第14話「海賊王からの招待」

 ドランカード号はレポス星系第五惑星メドゥーサの前方トロヤ群に向けて静かに加速を開始した。

 メドゥーサから前方トロヤ群までの距離は約八十光分。通常なら七時間ほどだが、ステルス性能を損なわないよう加速度を抑えているため、到着まで十時間程度掛かる。


 バルバンクールの財宝のありかを示す座標と、中に入るためのキーを手に入れており、最初はそれをもって辺境フロンティアマフィアのロナルド・リコと交渉しようと考えた。


 ただ、こちらから交渉の話をしても、相手がこちらの言うことを信じる可能性は低い。逆に俺たちが財宝よりブレンダを取り戻したいと勘付かれると、交渉の主導権を向こうに渡してしまうことになる。


 こっちが何も言わなくても、ブレンダの身柄を盾に座標とキーを渡せといってくる可能性はあるが、俺たちは何でも屋であり、彼女に契約以上の義理はない。

 失敗すれば、百万クレジットを失うが、得られるのはその千倍近い金だ。金に汚い何でも屋が素直に交渉に応じるとは思わないだろう。


 俺たちを油断させるための手段として、ブレンダは使えなくもない。そう考えさせることで、彼女の安全を確保することを狙う。


 捕らえたマフィアたちにキーの存在を見せた後、


「俺たちが先に手に入れさせてもらう」というと、ジーンは「てめぇ……」と呟き睨みつけてくる。


 俺はそれを無視してにこやかに話を進めていく。


「まあ、信用第一のトレード興業としては契約を守りたいとは考えているんだ。どうせ、この船に積める量はしれているしな。だから、ブレンダを無傷で返すというなら多少は考えてやってもいい。そう、リコに言っておけ」


 それだけを伝えた後、五人用の脱出用ポッドに無理やり押し込み、宇宙そらに放り出す。

 一時間後に救難信号を発信するようにしておいたから、マフィアたちが回収するはずだ。



 俺たちが動き出した一時間後、予定通り救命ポッドから救難信号が発信された。

 マフィアの大型艇ランチがメドゥーサの衛星軌道上にある補給拠点ベースから出てきた。

 一時間ほどで回収すると、再びベースに戻っていく。

 今後のことを考えて、燃料の補給と整備を済ませておくつもりなのだろう。


 更に二時間後、五隻の武装商船と五隻のスループがベースを発進した。

 一隻の武装商船は哨戒艦隊との戦闘で中破したが、応急修理をしたらしく、航行に支障はなさそうだ。


 行き先は俺たちと同じ前方トロヤ群。おおよその場所は知っているという情報を手に入れていたので、驚きはない。


 奴らが発進した後、ベースが爆発した。

 証拠隠滅を図ったのだろう。ベースの職員が殺されたことは間違いなく、苦々しい気持ちになる。


 俺たちの方が四時間ほど先行しているが、こちらの加速度を抑えていた関係で二時間ほどしか余裕はない。

 有利な点がないわけでもない。小惑星帯であるトロヤ群はステルス機能を生かすには最高の場所だ。専門の策敵部隊でもないマフィアが闇雲に探しても見つけることはできないはずだ。


 唯一の懸念はマリブの船長クバーノだ。

 ドリーのデータベースを調べると、奴の経歴が分かった。


 ソール・クバーノは元帝国軍中佐で海賊狩りの名人と言われていた男だった。特に旧連邦軍の末裔が乗る武装商船の天敵とも言える男で、何隻も沈めている。

 ただ、規律違反で軍を放逐され、その後の消息は不明とされていた。どうやら、旧連邦の反政府活動家の謀略にやられたらしい。


 幸運なことにクバーノ以外は大した者はいなかった。

 シンハーを含め、武装商船の船長はリコの子飼いか、元商船乗りだ。つまり、軍での経験はほとんどなく、単独で航行する商船を待ち伏せて脅すくらいのことしかできない。

 実際、俺たちが脱出した時のことを考えれば、大した能力がないことは明らかだ。


 懸念の理由はセンテナリオ星系で俺たちを追い詰めたことと、スミノフ大佐の哨戒艦隊をほぼ損失なく壊滅している点だ。

 いずれもクバーノの進言を取り入れたのだろう。


 ボスのリコも愚か者というわけではない。

 俺たちをとり逃がした時に頭に血が上って失敗したものの、カリブ宙域最大のマフィアのボスとして君臨し続けている事実は重い。

 当然油断するつもりはなく、足元を掬われないよう細心の注意を払おうと心に誓う。



 ドランカード号は無事前方トロヤ群に到着した。

 リコたちも無茶な加速をすることなく、俺たちを追うように進んでいる。

 時折、俺たちに向けて脅迫と交渉を促すような通信を送ってくるが、応えれば位置を晒すことになるため、一切応答していない。


『座標に直行しますか?』とドリーが確認してきた。


「見つかる可能性はどのくらいだ?」


『その隠れ家の反応で変わりますが、エネルギー反応のようなものが発生しないなら、発見される可能性はきわめて低いですね』


 キーが偽物であり、認証コードが弾かれるなどして、隠れ家に入る時に過剰な反応をされれば、隠れ家ごと見つかってしまう。

 帝国軍が手に入れることを期待して罠を仕掛けたなら別だが、味方に財宝を渡すつもりで残したのなら可能性は低い。


 また、キーが本物でも無防備に通信を送るなどすれば、近くにいるリコたちにも届いてしまうだろう。ただ、その可能性は低いと考えている。

 元々がバルバンクールという海賊の隠れ家なのだ。それが見つかりやすい方法で通信してくるはずはない。


「どっちにしろ行かなきゃならんのなら、行くべきだな」とジョニーが呟く。


「そうね。バルバンクールの財宝ってロマンがあるじゃない。一度は見てみたいと思うわ」


 シェリーも行くことに賛成する。しかし、相変わらず緊張感のない発言だ。


「バルバンクールの財宝がなかったら、取り戻す交渉もできないんだろ。だったら行くしかないよ」


 ヘネシーがまともな意見を言って賛成する。

 感心していると、「大昔の連邦のシステムって興味あるんだよね」と言って、すぐにがっかりさせてくれる。


『では、いつも通りに行き当たりばったりということですね』


 ドリーが笑いを含んだ声で締めくくる。

 反論したいが、結論は変わらないので、何も言わない。


 目標の座標に向けてゆっくりと進んでいく。その間にマフィアたちの海賊船団は十光分にまで接近していた。



 目標がはっきりとしてきた。

 デコボコとしたいびつな球形の小惑星で、直径五キロメートルほどの岩の塊だった。

 比較的小惑星の密度が濃い場所で、半径千キロメートル以内に数十個の岩塊が浮遊している。


「見ただけでは分からないが……ドリー、センサー類で人工物は判別できるか?」


『電磁波関係はどの波長も出ていません』


「金属反応はどうだ?」と聞いたものの、期待はしていない。


『残念ながらM型小惑星ですので、人工物は判別できません』


 M型小惑星は鉄とニッケルが主成分の小惑星だ。


 軍の要塞や補給拠点ベースはM型に作られることが多く、バルバンクールも同じように考えることは容易に想像できた。財宝探索者トレジャーハンターの多くも同じように考えており、M型を中心に探索しているという話も聞いている。


 M型小惑星は他の型の小惑星に比べれば少ないが、それはあくまで相対的な話であり、絶対数で考えると、広い小惑星帯には無数に存在する。

 トレジャーハンターたちが見つけられなかったのはそれが原因だろう。


「向こうから連絡が来るまでゆっくりと接近する。旧連邦軍が使った暗号で認証コードを送ってくれ。分かっていると思うが、向こうが気づくギリギリの出力でだ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 緊急事態に備え、操縦系に神経を接続する。

 視界がドランカード号のセンサーに切り替わり、目的の小惑星が大写しになるが、距離はまだ一光秒以上ある。


 ゆっくりと近づいていくと、センサーに僅かな反応があった。


『微弱なレーザー通信です。暗号の解読結果を報告します。“認証コードを再度送信せよ”です』


「すぐに暗号で送ってくれ」と命じる。


『返信完了しました……新たな通信です。座標と共に“指定されたポイントに進め”が送られてきました。いかがしますか?』


 目的の座標は小惑星の表面の一角。直径二百メートルほどの窪地のようになったところだ。


「このまま指示に従って進めてくれ。但し、攻撃の兆候があった場合は、俺の指示を待たずに回避に移れ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 十分ほどで目的のポイントに到着する。マフィアたちも小惑星帯に入っているが、俺たちに気づいた様子はない。


『窪地の奥にゲートがあります』


 ドランカード号のセンサーを使って見てみると、ドリーのいうゲートらしきものが確認できた。

 それは鉄とニッケルの交じり合った自然の岩に見えるが、不自然に浮き上がっている。


『奥に人工物が見えます。港湾施設のようですね』


「そうだな。このまま進む。ジョニーたちにも伝えておいてくれ」


 神経を制御系に接続しているため、会話ができないので、ドリーに指示を出す。


 ゲートの奥は真っ暗な洞窟となっているが、光の増倍率を上げると、中がぼんやりと見えてきた。


 小惑星をくり貫いただけなのだろう。鉄やニッケルを溶かしただけの無骨な壁面と係留用の突堤がある。奥行きは思った以上に広く、六百メートル級の重巡航艦でも入れそうなほどだ。係留されている船がないため、がらんとした印象を強く受ける。


「中に入りきったらゲートが閉まるはずだ。ジョニーたちに慌てないように伝えてくれ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 俺の予想通り、ドランカード号がゲートを越えた瞬間、ゆっくりと閉まり始めた。


『係留場所を指定してきました。自動操船に切り替えますか?』


 ここに入った以上、手動回避の必要はない。


「そうだな」と言って、操縦系から神経を切り離す。


「凄い施設ね」とシェリーが言ってきた。


「そうだな。七百年前っていえば、連邦は完全に崩壊していたはずだ。ゲリラ組織にしては随分大掛りな施設だな」


『この施設の設計は千二百年ほど前のものに酷似しています。エアロックの規格も千年以上前、銀河動乱の頃のものと推定されます』


 銀河動乱は銀河連邦から銀河帝国が独立し、最終的には連邦を滅ぼした戦争だ。しかし、レポス星系に帝国が進出したのは九百年ほど前であり、それより前から連邦が進出していた事実に驚く。


「つまり、銀河連邦の最盛期に作られたベースってこと?」とヘネシーが興味を示す。


『その可能性が高いと思います』


 ドリーの言葉にヘネシーの目が輝く。

 銀河動乱によって人口の八割以上を失うほどの戦闘が行われた。有人星系の多くで殲滅戦が行われ、特に工業惑星は徹底的に破壊されている。


 その際に多くの技術が喪失した。情報としては残っているものの実物がなく、再現できない技術が存在する。

 そのため、連邦時代の遺跡は研究者たちにとって垂涎の的となっていた。


「とりあえず好奇心は抑えておいてくれ。ドリー、向こうから何か言ってきていないか?」


『今のところ何もアクションはありません』


 迎え入れるだけで何もアクションがないことに疑問が湧く。


「どういうことなんだ?」という俺の問いに、シェリーが答える。


「味方なんだから好きに入ってこいってことじゃないの?」


「確かにそうかもしれないな」


 僅かに苦笑が浮かぶ。


 俺はバルバンクールが海賊であり、財宝を守ろうとしていることしか考えていなかった。一方、シェリーは普段使う者が戻ってきたと考えるべきだと言ったのだ。


「それじゃ、俺とヘネシーが中に入る。ジョニーは何かあれば救援を頼む。シェリーはローズの様子を見てやってくれ」


 今回ヘネシーを指名したのは俺の知らない技術が出てきた場合を想定したためだ。

 相手の懐に入ってしまった以上、罠であったとしてもジョニーの戦闘力に期待する事態は少ないはずだ。


 ヘネシーとジョニーは即座に了解するが、シェリーは不服そうな顔をしている。自分も伝説の海賊バルバンクールの隠れ家を見てみたいのだろう。


 不服そうにしているものの、自分が役に立たないことも分かっているのか何も言わなかった。

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