して何の対応も取らなかった。


「スミノフがマフィアの手先だという可能性はないか?」


『経歴を見る限りありえませんね。異常なまでに海賊に対して苛烈に取締りをやっているようですから』


「それにしてはおかしくないか? どう見ても俺たちより奴らの方が危険だ。それを放置して船内の捜索に力を入れるのは明らかにおかしい」


「私もそう思うわ。スミノフはマフィアの手先なのよ」


 長時間の尋問と狭い部屋に閉じ込められたストレスからシェリーがそう断じる。


『一応、交渉はしていたようです。海賊船からは海賊王の遺産について新たな情報が手に入ったから大規模な捜索を行いたいという話でした。スミノフ大佐からのベースに向かえという命令に素直に従っていますから、油断しているのかもしれませんね』


 ドリーの話では船団に対し、ベースに入港して取調べを受けるように指示を出し、マフィアたちは今のところ素直に従っている。


「しかし、どう見ても堅気の船じゃないだろう。そんなことも分からないのか?」


『これは予想に過ぎませんが、スミノフ大佐は自分が油断しているように見せている可能性があります』


「その根拠は?」


『マフィアの船が近づいてくるまで艦隊をベースの中に残しておきながら、ギリギリになって出港させました。そして、ベースの後方に艦隊を配置するようにして、相対速度を保つようにしています。現状から想定される相対速度は〇・一光速以上です。海賊船の基本的な戦術は待ち伏せです。このような遭遇戦は苦手でしょう』


「なるほどね。ただの石頭というわけじゃないってことだな。しかし、スミノフが勝つとも限らない。負けた時のことを考えておかないとな」


 そう言った後、ベースの指揮官に連絡を取る。


「俺たちの疑いは晴れたから、出港準備を行う。大佐からは戦闘が終わるまでは待機しろと言われているが、準備までは禁じられていないからな」


「了解した」と答えるが、外での戦闘が気になるのか落ち着きがない。


「それから、戦闘が終わり次第、出港したい。こっちは軍の命令に従って時間を浪費したんだ。そのくらいは配慮してくれ」


「そうだな。その件も了解だ」


 心ここにあらずという感じだが、それは仕方がないだろう。戦力的には二倍であり、大佐の哨戒艦隊が敗れたら、ベースはほとんど無防備になる。海賊たちが自分たちの生死を握ることになるのだから。


 クルー全員に出港準備を命じ、ブレンダたちにも緊急発進の可能性があることを伝える。


「不味い状況だ。外にリコ・ファミリーの船がいる。スミノフ大佐が何とかしてくれればいいが、失敗することもありうる。まあ、敵を全滅させられなくても混乱を与えてくれたら、逃げ出してみせるが、ちょっと激しい戦闘になるかもしれんから、覚悟しておいてくれ」


 激しい戦闘という言葉に僅かに顔色が悪くなるが、思った以上に気丈なのか、文句を言わずに頷いている。


「船長にすべてお任せします。捕まってしまったら、どうなるのか分かりませんので」


「ああ、善処する。準備でもないが、シェリーを寄越すから簡易宇宙服スペーススーツの付属品の使い方を覚えておいてくれ。いつ必要になるか分からないからな」


 ブレンダはそれに小さく頷く。


 ドランカード号のスペーススーツにはちょっとした仕掛けがいくつかある。

 防弾性能を上げていることと銃器の制御補助アシスト機能が強化され、星系警備隊ガーズの戦闘服に近い能力を持っている。

 他にもいろいろとあるが、説明は割愛する。


 シェリーを客室キャビンに向かわせ、ヘネシーに出港準備を命じるが、チェックは既に済んでおり、やることはほとんどない。

 そのため、ベースの外での戦闘を見ていることしかできなかった。


 ドリーが指摘した通り、スミノフは思った以上に慎重で、かつ巧妙だった。


 ベースの後方、すなわち第五惑星メドゥーサをバックにして回避機動を繰り返している。惑星近傍の星間物質濃度の高い場所であり、光速の十パーセントを割るくらいの機動だが、マフィア側は光速の一パーセント以下という低速に抑えさせていることから、回避機動の優位さは充分に確保している。


 軽巡航艦ジュネヴァは旗艦機能を有する標準型軽巡航艦で、主砲は五テラワット級の中性子加速砲だ。比較的長射程の砲で十五光秒ほどの射程を持つ。


 マフィアの四百メートル級武装商船が旧銀河連邦の仮装巡航艦の設計だとすると、主砲は五テラワット級荷電粒子加速砲だ。中性子砲に比べてコンパクトな設計だが射程は短く、十光秒程度しかない。


 また、軽巡航艦は中型のステルスミサイルを八発有しているが、民間船はステルスミサイルを搭載することを禁じられており、海賊船といえどもミサイルを持つことは不可能だ。


 この点も帝国軍に優位なところだろう。

 恐らくだが、スミノフはこの射程の差とミサイルによる攻撃を考えているはずだ。


 そのことを言うと、ドリーも同意する。


『船長のおっしゃる通りだと思います。帝国軍の対仮装巡航艦戦術は高機動を利用したアウトレンジからの攻撃と、ステルスミサイルを複合した形が標準です。今のところ、スミノフ大佐に隙は見られないのですが、これでも帝国軍が不利だと思われますか?』


「ああ、少なくとも俺たちを追い詰めたスループの船長は帝国軍上がり。仮装巡航艦に対する戦術は熟知しているだろう」


『その割には無防備過ぎると思うのですが?』


「そうだな。だが、大佐が考えていることを完全に理解しているはずだ。無防備で接近していること自体が罠なんだろう」


 そう言ったものの、俺にもどんな手を打ってくるかは分からない。

 ただ、嫌な予感だけはビンビンしている。


 手に汗握る時間が過ぎていく。

 既にマフィアたちはベースまで十光秒を切っており、ジュネヴァの射程ギリギリにいる。


「このまま入ってきたらどうなるんだ?」とジョニーが呟く。


「帝国軍の拠点の中で暴れる気がなければ、僕たちはこっそり出ていけるんじゃないの?」


 ヘネシーが律儀に答えるが、そこでマフィアたちの考えがおぼろげに分かってきた。


「不味いな。ベースの中で仕掛ける気かもしれない……」


 このまま大人しくベースに入り、主機関を停止したら、スミノフも尋問のために入港しなくてはならないだろう。

 哨戒艦隊のすべてを入港させるような馬鹿なことはしないだろうが、白兵戦になったら数に優るマフィア側が圧倒的に有利だ。


『海賊船が入港許可を求めています』


 通信を傍受しているドリーから報告が上がる。


「スミノフに繋げ! こいつは罠だ!」


了解しました、船長アイ・アイ・サー』とドリーが即座に反応する。


 タイムラグはほとんどなく、ジュネヴァに繋がるが、スミノフではなく、通信担当の下士官の姿が映し出された。


「忙しいのに何の用だ」


「奴らは海賊船だ! このまま入港させたらベースの要員を人質にされるぞ! 今ならまだ間に合う! ベースの外で機関を停止させて臨検するんだ!」


 俺の必死の訴えに下士官は鼻で笑う。


「そんなことか。素人が口を出すな。司令はその程度のことは既にお見通しだ。黙ってみていろ」


 そう言って通信を切ってしまった。


 下士官の言った通り、海賊船団はベースのすぐ外で停止した。そして、主機関を停止するに従うと通信を送った。


 俺の杞憂だったかと思った瞬間、唐突に戦闘が始まった。


 マフィアたちは機関を停止させることなく、艦首を哨戒艦隊に向け、一斉に砲撃を開始した。しかし、それは牽制でしかなかった。

 奴らは格納庫のハッチを開き、ステルス機雷を放出したのだ。


(こいつが切り札か……確かに武装商船にミサイル発射管はないが、これならミサイル攻撃ができる……)


 ステルス機雷はミサイルと発射管がセットになったものだ。宇宙空間に放出すれば発射管に早変わりする。

 ステルス機雷も当然禁制品だが、そんなことを言ったら仮装巡航艦も禁制品だ。旧銀河連邦の武器が手に入るなら、機雷を手に入れていてもおかしくはない。


 五隻の武装商船から計二十基の機雷が放出された。放出直後に三基が破壊されたが、哨戒艦隊側が混乱しているためか、他のミサイルはすべて発射された。


 激しい撃ち合いが繰り広げられていた。

 ジュネヴァは四百メートル級の海賊船に激しく砲撃を加えながら、螺旋を描くような回避機動を取っている。駆逐艦とフリゲート艦も同じように三百メートル級の海賊船に砲撃を加えていた。確認はできないが、ステルスミサイルもすべて発射しているはずだ。


 スループ艦はどちらも射程から外れているので砲撃に加わらず、回避に専念している。


 そんな中、マフィアのスループは巧妙だった。

 低速状態ということで満足な回避機動が取れないと判断したのか、ベースのある小惑星の陰に張り付くように隠れ始めた。但し、武装商船に向かってくるステルスミサイルを迎撃できる位置にいる。


 双方に決定打がないまま三分が経過した。


『軽巡航艦ジュネヴァ轟沈。駆逐艦ストロワヤ大破……いえ、轟沈しました。フリゲート艦ハクツル轟沈……スループ艦バスおよびミラーも消失。哨戒艦隊全滅しました』


 ドリーの冷静な声がコクピットに響く。

 目の前のメインスクリーンで見ているが、悪夢を見ているとしか思えなかった。


『マフィア側の損害は四百メートル級一隻中破、三百メートル級一隻小破のみです。船長の予想通りマフィアの圧勝でしたね。これからの行動の指示をお願いします』


 豪胆なジョニーを含め、誰一人声が出ないが、俺は無理やり意識を戻し、


「すぐに出港するぞ」


「外に出てもすぐに捕まるよ」とヘネシーが指摘するが、


「マフィアに降伏するのは仕方がないが、ここで捕まればすぐに殺される。宇宙そらなら船の引継ぎなんかで多少は時間が稼げるはずだ。そこで逃げ出す算段をする」


 マフィアもこれほど圧倒的な戦力差なら俺たちが逃げることはできないことは分かっているだろうし、無傷のままのドランカード号がほしいはずだ。


 宇宙空間に出た後に乗り込まれた場合、即座に俺たちを処刑すれば船がどうなるか分からない。海賊に奪われるなら自分たちが死んだ後に自爆するように細工することはよくある話だからだ。


 そう言った後、ドリーにある指示を与えておく。

 降伏するのは仕方がないが、黙ってドランカード号を奪われるのは癪だ。ちょっとした嫌がらせはやっておく。


 ベースの士官に出港する旨を伝えるが、自分たちのことが気になっているのかお座なりの返事しか戻ってこない。

 哨戒艦隊が一隻でも生き残っていれば、彼らも生き残れた可能性はあったが、証拠隠滅のためベースごと吹き飛ばされる可能性が高く、呆然としているのは仕方がないだろう。


 その点でもスミノフは失敗している。

 マフィアたちは自分たちの痕跡を消すため、ベースや航路情報を記録するシステムを徹底的に破壊する。もし、スループが一隻でも残っていれば、そんな無駄なことはしないから、ベースを破壊することなく、封鎖だけで留めたかもしれない。


 もっとも、情報収集システムは隠蔽されたものもあるから、マフィアたちの行動は軍にばれるのだが、これだけ用意周到な彼らのことだから既にその情報を入手しているのかもしれない。


「まだ、警告は来ていないな」


『はい、マフィアからは何も連絡は入っておりません』


 勝利の余韻に浸っているのだろう。警告されてから出港すれば問答無用で撃たれる可能性もあるが、この状況なら停船を命じてくるはずだ。


「出港直後に降伏の連絡を入れる」


 そうしてベースのゲートをくぐり、宇宙空間に滑り出した。

 すぐに全方位に向けて「俺たちは民間船だ。抵抗するつもりはない!」と宣言する。更に機関を停止し、惰性で漂う。


「大人しくしていろよ」と、シンハーの船長キリー・ダイの凄みのある顔がメインスクリーンに映し出される。


「ブキャナンの女と娘は乗っているんだろうな」


「ああ、大丈夫だ。だから、撃たないでくれよ」


 そこでダイから別の人物に変わった。


 中折れのハットを斜に被り、紺のストライプのスーツ姿で、宇宙空間で海賊船に乗っている姿には到底見えない。


 片側の唇を上げるような感じの笑みを浮かべているが、目は笑っておらず、こういう手合いに慣れている俺ですら僅かに怯んでしまった。

 どうやら一番の大物、マフィアのボス、ロナルド・リコが出てきたようだ。


「センテナリオでは手間を掛けさせてくれたようだが、ここでは大人しくしてくれよ」


「ああ、分かってますよ。俺たちもビジネスでやっているんでね。だから、船は渡しますから、命だけは助けてください。あなた方のために働きますから」


 そこで「ハハハ!」と豪快に笑い、


「ビジネスと来たか。まあ、今回は運が悪かったな。ジーン、お前が行って奴の船を回収しろ。女と奴らはこの船に運べ」


 それだけ言うと、一方的に姿を消す。

 代わりに現れたのは四角い顔の男でボクサー崩れのように鼻が潰れ、耳が欠けている。


「一度しか言わん。俺のいうことを聞けば命だけは助けてやる。船を引き渡す用意をしておけ」


 声帯も潰れているのか、聞きづらい声でそう命じた。

 こういう手合いは逆らうといいことはないから、素直に「了解した。大将のことは何て呼んだらいいんだい」とだけ言っておく。


「リッキー・ジーンだ」


「それじゃ、ジーンの旦那を気閘エアロックで待つ。こっちは武装解除しているから、いきなり撃たないでくれよ」


 こうして俺たちは絶体絶命の危機に陥った。

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