09.Act02.5:幕間その01-とある騎士団長の現場視察-


 時は少し遡り、バトルナイトとスパイダー・ラースが戦った場所で

数人の衛兵たちが現場を調べている。

一人は残っていた糸束の一部をピンセットで採取して小瓶に納め、

また一人は争った形跡の一つであろう足跡を流し込んで型を採っていた。

そこへ白い鎧を着込んだ複数の男達が現れる。

彼らはトラトス王国騎士団。

その中で蜂のような目した男が前に出て話し掛ける。


「すまない班長殿、到着が遅れてしまった」


「いえいえ、騎士団長殿もわざわざ御足労ありがとうございます」


騎士団長と呼ばれた蜂人の男がそう言いながら敬礼をすると

現場の指揮をしている班長と呼ばれたゴブリンの衛兵が

彼に礼を述べながら敬礼のポーズをとった。


「先に留置場の方を見させてもらったが酷い有様だったよ。

 あれで死者が一人も居なかったのは奇跡としか思えん」


「全くです。うちは他の国と鍛え方が違うと自負しとりますが、流石に

今回は殉職者が大勢出ることを覚悟しましたよ」


そう言って衛兵が頭を抱えながら溜息をつく。


「おっと失礼。騎士団長殿の前で情けない真似を・・・」


非礼を詫びる衛兵に騎士団長は気にしない素振りを見せ、彼の心情に同情した。

無理もない。職場の一つを破壊され、大勢の部下を負傷させられたのだ。

これほどの大規模被害は過去に類を見ないほどで、同等の事案が

再度起こるのではと想定すると悲観的になってしまうのは無理もない。


 そう考えを巡らせていると、衛兵の一人が何かを持って

こちらへ駆けつけてきた。


「班長、向こうにこの様な物が」


「うん?これは・・・」


「剣、か?」


彼の手には折れた剣があった。

使い込まれてはいるが、相当な出来であることが視てとれる。


「破損してはいるが、良い作りをしているな・・・。これが現場に?」


「はい、状態からして騒動があった時に捨てられたのは

 間違いないかと・・・」


 運ばれた剣を観察しながら尋ねる班長の言葉に部下が答える。

そうかと言って一考する班長を不思議に思い、騎士団長が問いかけた。


「何か気になることでも?」


「あぁいえ、この現場にいた人物について思い返していたのですよ」


班長曰く、この現場には当事者が四人いたと言う。

蜘蛛を模した怪物へと変貌した追い剥ぎの首謀者に鉄階級の少女、

銀階級の男性錬金術師、そして・・・。


「・・・です」


「赤と黒の騎士ですって!?」


その呼び名が出た途端、騎士団長が食い付いた。

突然の行動に班長も驚き、思わず「うおっ!?」と声を出してしまった。

ハッと我に返り、咳払いを一つして落ち着きを取り戻す騎士団長の姿を

見届けてから班長は話を再開させる。


「えー・・・我々衛兵隊が今まで集めた情報によると、赤と黒の騎士は

 主に徒手で戦闘を行っています。

 しかし、現場にいた下手人を除いた残りの二人はいずれも

 剣を扱えるような身体をしていないのです」


「錬金術師の男が見栄で帯剣していたという可能性は?」


「ないですね」


騎士団長が示した仮説が即行で否定された。


「今でこそ折れちゃいますが、破損する前は刀身込みで

 相当な重さだったと思われる剣です。

 まともに振ることの出来ない奴だったら構えて防ぐのが

 間に合わずにそのまま殴り殺されてますよ。

 つまり・・・この現場にもう一人、この剣の持ち主がいたか・・・」


「・・・、か」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 現場に何とも言えない空気が流れる。

そんな空気の中、騎士団員の一人が挙手をしながら声を上げた。


「あの、この現場で保護された少女って子・・・まだ詰め所に

 いるんですよね?」


「うん?あぁ、相当疲弊してそうだったから

 落ち着くまで休ませてはいるんだが・・・」


「でしたらその子からもっと詳しく事情を聞き出せませんか?

 絶対我々が知り得たい情報をいくつも持っていますよ」


「えぇ?いや、そうしたいのは山々ですがねぇ・・・」


騎士団員からの提案に対し、班長は難色を示す。

当事者の一人である件の少女に休息を促したのは

他でもない班長本人なのである。

自分で休むよう言った手前、無理を言って込み入った話を

引き出すことに乗り気ではないのだ。


「よさないか。聞くところによるとその子はまだ

成人前だそうじゃないか」


二人のやりとりに騎士団長が割って入り、団員をたしなめる。


「し、しかし騎士団長殿」


「我々の役目は国と人々を守ること。

 騒動に巻き込まれて心に傷を負った少女に無理強いをするのは

 我らトラトス騎士団の理念に反する」


「・・・申し訳ありません、軽率でした」


「気にするな、その逸る気持ちは私にも分かる」


落ち込む団員に慰めの言葉を掛け、騎士団長は

班長の方へ向き直った。


「すまないが班長、その剣はそちらの方で保管しておいてくれ」


「この件はもうよろしいのですか?」


「ああ、件の少女への聴取はまたの機会へ回しておこう。

 その方がこちらも話を持ち掛けやすい」


そう言って騎士団長は現場捜査の切り上げを指示し、撤収作業が

始まる中で更に班長と話を進めていく。


「では班長、こちらも周囲で聞き込みをしてから城へ戻る。

 情報がまとまり次第、そちらへ出向いて情報交換と

 今後の対策を話し合っていこう」


「分かりました。ではそのように・・・・・・。

 ・・・ボルトホイル騎士団長殿」


「うん?」


「貴方からして、赤と黒の騎士はどう見ますか?」


真剣な眼差しで、班長がトラトス騎士団団長ボルトホイルに問いかける。


「私から見た赤と黒の騎士、か。

 正直に言うと未だ相見えたことがないから何とも言えん。

 ただ・・・」


「ただ?」


「彼はきっと、きっとだと思っている」


いつの間にか日も傾き、太陽がゆっくり西へと沈んでいく。

そんな沈みゆく太陽を眺めながら、ボルトホイルはそう力強く答えた。

彼の瞳から溢れんばかりの希望を感じ取られたと、後に班長は語る。







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