この異世界にニンジャはいない

ハムカツ

第01話『忍者で無くとも、忍ぶれど』


 森の中、少女の叫びを聞いて走れば。薄汚い何かに襲われていた。


 シンは息をのむ。


 彼は21世紀の日本に生まれた少年で、暴力なんて漫画の中でしか見ない程度には平和に生きて来た。


 けれど、目の前で確かに。緑の肌と、ぎょろぎょろとした黄色い目をした怪物が、簡素な服を着こんだ少女を目の前に嗤いながら襲い掛かろうとしている。


 それは漫画やアニメで見る、ゴブリンのように見えた。



 シンには隠形の心得はない。



 せいぜいこうやって、動かず息をひそめて、茂みの中に隠れるので精いっぱい。


 ここで動けば、間違いなく少女を襲おうとしている怪物ゴブリンに気づかれる。



(数は5匹……)



 意志を持ち、二足で歩く相手。けれど真っ当に話が通じるとは思えなかった。



(どう、する?)



 状況は分からない。気づいた知らない森の中で彷徨っていたのだから。


 学校から帰る途中、ドンドンドンな量販店で忍者装束を買ったところまでは確かなのだが。それから少し記憶があいまいで、気づけば森の中。


 そして、悲鳴を聞いて駆けつければ。少女が怪物ゴブリンに襲われていたという訳だ。



(どう、するべきだ?)



 あの怪物相手に、自分は勝てるだろうか? 大きさは小学生よりも小さい。しかし棍棒を持った小学生5人相手に正面から挑めば大人でも危ない。


 明らかに殺意を持った存在であれば、なおさらである。



(いま、あるものは……!?)



 食料、飲料は意味がない。そんなもので相手が退くなら。ここに来る途中で見た馬車の中を漁っていたはずだ。


 武器になりそうなものは何もなかった、コスプレ衣装の忍び装束は実戦で使える代物ではないのだから。



(あ、後は……)



 ポケットの中には手裏剣が3つ、叩いてみても増えはしないだろう。



(けれど、こんなものはおもちゃだ)



 そう、所詮は鉄すら貫けないおもちゃである。武器にするには心もとない。



(石つぶての代わりにはなるだろうけど……)



 だが、この距離からあの怪物の命を刈り取れるかと言われれば自信もない。


 黒刃 心くろは しんは忍者ではない。だから無敵でもなければあの怪物ゴブリンと戦ったら怪我をして死んでしまう可能性を否定できない。



(けど、けれど、だけど……!)



 怪物が棍棒を振り上げる、恐らく手足を狙った攻撃。まずは自分よりも大きな獲物である少女の動きを止めてからいたぶるつもりなのだろう。



 そして、この世界に忍者はいない。



 サプライズで彼女を助けてくれる頭巾をかぶったヒーローはやってこない。


 たとえ、少女の口から小さく。恐らくは助けを求める声が漏れたとしても。その音は誰にも届かない。



(なら、ならさ!)



 けれどシンは分かってしまった。彼女の瞳が助けを望んでいると。


 だから量販店で買った忍び装束の袋を開いて身に着けていく。本物の忍者とは比べ物にならないほど遅い。


 本物の忍者なら一瞬で終わる着替えの間に、ゴブリンの棍棒が少女に迫る!

 

 シンは自分の指の遅さに涙が出そうになる。けれど、自分は忍者ではなく、ならばせめて姿程度は同じにならなければ。何かと戦う勇気なんて絞り出せない。



(刃で、心を殺せ! 冷静になれ!)



 手裏剣を投げた経験はそれなりにある。一日100回10年間。


 それでも50m先にある的に対する命中率は50%に届かない。それよりは距離が近いが、これは練習ではなくて命のかかった実戦なのだ。



 指先から、手裏剣が離れる。



 練習と同じ感覚、これでキチンと狙った場所に届くのか不安で仕方ない。シンは放っただけで当たるかどうか分かる達人でもなければ忍者でもない。


 不安と共に放たれた手裏剣。しかし、今まさに少女に棍棒を振り下ろさんとするゴブリンの。その利き手に突き刺さった!



「ギャァァァァァア!」


「あ、ぁ…… なに、が?」



 一見して日本人ではない少女、彼女が口にした言葉が何故か理解できたが。どうでもいい。今はただ、目の前でようやくこちらに気づいたゴブリンを速やかに無力化することを最優先に動く。



「ハァッ!」



 シンは忍者ではない。だから感情を声に乗せて、指で挟んだ手裏剣を振るう。


 元来十文字手裏剣は投げるだけの道具ではない。このように一種の暗器として振るう事も出来るのだ。


 最も一流の忍者であれば、投げた手裏剣がブーメランの如く戻って来るわけで。シンのような三下でもなければ主力として使うことは無いだろう。



「まず、一つ!」



 ゴブリンの首筋に手裏剣の刃を突き立て、ぐるりと捻る。


 突き刺しただけではトドメになるか分からない。だから傷口を抉って開く。



 絶叫ではなく、血を吐いて。そのゴブリンは動かなくなった。



「次!」



 シンは背後から襲い掛かろうとするゴブリンに、後ろ回し蹴りを叩き込む。


 シンは忍者ではない。だから背後の敵を見ずに倒せるほど強くはない。全身全霊を込めた一撃で、二匹目のゴブリンは吹き飛んだ!



「あと、三匹は――!?」



 見渡せば、3つの背中が走って逃げていく。手裏剣を投げれば倒せるかとも思ったが考えを改める。


 良く分からない場所で手持ちの武器を全て使い切って、更に戦う事は難しいだろう。シンは忍者ではないのだから。

 


 周囲に気を配りながら、シンは少女に目を向ければ――


 彼女は恐怖に震えていた、そこでようやく理解する。彼女にとってはゴブリンとそのゴブリンを倒せる力を持った存在も。どちらも変わらない事実に。



「……ごめん」



 小さく呟いて、シンはその場から離れた。


 そして、改めて忍び装束を脱ぎ。畳んでしまい、あえて大きな音をたてながら彼女の方に近づいていく。



「だ、大丈夫ですか! なにが、あったんですか!?」



 大きな声で、助けに来たと叫びながら近づけば。得体のしれない忍者みたいなものよりは安心できるだろう。


 もっとも、今シンが着こんでいる学ランだって。あの少女が来ている服から見れば異世界のものかもしれないが。忍者よりは普通だと強引に思い込むことにした。 

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