04.Act01:邂逅-英雄再動-④


 小鳥のさえずりが聞こえる。

眠りに堕ちている少女の身に朝の日差しが優しく降り注がれていく。

それらに応えるかのように、ベッドで横たわっていたティアラは

ゆっくりと目蓋を開き、自身の身体を起こしていく。


「ん・・・あれ、ここは・・・?」


まだ意識がハッキリしていないものの、あれから起きたことを

頭の中で整理するティアラ。

そして徐々に昨晩、自分が最後にとってしまった行動を思い出す。


「そうだ・・・私、ご飯を食べ終わった後そのまま・・・!」


冒険者の先輩方に最後まで面倒を掛けてしまった。

そう思い、恥ずかしさの余りに頭を抱えてしまう。


「私・・・重くなかったよね?」


そうふと思ったが、これ以上は考えないようにした。


 窓ガラスを鏡代わりにして髪型を整え、衣服の端を引っ張って

しわを伸ばし、出来るだけ身なりを整える。

そして部屋の隅に置かれていた自分の荷物を持って退室し、

階段をゆっくりと降りていく。


「アルフさん、もう起きてるよね?」


そう思っていると1階にある店の方から話し声が聞こえてきた。



「ごちそうさん。それじゃまた来るから」


「うむ、やはり朝食はここで摂るに限るであるな!」


「アニキー!行ってくるッスー!」


「おーぅ、いってらっしゃい」


聞き覚えのない声が3人分、耳に入った。

ここのお客さんなのだろうか。

ティアラが階段を降り終えて店を覗いた時には、既に

その3人の姿は見えなくなっていた。


 カウンター内で利用客の退店を見送ったアルフは後ろの気配を察知し、

ゆっくりとティアラの方を向いて朝の挨拶をする。


「おはよう、ぐっすり眠れたかい?」


「お、おはようございます!き、昨日はその・・・」


朝の挨拶を返してそのまましどろもどろになるティアラを見てアルフは

クスリと笑い、いいんだよと言って自分は気にしていないことを伝える。


「そうだ、せっかくだから朝ご飯もここで食べていきなよ」


「い、いえ大丈夫です!これ以上お世話になるワケには・・・」


グゥゥゥゥ~~・・・


朝の酒場に大きな音が鳴った。


ティアラは顔を赤くしながら自分の腹部を

申し訳なさそうに両手でそっと隠した。

対するアルフは一笑いしたあと、ティアラに着席を促す。

腹ぺこ状態の少女はいそいそと席に着き、朝食が用意されるのを待った。


少しして彼女の前に出されたのは、茹でた玉子の身を潰して

味付けをしたものを挟んだ黒パンと1杯のミルク。

一口サイズに切り分けられた柑橘系の果物も付いていた。

パンは固い表面が丁寧に取り除かれてあってとても食べやすかった。

そしてそこに挟まれているまろやかな味付けをされた玉子の

なんと美味しいこと。このマヨネーズを考案した人は絶対天才かもしれない。

偉大な発明者に感謝をしながらティアラはパンを一口、また一口食べて

時々それをミルクで流し込んでいく。

最後は酸味の利いた果物で締めくくり、ティアラは満足した表情で朝食を終えた。


本日最初の活力を得たティアラは改めてアルフに礼を言い、

一晩世話になった『雷鳥の欠伸亭』をあとにした。

太陽が程良く昇っているのを確認すると、そのままその足で目的地を目指した。

そこは自分が依頼を請け負った冒険者組合だ。


 冒険者組合トラトス王国城下町支部、町の中では比較的規模が大きい

この場所の門戸をくぐると、そこは多くの人達で賑わっていた。

ティアラのような人間『ヒューマ』、獣のような耳や尻尾に尻尾、

もしくは頭部がそのまま動物になっている獣人『ビースト』。

更に耳の先が尖った妖精『エルフ』に

ヒューマの子供並の身長をした痩せ形で肌の色が特徴的な妖精『ゴブリン』など、

多種多彩な種族が依頼の受領や報告、情報交換等をそこで行っていた。


早速ティアラは薬草が詰められた提出用の袋を用意し、依頼報告用の列へ並んだ。

昨日の朝に受領して以来戻ってこられなかったため

何かしら職員から叱られるだろうと覚悟もした。

そして前に並んでいる人の手続きが終わり、ついに自分の順番が来た。


「えーっと、ティアラさん?この依頼の昨日の朝に受けたようですが・・・?」


「は、はい。その・・・」


いざ話そうとすると中々言葉が出てこない。

それでも何とか自分の身に起きた出来事を報告しようとする。


「実は採集に向かった森でその・・・追い剥ぎの集団に襲われて・・・」


「えぇ!追い剥ぎ!?逃げ切れたんですか!?相手の人数と種族構成は!?」


怒られるどころか心配されてしまい、職員の勢いに気圧されてしまった。

完了手続きはこちらでやっていくので被害報告窓口へ行くよう指示されるが、

ティアラは職員の案内を遮って事の顛末を話した。


「いえ、捕まりはしたんですけどすぐに助けられたんです。

 その・・・赤と黒の騎士に」


「赤と黒の・・・って赤と黒の騎士ですって!?」


職員が大声で聞き返したことで周囲がざわめく。


「赤と黒の騎士だって?」

「あいつここ最近は出てきてないって聞いてたが・・・」

「ってか見間違いじゃね?」「マジかよ俺も会いてー!」


様々な声がティアラの耳に入ってくる。

彼の存在は思った以上に冒険者達に知れ渡っていることを実感した。


「赤と黒の騎士に助けられ・・・いいなぁ」


目の前の職員がこぼした一言は聞かなかったことにしよう。

職員は気を取り直した後、手続きを終わらせて

二つの品をティアラの前へ納めた。


「お待たせしましたティアラさん、こちらが今回の報酬と

 お預かりしていた認識票になります」


ティアラの前に貨幣が入った小袋と手続きの際に提出した鉄製の札が

トレイに乗せられた状態で納められた。

認識票と呼ばれた札の裏には、功績を証明する星形の印が一つ刻印されている。

それらを受け取ると、対応した職員へ一礼をしてその場を後にした。

小袋の重さは昨日受け取った報奨金よりもずっと軽かったが、ティアラは

自分で稼いだお金の重さをじっくりと噛みしめた。


 窓口でのやりとりが終わった後も、施設内では

赤と黒の騎士に関する話題があちらこちらで耳に入ってくる。

その中で一つ、気になる情報が入ってきた。


赤と黒の騎士に助けられた者は大成する、と。


聞けば商隊を救われた商人が後に大きな取引を成功させたり

災害救助を受けた集落は栄え、命を拾われた冒険者は

早く上等階級まで上りつめたなど、様々なことが聞かれた。

しかしティアラに上昇志向は余りなく、この話題はあまり気にしないことにした。


他にも何か情報がないか辺りと見渡していると・・・。


「あれ、ティアラちゃんじゃないか」


何者かに声を掛けられた。その相手とは昨日会ったばかりのためよく覚えていた。


「ロンドさん?」


「覚えていてくれたんだね、いやー光栄だよ」


「えっとその、昨日は助けていただき本当にありがとうございました!」


そう言ってティアラへ駆け寄るロンドに

ティアラは昨晩面倒を見てくれたことについて改めて礼を伝える。

大きく一礼するティアラに対し、ロンドはいいよいいよと笑いながら応えて

顔を上げるよう促す。


「今日は依頼の報告に?」


「はい、それも今終わったところで・・・。

 そういうロンドさんは?」


「あぁ、僕はアルフから代理を頼まれてこれをね?」


そう言ってロンドは一枚の羊皮紙を取り出し、ティアラに見せてきた。


『求む給仕係!あなたも雷鳥の欠伸亭で働きませんか?

 勤務時間は夜のみで、食事も三食付いてきます。

 住み込みも可能。可愛い女の子大歓迎。』


見せられた羊皮紙にはそう書かれていた。

ティアラは最後に書かれている一文に思わず目を奪われてしまった。


『住み込みも可能。』


宿代を節約できるのもそうだが、あのアルフと

一つ屋根の下で暮らせるというのだ。

その場で立候補したいところだが、一晩世話になった手前もあってか

ティアラは冷静になって、その思いを踏み留まらせた。


「あそこのオーナーさんが留守になってから

 あいつ1人で回していくのにも限界があってね、相談を請け負ってから

 こうやって募集広告を作って、ここに貼り出しす許可を貰いに来たんだ」


ロンドの用事を知ってティアラは理解を示した、その内容に引っ掛かりを覚える。


「ちなみにこの文面は全部、僕が考えたものだから安心してくれ!」


付け加えられた一言に思わず苦笑いになってしまうも、ティアラは少し安心した。


会話を切り上げて窓口へ向かったロンドを見送り、ティアラは

赤と黒の騎士をもっと知るべく、組合外の情報も得ようと施設を後にする。

彼にもう一度会って、きちんとお礼を伝えるために。



「畜生ォーー!出せーー!出しやがれェーーー!!」


 薄暗い牢屋の中で、1人の男が叫いている。

ここはトラトス王国城下町に点在する留置場の一つ。

ここに収容されている犯罪者は手続きが終わり次第、

王城内の刑務所へと移送されることになっている。

先ほどから騒いでいる彼は昨晩、衛兵に引き渡された追い剥ぎ集団の元頭だ。

自分の可愛い部下達の手当てはされたものの、全員バラバラに収容されたのは

彼にとって許しがたいものだった。


「クソァ!何もかもあの騎士もどきが悪いんだ!!

 あいつさえ、あいつさえ出てこなけりゃあ・・・!」


昨日、自分を打ち負かした赤と黒の騎士に対する怒りが沸々と沸き上がる。

ヤツに報復をしない限り、この怒りは治まりそうにない。


「・・・怒りを感じるわ。

 とても果てしなく、絶え間なく燃え続けるほどの怒りが」


「---ッ!?」


突然、後ろから女の声が聞こえた。

出入り口は自分が向いている格子にしか付いていない。

己の怒りが恐怖に塗り替えられ、男は恐る恐る声のした方を向いていく。

その先には妖しく光る黒い宝石を掲げ持った紫髪の女が佇んでいた。

その容姿は幼さを少し残している顔立ちで華奢な身体をしている。

通常なら誰もが放っておけない姿をした女に、男は恐れ戦いていた。


男の本能が警鐘を鳴らす。この女に手を出してはいけない。

この女の前に居てはいけない。絶対に関わるなと。

直ぐにでもその場から逃げ出したいのに身体に力が入らない。

後ろも鉄格子によって塞がれている。あまりの恐怖で思うように声も出てこない。

気付けば自分の周囲も暗闇に覆われていた。


「お、おま・・・一体どこから・・・?」


「この石を介して感じるわ・・・。

 あなたを支配するその怒り・・・憤怒を私が解放してあげる」


男の意に介さず、女は一歩、また一歩と男に近付いていく。


「やめろ・・・来るなッ。来ないでくれ!

 おい衛兵助けてくれ!!女だ!変な女が俺の牢屋に・・・!!」


「安心して、であなたの声は誰にも届かない。

 さぁ、その身を『憤怒』に染めて・・・」


必死な叫びが暗闇に吸い込まれ、男の額に黒の宝石が触れられる。


「や、やめ・・・やめてく---ッ

 やめてくれェェェェーーーーーーー!!」



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