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 王宮の使用人の食堂で昼食を食べたのち、二人はすぐ近くの商店街に案内された。バスの発着所や鉄道の駅がそばにあるらしく、いろいろな店――飲食店を始め、店先に大きな秤をしつらえた肉屋、八百屋、大小さまざまな大きさの籐に似たかごを並べている店、鍋や調理器具を所狭しと積みあげている店、本屋、花屋、アクセサリー店、その他見ているだけで充分買い物をした気になるような種々雑多な店――が軒をつらね、多くの人が忙しげに楽しげに行きかっている。サヤルルカで一番の繁華街で、二人がアトラスで生活する間に必要なものはすべてここでそろえられるということだった。

「智偉くんの下着やら何やら買うのにデイが一緒にいるわけにいかないでしょ」というのがソフィアが同行することになった理由らしい。後ろでデイが赤くなって身を縮めたが、紗月にとってもそれはお互いさまで、ソフィアに連れられて男性向けの衣料品店に入っていく智偉をデイと二人並んで見送った。

「紗月様は何か服装のお好みはありますか?」

「好み……?」

 今着ているセーラー服で充分だし、わざわざ買ってもらうのも恐れ多い。着替えは必要ないと思ったが、デイはなかば申し訳なさそうに首を振った。

「地球から着ていらした服はこちらでお預かりすることになっているんです。アトラスのものは地球にお持ち帰りになれませんので、葉っぱや土などが付着しないよう極力いらしたときの状態を保つ必要がありまして」

「そっか……わかった」

 とはいえ好みもこだわりも特にない。ひとまず見立ててもらったワンピースに着替えて試着室から出ると、デイが「よくお似合いです」とにっこりした。

「紗月様、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

 その他必要な日用品の買い物もすませ、最後の店を出て歩きながらデイがためらいがちに口を開いた。デイは紗月よりほんの少し背が低く、年はひとつ下の十四歳だという。

「あの……紗月様と智偉様は、地球にいらしたときからお知り合いだったんですか?」

「ううん、違うよ。学校も違うし」

「そうですか……では、一緒にアトラスにいらしたのはまったくの偶然、ということなんですね」

 商店街の入口の柱時計が見えた。下にもうソフィアと智偉が立っている。

「そういえばデイ、昨日智偉くんの顔見たときすごく驚いてたけど、あれはなんでだったの?」

 物思いにふけるような表情になっていたデイがはっと顔を上げた。

「いえ、その、申し訳ございません。なんでもないんです」

「え、でも」

 とてもそうは見えなかった。その後戻ってこられなかったくらいだし――するとデイが立ち止まり、「昨日は本当にご迷惑をおかけ致しました。申し訳ございません」と頭をさげた。紗月はあわてて「ううん、そういう意味じゃないよ」とその背中にふれた。

 智偉がこちらに気づいて手を振っている。

「智偉様が、以前見たことがある方にそっくりだったんです」

 智偉に向かって会釈しながらデイがつぶやいた。

「紗月様、智偉様には今の話は内緒にしていただけないでしょうか」

「……うん、もちろん。内緒にするよ」

 不安げだった表情がほっとゆるむ。「ありがとうございます」という言葉におーい、という智偉の声が重なった。


 町の中をぬけるバスは小型で、この付近の住民の生活の足であるというデイの言葉通り乗客がとだえることはなかったが、昼下がりという時間帯もあってかまわりの話し声も運転手のアナウンスものんびりと親しみやすく感じられた。デイは彼らと親しげに言葉をかわしている。買い物中もデイは行く先々で店の主人や居合わせた客に声をかけられており、その様子はまるでサヤルルカの住民はみんなデイのことを知っていて、同時にデイも彼らの顔と名前をすべて把握しているかのようだった。デイは一目置かれる存在なのかもしれない。そしてそれゆえか、ついでのように紗月たちに向けられる視線や言葉も好意的なものばかりだった。

 デイがブザーを押したのは町と村の境目の停留所の手前だった。ソフィアはこのまま家の近くまで乗っていくという。「最後までお手伝いできなくてごめんなさいね。三時にはルンゲが帰ってくるの。昨日急にルウマに預けちゃったから今日はいてやらないと。――娘よ。一年生なの」とソフィアは紗月と智偉に向かってつけくわえた。

「息子と買い物してるみたいで楽しかったわ。じゃ、またね」

 バス通り沿いにアパートのような背の低い建物や小さな商店が並んでいる。王宮の近くとは少し雰囲気が違い、ここで暮らす人々の生活がすぐ隣にあるのんびりとした居心地のよいにぎわいだった。隣では智偉がまたも興味深げにきょろきょろまわりを見回している。

 人通りが少しとぎれたところにある一軒の店の前でデイが立ち止まった。小さな店内は薄暗く、飾られている掛け時計や置き時計の輪郭が窓ガラスごしにぼんやりと見える。

「こちらです」

 苔むしたような深い緑色の木のドアをデイが開けた瞬間、カランカラン、という高い鐘の音とともに店内の空気が――金属のようなお香のような匂いが勢いよく流れだしてきた。思わず息をとめ、紗月はふと幼い頃早く起きた朝に窓の外が霧で真っ白になっていたことがあったのを思い出したが、それよりももったりと濃厚な、決して爽やかとは言いがたい匂いだった。

「ギルリッソさん」

「――おお、デイかね。よく来た」

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