05.Act01:邂逅-英雄再動-⑤
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァーーーーー!!」
留置場内にて突如、悲鳴が響き渡る。
衛兵の一人が慌てて悲鳴の聞こえた牢屋まで駆けつけると
収容されていた男がうずくまった状態で震えている。
「おいどうした、しっかりしろ!」
声を掛けて状態を確認しようとするが返事をしない。
衛兵は後から来た同僚に駐在医を呼ぶよう伝え、男の様子を窺う。
不意撃ちからの脱獄を想定して牢は開けなかったが、目の前にいる
男から発している身体の震えは異常だった。
すると突然、男は鉄格子に掴まってこちらに向かって叫びだした。
「だ、だずげでぐでぇぇぇぇ!
おれがッおれでなぐなっぢまう゛ゥゥゥゥゥ!!」
男の額には黒色の大きな宝石が埋め込まれ、妖しさに満ちた輝きを放っている。
衛兵が絶句していると男は立ち上がりながら悶え苦しみ、
そしてその周囲に黒い靄が立ち籠め、男を包み込んでいく。
「ウア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!!」
絶叫が響くと同時に靄が勢いよく霧散した。
この直後に医者を連れた同僚が戻ってくるが、三人は
目の前の光景に目を疑い、言葉を失った。
そして、その現場を最後まで目撃した衛兵がこう口にした。
「ばっ・・・化け物・・・ッ!!」
所変わって城下町にある広場の一角。
ティアラは噴水近くのベンチに腰掛け、果実水で自分の喉を潤していた。
あれから赤と黒の騎士について情報を集めてみたが、
特に目星い情報を得ることは出来なかった。
「まさか噂通り、正体の糸口が掴めない人だったなんて・・・」
そう落胆しながら溜息をつく。
だがそれと同時に、あの時湧いた「憧れ」の感情が一層強くなってきた。
「赤と黒の騎士、一体どんな人なんだろう。
きっと名のあるやんごとなきお方が正体を伏せるためのお姿なんだろうなぁ」
色々と想像をしながらその存在にときめく14歳の少女。
そうこうしていると、遠くの方から鐘の音が鳴り響いてきた。
城下町全体に配備されている衛兵達に向けての特別警鐘だ。
物々しい雰囲気の衛兵達が、ぞくぞくとティアラの目の前を横切っていく。
「一体なんだってんだ!?あっちは特に腕に覚えのある奴らが詰めてただろ!」
「わからん!だが間違いなく今までにない事態だ!!」
「現場付近の避難状況はどうなってる!?」
「とにかくもっと人を呼べ人を!!」
「冒険者組合や騎士団にも救援要請を掛けろ!!
こりゃあ下手したら一大事だぞ!!」
鬼気迫った衛兵達の後ろ姿を見送ったティアラは胸騒ぎを感じた。
絶対良くない何かが向こうで起きている。
半人前以下の自分が駆けつけたところで好転するものはなにもない。
そう思っていたが、何が彼女の心を駆り立てたのか
ティアラは意を決して衛兵達が向かった方向へ掛けだしていった。
一心不乱に走り、逃げ惑う人々を横切りながらティアラは
息切れした状態で現場に到着した。
しかしその直後に彼女は後悔する。
目の前には傷付き倒れた多くの衛兵たち。
留置場の出入り口は扉ごと吹き飛ばされており、あらゆる物が破壊されていた。
そして視線の先にはこの状況を作り出したと思われる存在が
周囲を取り囲んでいる衛兵たちを次々となぎ倒していた。
その姿は実におぞましい姿で、人間と蜘蛛が混ざり合ったような姿をしていた。
種族の一つに蟲人『インセクト』と呼ばれる者が存在するが、彼らは
虫の特徴を持った外見、もしくは虫の頭をした人間で
その姿は何かしらの愛嬌を感じるものを持っているのだが
今目の前にいる『それ』はどちらにも当てはまっていない。
人間と蜘蛛、この二つがそのまま混ざって出来た歪な生き物、そう。
それは正に『化け物』と呼ぶに相応しいものだった。
衛兵たちは何とか相手を取り押さえようと複数で挑むも、『化け物』は
彼らを嘲笑うかのように返り討ちにしていく。
この惨状を目の当たりにして立ち竦んでいると、
返り討ちになった衛兵の一人がティアラの前まで吹き飛ばされる。
それに驚いて一歩飛び退くと、衛兵が彼女の存在に気付く。
「き、君は・・・?は、早く逃げなさい!!
こんな場所にいてはいけな---」
言葉を遮るかのように糸の束が『化け物』の手首から射出され、
傷付いた衛兵を絡め取って勢いよく放り投げた。
投げ飛ばされた衛兵は地面に叩きつけられ、立ち上がろうとするも
あえなく力尽きてしまった。
『化け物』がティアラの方を向き、彼女は恐怖で固まってしまった。
次は自分の番だ、そう思っていると・・・。
「おぉ~~?誰かと思えば昨日の嬢ちゃんじゃねぇかぁ~!
奇遇だなァ~!まるで運命ってヤツ感じちまう。
キミもそう思うだろ~?そうだよなァーー?」
喋った。名状しがたいそれは、明らかに人の言葉を発していた。
しかし変質はしているが、どこかで聞いた声だと感じる。
だが生憎、自身の記憶を遡っても人と呼べない存在と会った覚えはない。
「わ、私・・・あなたの事なんて知り---」
そう言い返そうとしていると、二人の衛兵が『化け物』との間に割って入り、
ティアラに向けて呼びかけた。
「君!早く避難しなさい!!」
「我々が抑えられている間に早く!出来るだけ遠くへ!!」
「は、はい!」
逃げる時間が与えられ、ティアラは咄嗟に掛けだした。
しかしそのまま大人しく抑えられてる『化け物』ではない。
「邪ァ魔すんなよ、なァ!!」
強靱な腕を一振りして、目の前に居た衛兵二人を吹き飛ばす。
そして狙い澄ませたかのように少女の背へ手首を向けて糸の束を撃つ。
彼らの僅かな奮闘も虚しく、ティアラは糸に捕らわれて
『化け物』の元まで引き寄せられてしまった。
「いやァーー!離して!離してぇ!!」
「ツレないこと言うなよ嬢ちゃァん。オレと嬢ちゃんの仲じゃねェか」
「知らない!あなたみたいなの知らないーー!!」
必死にもがき、泣き叫びながら抵抗するティアラに対し、『化け物』は
気にしないまま話を進めていく。
「ここじゃあまた邪魔が入るだろうし、場所を移すか・・・」
「え---?きゃあ!?」
『化け物』はティアラを抱えたまま跳躍し、この場を去った。
そして建物の影から一人の女が姿を現し、その姿を見送る。
それは牢屋で男に接触した紫髪の女だった。
「思った以上に『憤怒』の力を引き出せているようね。
これからは『スパイダー・ラース』と呼びますか。
あとは彼らの・・・ふふっ」
そう言い残し、彼女は誰にも察知されることなく消え去った。
連れ去られている最中、ティアラは必死に声を出して助けを求めるが
この声は周りに虚しく響くだけだった。
そして建物の屋根伝いに跳躍を繰り返したのち、『化け物』改め
スパイダー・ラースは人気の無い開けた場所へ降り立った。
ここまで来る間にティアラの精神は消耗し、もはや
泣きじゃくることしか出来なくなっていた。
「はな、して・・・はなして、ください・・・。
おねがい、お願いだからぁ・・・!」
「あァ~~、やっぱ泣いてる顔もタマんねェなァ!
どこから味わおうかなァ~?太ももかァ?それとも・・・」
下卑たことを口にしているスパイダー・ラースの頭に
一つの果物が叩きつけられ、砕け散った。
「あァ?なンだこりゃ・・・?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ぶつけられた物が何かを確認しようと自身の頭を触れると
果物が投げつけられた方向から一人の男が雄叫びを上げて突撃してきた。
男の手には剣が握られており、勢いよくスパイダー・ラースの頭上目掛けて
振り下ろされるが、あえなく受け止められる。
そして弾き返されたことで体制が崩され、スパイダー・ラースから
反撃を受けそうになる。
しかし男はそのまま剣を手放しながら体制を直し、相手からの反撃を寸前で避けて
脇腹に一発の蹴りを入れて逆にスパイダー・ラースを怯ませた。
思わぬ一撃を受けたスパイダー・ラースはよろめいてしまい、
少女を手放してしまう。
その隙を逃さなかった男は更に体当たりを喰らわせて
更に少女との距離を離させる。
そして手放した剣を拾い上げて構え直し、少女を庇うようにして
怪物の前へ立ちふさがった。
突然のことに混乱したティアラだったが、自分を助けてくれた相手を見て驚く。
「アルフさん!?」
「よっ、ティアラちゃん。さっきぶり」
拘束されたティアラの方を見ずに剣を構えながら、
アルフはティアラに声を掛けた。
よく見ると彼の呼吸が乱れている。
自分達を追ってここまで駆けつけてくれたのだろうか。
そう思っているとティアラは突然引っ張られ、物陰まで連れ込まれた。
状況を飲み込めずにいると自分を縛っていた糸束が刃物によって切り離される。
横を見ると更に見知った顔がナイフ片手に笑いかけてきた。
「いやー、ティアラちゃん災難だね。もしかして君厄年?」
「ロンドさんまで!?どうやってここまで・・・」
「いやなに、あの後仕入れしてたアルフと合流したんだけど
突然何かを察して走り出してさぁ・・・」
ロンド曰く、駆け出したアルフを追った先にティアラ達を見つけたとのこと。
そしてアルフと救出の算段をとって今に至るという。
しかしティアラは救出されたにも関わらず、未だ心安まっていなかった。
「ロンドさん!アルフさんを下がらせてください!!
あれは沢山の衛兵さんたちを倒してきたんですよ!?」
「大丈夫大丈夫、あいつは結構強いから・・・」
ロンドは楽観したように話し、アルフ達の方を見やる。
しかしその表情にいつもの気さくな雰囲気は消えていた。
「(あれは・・・姿形は違えど、間違いなくあの時と同じ・・・!
しかし一体なんで今ごろ新しい奴が?)」
ロンドが神妙な面持ちで対峙の様子を見ていると、アルフが動き出した。
「でえええええいッ!!」
剣を振りかぶって斬りかかるも、相手の硬い皮膚がその刃を阻んでいく。
金属音が何度も鳴り響く中、スパイダー・ラースは獲物を奪われたことに
徐々に怒りを沸き上がらせてきた。
「テメェ・・・よくもオレからお嬢ちゃんを奪いやがってェ・・・!
いつまでも調子に乗ってンじゃあねェーーー!!」
右腕を大きく振りかぶり、アルフの剣を叩き折った。
「げっ!?」
武器を折られたことに一瞬焦るも、アルフは咄嗟に残った柄を投げつけて
相手との距離をとる。
スパイダー・ラースは糸束を飛ばしていくが、アルフは射線を見切りながら
それらを躱し、空き樽や石などを投げつけて対抗するがどれも決定打にならない。
ティアラ救出まで全力で駆けてたこともあってか
アルフの体力は限界に近付いていた。
その様子にロンドの表情から焦りが見え始め、アルフに向かって叫ぶ。
「アルフ!
そいつと戦うには生身じゃ限界がある!!」
「---ッ!?・・・ダメだ!!
「ここまで来て何尻込みしてんだバカ!!
もうあれしか手はないだろ!」
劣勢を強いられる中で口げんかを始める二人。
一人置いてけぼりを喰らっているティアラは何が何だか分からずに居たが、
ただ一つ分かることはアルフにはまだ、戦う力を持っていること。
そしてそれを使うことを躊躇っていると。
「じゃああの時の
僕が煽ってきたからって人のせいにする気か!?」
「なっ!?誰がそんな---」
ロンドの一言に、思わずムキになってそちらを向いてしまったアルフ。
しかしその行動一つが相手に付け入る隙を与えてしまった。
「あっバカ!!前見ろ前!!」
「隙有りだボケェ!!」
スパイダー・ラースが一気に距離を詰めてアルフの顔を殴りつけた。
踏み込みが浅かったために深くは入らなかったものの、
その威力を受けたアルフは殴り飛ばされてしまう。
倒れたアルフに追撃をするべく、スパイダー・ラースはゆっくりと近づいて
相手を蹴り上げようとする。
アルフは倒れながらも未だ戦意は衰えておらず、敵を睨み続ける。
自分が蹴り飛ばされそうになったその時、彼の目の前に何者かが躍り出て
スパイダー・ラースの蹴りをもろに受けて吹き飛ばされてしまった。
「ろ、ロンドォーーーーーー!!」
とっさに駆け出したロンドが庇って攻撃を受け、地面に叩きつけられる。
「ばかやろ・・・何でお前・・・!」
「・・・から」
「あン?」
ロンドから発する言葉に首を傾げる怪物。
痛みに苦しみながらもロンドは続ける。
「お前は・・・今の僕にとって!一番の
こんな所で、お前をみすみすやらされてたまるかってんだ!
お前がいなくなったら・・・それこそ
横たわりながらもアルフを見据え続け、ロンドは叫ぶ。
「だから・・・だから戦ってくれ!
その一言に、アルフの脳裏にある光景が蘇る。
吹雪く雪原の中、一人膝を突いているアルフの腕の中には
一つの異形が抱かれていた。
その存在は弱々しく腕を上げ、アルフに触れて
今にも消えそうな声で話し掛ける。
「あり、がとう・・・アル、フ・・・」
そして糸が切れたように腕が降りると、そのまま動かなくなってしまった。
事切れた異形の死を悲しみ、泣き叫ぶアルフの声は
未だ止まぬ吹雪によって掻き消されていく。
「バトルだかなんだか知らねェが見苦しいンだよォ。
今ラクにしてやっぜェ~~・・・!」
「・・・待てよ」
ロンドに止めを刺そうと近付くスパイダー・ラースを呼び止め、アルフは
意を決した表情でゆらりと立ち上がり、怪物を睨みつける。
そしてどこからともなく『何か』を取り出してきた。
それは半透明状の宝石が埋め込まれたベルトバックル。
物陰にいるティアラも見に覚えがあった形をしていた。
「あれは・・・?」
何処で見た物か思い出そうとし、ハッと気付いた。
昨日の夜、自分を助けてくれた異形の騎士と同じ物だと。
アルフはそれを腹部に密着させると、バックルから帯が飛び出して
彼の腰に巻き付いてきた。
そしてアルフは両手で拳を作り、その裏同士を合わせながら両手を
腰の左側へ素早く持っていく。
宝石がバチリと光り、アルフは右手側の拳を解きながらゆっくりと
右腕を頭上へ掲げていった。
手のひらが頭上で止まると、『何か』を掴む様に右手を握りながら
勢いよく肘を降ろし、それと同時に左腕を出して右手首の前に来るように
腕を交差させて十時を作った。そして
「
彼の掛け声と同時にベルトから雷光が発せられ、それが渦状へと変わっていく。
そしてベルトの渦が『何か』を引き寄せて彼の元へ集め、それらを結晶化させて
全身を包み込んでいった。
事の成り行きを見守っていたティアラは、その身で引き寄せられている
『何か』の正体を瞬時に察した。
『
結晶体へと変わっているのだ。
突然の事態に呆気にとられたスパイダー・ラースは我に返り、アルフに向けて
糸束をいくつも飛ばしていく。
しかし、それらは結晶体に着弾したと同時に打ち消されてしまった。
妨害が通用しないまま、結晶体はアルフの全身を完全に覆いきる。
そして一瞬、『それ』が膨張したかと思ったら凄まじい勢いで結晶が砕け散り、
中から別の存在が姿を現し、赤のマフラーをはためかせた。
その姿は、その場にいる者全員が知っているものだった。
そう、ティアラだけでなく、スパイダー・ラースと化した追い剥ぎ集団の元頭も
その姿をハッキリと覚えていた。
「お、お前は・・・!」
「あれは・・・赤と黒の騎士!?」
そこには昨晩、ティアラを助けるために駆けつけてきた
あの赤と黒の騎士が佇んでいた。
怪物が釘付けになっている間に、ロンドを物陰まで連れて行ったティアラは
今の事態に驚愕しながら彼に癒やしの術を施していく。
「驚いたろ・・・あいつのもう一つの姿を」
「ロンドさん喋らないで!傷に障ります!」
「いやぁ、本当は君にも隠したかったけど・・・
ここまで来ちゃったらもう明かすしかないね」
重傷にも関わらず、ロンドはアルフだった者を見つめながら話し続ける。
「あいつは・・・弱きを助けて強きを挫く者・・・。
決して理不尽な暴力に屈さず、決して困っている人を見捨てない。
その男の名は・・・!」
「お前、お前は一体・・・一体何なんだ!!」
スパイダー・ラースの叫びに応じるかのようにマフラーを翻し、
赤と黒の騎士は相手を見やって縦状に幾つも空けられた面頬のスリットから
黄色い目をギンと光らせる。
「これ以上、お前の好きにはさせない。何故かって?」
「その名は、
「俺が、ここにいる!!」
-to be continued!-
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次回、
「バトル、ナイト・・・?」
「何なんだよお前ェ!何でオレの邪魔ばかりィ!?」
「俺は、困っている人を放っておけない・・・ただのお人好しだ!」
「まぁ、
「どうか、これからよろしくお願いしますね♪」
Act02:見参-その名はバトルナイト-
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「ねぇパパ、ぼく大きくなったらバトルナイトになりたい!」
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