4-2

 ――立ちあがれなかった。

「俺と結婚しろ。な、それならいいだろ!」

 泣き声がぴたりとやんだ。

 数秒後、ドノヴァンが笑いだした。

「……じゃあ」とルンゲがやおら口を開いた。

「キスして」

 ドネルの、続いて横にいた智偉の口があんぐり開いた。

「……は⁉ なに言ってんだ、おまえ」

「結婚するとき誓いのキスするでしょ」

「なっ……それは結婚式のときだろうが!」

「だって結婚するんでしょ! 今してよ!」

「馬鹿かおまえ、こんなとこでそんなことできるわけねえだろ!」

「なんでよ! 結婚しろって言ったじゃない!」

 ルンゲは一歩も引かない。紗月はしゃがんだまま、智偉は首の後ろに手を当てたまま一様にあっけにとられ、そのそばでドノヴァンが大笑いしている。だからしねえっつってんだろ、聞けよ人の話を、どんどん大きくなっていったドネルの声が突然ぷつりととぎれた。

「ああ、――うるせえな、もう!」

 頭をかきむしって叫ぶなり、ドネルは再びルンゲの両肩をつかみ、頬に勢いよく唇をぶつけた。

「ドっ……!」

 紗月は飛びあがった。智偉の口がますます大きく開き、ドノヴァンはますます笑い転げる。再び何か言いかけたルンゲの口をドネルが押さえた。

「口にするのは大人になってからだ! いいな⁉」

 いっぱいに見開かれていたルンゲの目がふっと戻った。

「な、ルンゲ、智偉はここにいる時間が限られてるんだよ。いつか地球に帰らなきゃならないんだ。でも俺とおまえはそのあとも一緒にいられるだろ。だから、智偉がここにいる間は智偉と一緒にすごしたいんだ。頼む」

 しゃがんで両肩に手を置き、ドネルは真正面からルンゲを見つめる。ルンゲは黙ってドネルの目を見返していたが、やがて唇にぎゅっと力を入れ、小さく頷いた。

「……ありがとな、わかってくれて」

 頭をなでようとするドネルの手から逃れ、ルンゲは紗月に抱きついた。宙に浮いたその手で自分の頭をかき、ドネルが紗月に向かって申し訳なさそうに首をかしげた。

 ドノヴァンはまだ笑っている。

「うるせえな、てめえはいつまで笑ってんだ!」

「あはは、ごめんごめん。あははは」

「黙れ! てめえ高校クラスだか何だか知らねえが、ルンゲにちょっかい出したら承知しねえぞ!」

「あははは、それは大丈夫、心配しないで。よし、じゃ帰ろう。あははは」

 また明日ね、と笑いながらドノヴァンが紗月の手首をつかむ。紗月は初めて目の当たりにしたキスシーン及び公開プロポーズの衝撃がさめないままルンゲの手を握った。


「なあ、ドネル、どうして君はそんなに僕と仲よくしてくれるんだ?」

「え?」と針金入りのリボンをきゅっとねじって袋の口をとめ、ドネルが訝しげに眼鏡を押しあげる。紗月たちが立ち去ったあと、智偉はドネルとレジの近くで丸椅子に座り、子供向けのお菓子の詰め合わせ袋をつくっていた。

「いや、その、どうしてそんなに僕と一緒にいたいと思ってくれるのかなって。ルンゲにあんなこと言って、キスまでして……いや、ほっぺただけど」

「どうしてって、そんなの智偉と一緒にいると楽しいからに決まってんだろ。なんでそんなこと聞くんだよ」

「いや、だって……さっき君も言ってたけど、僕はいずれ地球に帰るだろ。なら」

「一緒にいても無駄だって言いたいのか? なに言ってんだよ、いずれ別れなきゃならないなら、なおさら一緒にいられる間は一緒にいればいいだろ」

「……そうだけど、でも隣の町に引っ越しするのとはわけが違うだろ。帰ったらもう二度と会えないんだよ」

「なら智偉は俺と友達になったこと無駄だって思ってんのか?」

 ドネルが勢いよく振り向いた。虫眼鏡で集めた陽の光のような眼差しだった。

 言葉が消えた数秒ののち、ドネルはふいに身をかがめて足元の段ボール箱を持ちあげた。

「俺の父さんは死んじゃって、もう二度と会えないけど、なら最初からいなくても同じだったわけじゃない。いつか別れなきゃならないなら、そのときまで、一緒にいられる間は精一杯一緒にいればいいと思うんだ」

 何の迷いも疑いもない言い方だった。気をのまれてただドネルの背中を見つめる智偉の頭に、ふとよく似た口調で微笑むデイの顔が浮かんだ。



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