3-6

 翌日、学校を出たとたん「やあ、紗月。一緒に帰らない?」とドノヴァンがにこやかに片手を上げた。

「あ、小さいお友達も一緒だ。こんにちは、今日は泣いてないね」

 ドネルは今日も智偉と先に帰っていたが、ルンゲはご機嫌だった。昨日二人で帰ったのが楽しかったのか、授業が終わるとすぐそばにやってきて「一緒に帰ろ」と紗月の手を握ったのだ。それはかまわないしむしろ嬉しいのだが、ドノヴァンとは――

「二人で帰るの? いいなあ。ね、俺も一緒に帰ってもいい?」

「紗月の友達?」とルンゲが紗月を見上げた。

「えっ? えーと……うん……友達かな」

「うん、じゃあいいよ」

「え、でも、あの」

 紗月の制止は聞こえなかったのか、それとも聞かなかったことにするのか、ドノヴァンはルンゲに向かって身をかがめ、「ありがと。俺、ドニー」とにっこりした。

「ルンゲか、よろしくね。よーし、帰ろ帰ろ」

「紗月、行こ」とルンゲが手を引く。拒否するわけにもいかず、紗月は歩きだすしかなかった。

 ドノヴァンはジーンズのポケットに手を入れ、のんびりとついてくる。ただそれだけなのにルンゲが何を話しているのかほとんど頭に入らないまま、気づくと家に着いていた。「紗月、ちょっと待ってて!」とルンゲは中に駆けこんでいき、すぐに何かを手に再び飛びだしてきた。

「紗月、これ貸してあげる。あたしの好きな本。おもしろいよ」

 ルンゲが差しだしたのは絵本だった。表紙に手をつないで歩く男の子とロボットが描かれている。文はすぐには読めないが、線の細いきれいな絵の絵本で、「わかんないところがあったら聞いてね。教えてあげるから」とルンゲは胸をはった。

 ドアが閉まるやいなや紗月は「じゃ、じゃあまたね」とドノヴァンの横を早足ですりぬけて歩きだした。

「待って、俺も帰るよ。一緒に帰ろうよ」

 のんびりした声が追いかけてきた。あ、うん、と曖昧な声をだしながらさらに足を速める、しかし背の高いドノヴァンは脚も長く、飄々と歩きながら紗月のすぐ後ろをしっかりついてくる。

「ねえ、紗月ってば。なんでそんなに急いでるの?」

「い、急いでないよ」

「俺のこと嫌い?」

「ち、違う、けど」

「もしかして、いきなりつきあってなんて言ったからびっくりした?」

 心臓が勢いよく飛びはね、反動で思わず足がとまった。するとドノヴァンが前にまわりこみ、紗月の顔をのぞきこむようにひょいと首をかしげた。おどけたようなしぐさだったが、眉が心配そうに少し寄っている。

 力が入っていた肩がふっと軽くなり、紗月は小さく頷いた。

「そっか。ごめんね、びっくりさせて。じゃあさ、友達ならいい?」

(友達……)

 友達ならいいのかもしれない。断る理由はない、智偉もドネルと仲よくなっているのだし――

「……うん」

「ほんと?」とドノヴァンの声がはねあがった。

「やった。じゃあさ、友達の第一歩。俺のこと、やっぱりドニーじゃなくてドノヴァンって呼んでくれないかな」

「え……なんで?」

「なんでも。ね、お願い」

「……うん、わかった」

「ありがと」

 ドノヴァンがにこっと笑った。またもや心臓が反応しそうになり、紗月はあわててうつむいて前髪をひっぱった。

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